プロローグ
祖父は軍人で、父も軍人だった。
自分も当たり前のように軍人になった。
だけど、祖父や父のように、肉体に恵まれず頭脳に恵まれたため、軍を指揮する司令部に配属された。
室内で地図や、書類と睨めっこする。
父は中佐で戦地で戦うことに誇りを持っていた。
司令部に配属されたと報告した時に
「逃げるのか」
そう言われた。父は自分が戦うのを恐れ、司令部に配属希望を出したと思っているらしい。それからというもの、家に入れてもらえず、狭い宿舎で上官と暮らしている。
配属された初日、俺の教育係として付いた上官は幾つもの戦を指揮し、この国を勝利に導いた人だった。
そんな人と暮らせるのか心配だった。
「さて、アラン。君の上官は最高司令官だ。喜ぶといい。この僕が直々に指導するんだ。僕が指導した子は皆んな逃げ出したけど、君は耐えられるかな」
自信に溢れた言葉と表情。
軍人とは思えない華奢な身体でなぜそんなに自信満々でいられるのか不思議だった。
多分、この人とは上手くやっていけない。
そう確信した。
司令部に配属された新人は自分だけで、他は皆、部隊上がりの者で居心地が悪かった。
司令部に配属された理由は、身体的な理由もあるだろうが、1番はこの最高司令官のシャルル先輩とのチェスだ。
学科試験が5位以内だった者には、司令部の切符を掴める。
それが、チェスの勝負だ。
負けようが、勝とうが関係ないと聞いたので、好き勝手に自分がしてみたかったことをした。
自分は、部隊に配属されるものだと思っていたのもある。
5位以内の者でシャルル先輩に勝てた人は誰としていなかった。
シャルル先輩に気に入られたのは俺1人。
全くいい迷惑だ。
そのせいで家を追い出され、寝る時から休みの日まで上官と過ごさなければいけないのだから。
「アランは立派な家があるのに、なぜ狭い宿舎で寝泊まりしているんだい?」
司令部に配属されてしばらく経った頃、こう聞かれた。
先輩のせいで帰れないのに。
「親に司令部を志望したと思われ、家を追い出されました。父は自分が戦いから逃げたと思っているのです」
「それは...君の父上の名前を聞いてもいいかい?」
「アルベルトです。第2部隊配属の」
「あぁ。アルベルト中佐かぁ。僕に任せておくれ」
そして数日後には家に入れるようになった。
理由は簡単。
父と、この華奢な上官が訓練と称して、戦い、勝ったからだ。
軍では良くあることで、気に入らないことがあれば、戦って決着をつけるのだ。
勝った方の命令を聞く。
シャルル先輩は俺が家に帰る権利を。
父は俺を司令部及び軍からの除名を。
そこまで怒っていたことに驚いた。
それに絶対に負けると思っていたから、新しい仕事まで探し始めた。
それなのに、先輩はあっさりと勝ってしまった。
俺は勝手に先輩が頭脳のみで司令部に所属していると思っていけど、先輩は部隊上がりの司令官だった。
部隊上がりで司令官は50歳以上が殆どだ。
普通に昇進すれば30年、減らしたらそれ以上かかる。
先輩は俺の9つ上の27歳。
司令部に配属されたのが2年前。
ただでさえ、異常な経歴なのに、1年もかからず、最高司令官になった。
それを知ったのは父との戦いの後だ。
熊のような巨体の父を、自分より、背も低く、華奢なこの人は手刀で父を伸した。
どうやったのか聞くと、ツボを的確に素早く狙っただけだと言った。
「これで、家に帰れるぞ!」
そう調子良く言って、司令部へと帰ってしまった。
後から聞いたことだけど、父は先輩を見た時は確実に勝てると思った。だが向き合った瞬間、負けると悟ったらしい。
先輩は父に勝ったが、俺は家に帰らなかった。
その頃には、もう先輩と暮らすことが苦にならなかったし、むしろ家にいる方が辛かったからだ。
先輩が勝ったとはいえ、父は相変わらず厳しい態度だったし、兄弟にも罵られる。
そんな家にいるより、少し調子のいい先輩と居る方が心地よかった。