再会
ボコン!!
頭に強い衝撃を受けて私は目を覚ました。目の前に草の生えた地面が見える。
「い、痛たぁ・・・」
かすれた声でつぶやくと、頭のうえから懐かしい鳴き声が聞こえた。
「ばうばうばう!?」
「クワックワクワ!?」
目のまえにきぃちゃんの顔のドアップが現れる。その後には心配そうなアヒルンゴ隊長の顔が見えた。
夢じゃないよね?と思うそばから、きぃちゃんが私の顔をザリザリと舐めてきた。その感触がこれは現実だと教えてくれた。ふたり(?)で私を探してくれたんだわ。
「あり、がと」
お礼を言うけど、喉も唇もカラカラでうまく声がでない。私の前に隊長がくちばしで水筒を押し出してくる。
み、みず!
私は重い上半身を起こすと、フタを回して水筒の口から直接飲んだ。喉を通って冷たい水が体じゅうに染みわたっていく。
おいしい!
ただの水のはずなのに、今まで飲んだなかで一番美味しい。すると今度は隊長が袋を咥えて差し出してくる。受け取って開けてみると干し肉が入っていた。小さめのそれを口に入れる。これもすごく美味しい。
干し肉は塩辛くて苦手だったけど、今はその塩味がたまらなく美味く感じる。きっと脱水を起こしかけていたのだろう。
ああ、生きててよかった。
涙が頬をつたって流れた。きぃちゃんがそれを舐めてくれるけど、涙は止めどもなく流れてくる。
「あ、ありがとう、ヒック!ふたりとも、ヒック!命の恩人だわ、ヒック!」
私はきぃちゃんのむっちりボディと、隊長の頭を抱きしめた。ふたりは「大丈夫だよ」とでも言うように、優しく寄り添って慰めてくれる。
そのあと、もう少し干し肉をかじって元気が出た私は、きぃちゃんと一緒に隊長の背中に乗ってワゴンへと向かった。
「隊長、ありがとうね」
私は背中から隊長の後頭部を撫でる。何度お礼を言っても言い足りない気持ちだった。すると腕のなかのきぃちゃんが不服そうに鳴いた。
「ばふぅうう」
私は笑ってその頭を撫でる。ワラバーアガチーに食いついてついて来てくれたうえ、はぐれた私を助けるために隊長を連れてきてくれたのだ。
「きぃちゃんもすごく頑張ってくれたよね、ありがとう」
あとでご飯をいっぱい食べさせてあげよう。
かなり歩いたころ、ようやくワゴンを停めた場所に近づいた。途中であの湧き水に寄って顔を洗い、水筒に水を満たす。もうこの先家に帰れるまでは、水筒を肌身離さず身につけていよう。
そしてワゴンを停めた空き地に戻ると、そこにはアヒルンゴの背に乗ったルリの姿があった。私がワゴンにいないので、ちょうど探しに出ようとしていたようだ。
「ルリ!?ルリィイイイ!!」
「沙世さま!」
私は飛び降りるようにして隊長から降り、両手を広げてルリに駆け寄る。同じく駆け寄ってきたルリと重なり、ふたりでしっかりと抱き合った。
「ルリ、いったいどこに行ってたの!?ひとりで大変だったんだから!」
安堵の涙がまた流れ出てくる。涙でとぎれとぎれになりながら、私は彼女と別れてから起こったことの一部始終を話した。
「沙世さま、申し訳ありません。本当に無事でよかったです」
彼女はすまなそうに何度も謝ると、どうしていなくなったのかを教えてくれる。
「実は、一時的にですが女神さまの神力が弱まってしまいまして。その力の一部である私は存在が保てなくなってしまったのです」
「え?そんなことがあるの?」
「はい、ですが女神さまは回復されたので、もう心配ありません」
そうは言われても、死にかけたのだからもっと詳しく知っておきたい。
「でもどうして女神さまの神力が落ちちゃったの?」
ルリは気まずそうに視線を逸らす。口のなかで何やらブツブツ言ったあと、気を取り直したように言った。
「沙世さま、そんなことよりお風呂に入って着替えましょう」
私は自分の姿を見下ろす。全身が泥だらけのボロボロのヨレヨレだった。命が助かったことに安堵して忘れていたけど、急に体じゅうがかゆくて気持ち悪くなる。
「うん、そうしようかな」
私は頬を掻きながら答えた。きぃちゃんも泥だらけだから一緒に洗ってあげよう。
「ですがまだ完全に力が戻っていないので、ここにあるものを活用しましょう」
ルリは湧き水のプールに私を連れて行くと、神力で水を温かなお湯に変えた。ポシェットから石鹸やシャンプーを取り出す。
ワゴンを元のリゾートホテルの部屋に戻したり、チビルリちゃんたちを出したりは今は出来ないそうだ。ホテルはいいけど、チビルリちゃんたちには会いたかったのでちょっとガッカリだ。
「さあどうぞ。着替えとタオルはここに置きます」
そう言って背を向けようとしたルリを私は止めた。
「ルリ、またワラバーアガチーが来ると恐いから見張っていて欲しいの」
昨夜はここで誘拐されたのだ。またきぃちゃんとふたりきりでは心細い。
「大丈夫です、この岩に座っていますから」
プールの目隠しになっている岩のひとつにヒョイと飛び乗ると、私が恥ずかしくないようにとの配慮だろう、こちらに背を向けて座った。
ルリがいてくれるなら心配ない。私は水を汚さないようにまずはプールの外で体を洗うことにした。でもきぃちゃんはシャンプーしたらフワフワになったけど、私の汚れは一度洗ったくらいでは落ちなかった。何日もお風呂に入ってないから当たり前か。私は再度シャンプーをしながらルリに話しかけた。
「そう言えば、まだパジャマのポッケに呪いの指輪が入ってるのよ」
「はい、回収しておきます。でもこれでワラバーアガチーから逃げ出すとは、考えましたね」
「思いつきだったんだけど、うまくいってよかったわ」
あのときあの指輪が手元にあったのは本当に偶然だ。偶然釣れたタコパーマが指輪を吐き出し、それをルリがたまたま捨て損ね、拾った私がうっかり忘れていた。
そんな偶然が幸運に変わったのは女神さまのおかげなのかもしれない。神力が弱っていたらしいが、そういう神さまの加護みたいなものは消えないんじゃないだろうか?
「でもどうして女神さまは神力が弱くなっちゃったの?」
ようやく体が綺麗になった私は、暖かい湯に変わった湧き水のプールに入りながら聞いた。きぃちゃんはまたお腹を出してプカプカ浮いている。なんでだろう?ここ数日大変な目にあっているはずなのに、きぃちゃんはまたボリュームが増したように見える。
「ええ、それなのですが、まあ・・・」
岩のうえのルリは珍しく言葉を濁す。もしかして人間が知っちゃいけない神さまの秘密とかがあるんだろうか?
「まあ、あの、ほかの神と戦って、一時的にダメージを受けたのです」
「え?神さま同士が戦うとかあるの?」
「たまにですが、神も意見や利害が対立することはあるので」
そうなのか。でもあの女神さまはなんだか人間臭い感じがしたし、たくさんの神さまがいたらそういうこともあるんだろう。私は聞いた。
「それで勝ち負けはついたの?」
「いえ、最終的には女神さまの夫である龍神さまが介入されまして、ことを収められました」
そういえば結婚してるって聞いたな。愛する女神を助ける龍神、カッコイイじゃないか。恋人もいない私には羨ましい限りだ。
「女神さまの旦那さまって素敵なのね」
「そう・・・かも、しれません・・・ね」
「?」
ルリは何故か歯切れ悪く答えると、膝を抱えて月を見上げた。
その夜はワゴンのなかに寝袋を敷いて寝た。夕飯をたらふく食べたきぃちゃんも一緒だ。ルリは寝る必要がないので、今夜は焚火の番をしながらワゴンを守ってくれるそうだ。
明日はいよいよ家に帰れるのね。
さすがに体はクタクタで、目を閉じるとすぐに深い眠りへと落ちた。豪華なベッドなんかなくても、安全で清潔な寝床があれば快適なのだ。




