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本当のひとりぼっち

木のうえで過ごす夜は不安で長かった。ウトウトしたと思えばハッとして目を覚ますを繰り返した私は、空がようやく明るくなり始めたのに気づいて決心を固める。寄り添うように寝ているきぃちゃんをそっと起こした。


「いい?きぃちゃん。下に降りて私が合図をしたら、ワゴンのある方角に向かって走るのよ」


「ばふっ!」


「私が声をかけるまでは何があっても走るのをやめないで、まっすぐワゴンを目指してね」


「ばう!」


まかせてと言うように吠えるきぃちゃん。指輪をしたらきぃちゃんも私の存在をスルーするだろうから、置いて行かれないように頑張ってついて行かないといけない。道もない森のなかを走るのはかなり大変そうだけど頑張るしかないのだ。


そうこうするうちに辺りがだいぶ明るくなってきた。私がもそもそ動きながら見上げると、察してくれたようでアガチー母さんは私を抱えて木を降りた。昨夜と同じ場所で用を足し終えると、立ち上がってきぃちゃんにGOサインを出す。


「走って!」


「ばふっ!」


元気よく鳴いて左前方へ駆け出すきぃちゃん。私は急いで指輪をはめると、その後を追って走り出した。


10メートルくらい走ったところでチラと後を振り返るけど、アガチー母さんは追いかけてはこない。何となくぼんやりとした感じで巣のある木の下に立っている。もしかしたら「あれ?私何であの子の世話してたんだっけ?」とか思っているのかもしれない。


だけどまだ安心はできないので、私は指輪をはめたままきぃちゃんの後姿を追った。慣れない森のなかはブルシズでも走りにくいらしく、追いつけないほどのスピードは出ていない。もっとも宿でも重たそうに走っていたから、これがきぃちゃんの限界なのかもしれないけど。


だけどこの指輪って、使いようによっては役に立つんじゃない?


ぴょこぴょこ跳ねるむっちりヒップから目を離さないように注意しつつ、私は妄想する。例えばだけど、夜道を歩くときに着けていればチカンとかの犯罪にあう心配がなさそうだ。仕事で帰りが遅くなった日でも安心じゃないか。しつこくナンパされてるときとかにも役立ちそう。まあそんな経験はないんだけど。


コツン!


そんな余計なことを考えていたせいか、私は土から出ていた木の根につまづいて前のめりに転んでしまった。ズズッと地面をこすってしまい、手のひらと膝に痛みが走る。


「あ痛たたた!」


私は地面に倒れたまま顔をしかめた。土で汚れた手のひらにうっすら血がにじんでいるが、その土を払う間もなく私は立ち上がる。


いけない、きぃちゃんとはぐれちゃう!


しかし、顔をあげたときにはもう、きぃちゃんの姿は見えなくなっていた。私は大声で彼女の名を呼ぶ。


「きぃちゃん!!」


ここで気づいて指輪を外した。これを着けていたら声が聞こえてもきぃちゃんは戻ってこないだろう。ここまで離れればもうワラバーアガチーに捕まる心配はないはずだ。指輪をポケットにしまうと、口に手をあてて叫ぶ。


「きぃちゃん!きぃーちゃーん!!」


だけど何度呼んでもきぃちゃんは戻ってこない。私は立ちすくんで周りを囲む木々を見やった。360度同じ景色でどちらがどの方角かも分からない。


どうしよう、本当にひとりになっちゃった。


不安と恐ろしさに足が震える。異世界の森で、何にもできない自分がどうやって神殿まで行けばいいんだろう?


私はしばらく考えたあと、きぃちゃんが向かったであろう方角に向かって足を踏み出した。森でずっとつっ立っていても何も解決しない。きぃちゃんの痕跡を追っていけば、少なくともワゴンに向かって進んでいることになる。


うん、大丈夫。きっと大丈夫。


そう自分を励ましながら歩いたけど、もちろん大丈夫じゃなかった。



「はあ、はあ、はあ、喉が渇いた・・・」


きぃちゃんとはぐれて半日くらいは歩いただろうか?太陽はかなり上のほうから森の木々を照らしていた。昨夜アガチー母さんにもらった果物を少しかじっただけなので喉がカラカラだ。どこかに湧き水でもないかと探しながら歩いているけど、アヒルンゴたちのようにはいかないようだ。


「ああ、もうダメかも」


私はその場にへたり込む。慣れない森のなかを歩いてかなり疲れたし、なにより水が飲みたい。


最初のうちはきぃちゃんの足跡を探して追いかけようと思った。でも、そうそう都合よく足跡など残っていないのだ。それでとにかく同じ方角にまっすぐに進むようにしていたのだけれど、大きな木や岩を避けているうちにそれも分からなくなった。


つまり完全に森で迷子になっているのである。


これだったらアガチー母さんの子供でいたほうがまだマシだったかもしれない。きぃちゃんがちゃんとワゴンに戻れたのかも心配だ。アヒルンゴたちは?ルリは帰ってきたのだろうか?


座っているのさえ辛くなって、私は土のうえにゴロンと寝転がった。もう全身泥だらけなので、今さら汚れを心配することもない。むしろひんやりとした土の感触が気持ちよく、私は目を閉じた。


もうここで死ぬのかな。


お母さん、ごめんなさい。


私は冷たくて暗い闇の底へと沈んでいく。もう渇きも痛みも感じなくなった。

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