不要なアレが役に立つとき
だけど逃げるにしても、アヒルンゴたちと合流できないとダメだろう。月明かりを頼りに周囲を見回すけど、見るかぎりアヒルンゴの姿はない。陸上ではあまり早く走れない動物だから、アガチー母さんに振り切られてしまったのかもしれない。
きぃちゃんならワゴンまで戻る道が分かるかな?
私は巣のなかにいるきぃちゃんを見た。さっき私が食べ残した赤い実をムシャムシャと食べている。その顔はいかにものんきそうで、いまいち不安だ。
でも、と思いなおす。さっきは自分の何十倍もあるワラバーアガチーに立ち向かって、私を守ってくれようとした。尻尾にかじりついて、ここまでついて来てくれたのだ。きぃちゃんはちょっと食いしん坊なだけで、ブルシズとしては優秀なのだ。たぶん。
私はアガチー母さんを見上げて、わざとらしくアクビをしてみせた。ワラバーアガチーの子供がアクビをするのか分からないけど、眠たがっていると思ってもらいたかったのだ。
「ぐぅうう」
思惑通りに私は巣へと戻された。アガチー母さんは優しい手つきで私を寝かせると、まだ口をモグモグさせているきぃちゃんをつまんで側に置いた。人間のお母さんが子供にお気に入りのぬいぐるみを渡すような感じだ。
きぃちゃんを抱きしめて私は目を閉じる。しばらく見守ったあと、アガチー母さんはひとつ高いところの枝に登って食事を始めた。果物を食べているので草食のようだ。
「ねぇ、きぃちゃん」
小さな声で呼ぶと、きぃちゃんは目を開けた。
「ここからワゴンへ戻る道は分かる?」
「ばふ!」
小さい声ながらも「YES」と分かる返事だ。
「じゃあこの木から降りることができたら逃げるよ」
「ばうっ!」
私たちはスキを見て逃げることに決めた。だけど木が高すぎて、きぃちゃんを抱いて降りるのは難しそうだ。
なんとか降りれないかしらと頭をひねっていたら、チャンスは向こうからやって来た。
私はトイレに行きたくなって巣のなかでモゾモゾしていたのだが、アガチー母さんはすぐに察したようだ。トイレをさせるために私を抱いて木から降りたのだ。もちろん私はきぃちゃんをしっかり抱いていった。
やった、逃げるなら今だわ!
きぃちゃんを地面に降ろして用を足した私は、目で合図を送って駆け出す。だけど3歩も行かないうちに捕まってしまった。
「ぐぅうう!」
叱るようにうなった母さんは、私たちを連れてまた木に登った。
困ったなぁ。
巣に戻されてしまった私は考える。そう言えば、ルリが「ワラバーアガチーは過保護で子供から目を離さない」と言っていた気がする。だから皆逃げられないのだろう。
うーん、どうしよう。
でも、明日になればエサを探しに行くはず。そのときも子供を連れて行くのだろう。エサを探しに地上に降りたなら、まだチャンスはあるのではないだろうか?
例えば、次に下に降りたら何か音が出るものでも投げて、そちらへ気を逸らせているうちにどこかへ隠れるのだ。そして逃げる。都合の良い隠れ場所があるか分からないけど、朝になって明るくなったらもう少し周囲のようすが分かるかもしれない。
何か気を逸らせられるものがあるといいんだけど。
巣のなかや周囲を手で探ってみる。もちろんそんな都合の良いものはないのだけれど、何気なくパジャマのポケットに手を入れた私は、そこにあるものを入れっぱなしだったことを思い出した。
これ使えるんじゃない?
私はポケットから古びた指輪を取り出して、自分の指にはめてみた。あのタコパーマがおいていった、「つけた人が壁の花になる」呪いの指輪だ。その指輪をつけた人を周囲は認識はするけれど、まったく関心を持たなくなる。まさにパーティーの壁の花状態になるのだ。
試しにきぃちゃんにこんなことを頼んでみた。
「ちょっと吠えてみてくれる?」
でも、きぃちゃんは私をチラと見ただけで無視をする。こんなことは初めてだ。
私は指輪を外してもう一度同じことを頼んだ。今度は「まかしとけ」とばかりに立ち上がって吠えた。
「ばうばうばう!」
私はもう一度指輪をはめると、大声で「え~ん」と泣きマネをしてみせた。子供がよくやるヤツだ。ちょっと恥ずかしいけど、今はアガチー母さんがどう反応するか確かめるほうが大事だ。
これだけ騒げば、過保護なアガチー母さんなら何かしらのアクションを起こすはず。ついでにきぃちゃんに対する反応も見ることができる。
アガチー母さんは、上の枝からこちらを見ることは見た。でもこれまでのように何かしようと動くことはなく、すぐに視線を逸らしてしまう。まるで無関心なようだ。私は内心で手を叩く。
やった!これはきっと使える。
作戦はこうだ。
夜が明けて明るくなったら、トイレのふりをしてアガチー母さんに下に降ろしてもらう。きぃちゃんには合図をしたらワゴンに向かって走るように言っておく。合図を出したあと、私は指輪をしてそのあとを追いかける。
さっきの反応を見ると、アガチー母さんにも指輪の呪いは有効なようだから、指輪をつけた私が逃げても追いかけてこないだろう。きぃちゃんのことはどうでもいいと思っているらしいので、これも同じだ。
よし、これで大丈夫。きっと逃げられるわ!
私はまた横になると、きぃちゃんを抱きしめて目を閉じた。明日はどのくらいの距離を走るのか分からないのだ。眠れるか分からないけれど、明るくなるまでに少しでも体を休めておかなければならない。




