食われるぅう!?
「「「クワックワァアアア!?」」」
私の悲鳴が聞こえたのだろう、アヒルンゴたちがいっせいに駆け寄ってきた。しかし、腰を抜かす私、吠えまくるきぃちゃん、池のほとりにたたずむ恐竜を見て、いっせいに静止する。
「ク、クワ?」
隊長に問われて首を横に振る。コレは何かって?私に聞かれたって知ってるわけがない。しかし隊長も知らないとなると、本当に未知の生物なのかもしれない。
「ぐぅうううう」
恐ろし気なうなり声をあげた恐竜は、トカゲにも似た頭をまわして私を見る。目が合った瞬間、瞳孔が縦に伸びた爬虫類の目がキランと輝いた。気のせいじゃない。確かにロックオンされたのだ。
ドスッ!ズルズルと、歩いてこちらへ近づいてくる。このズルズルという音は太い尻尾を引きずる音だったようだ。きぃちゃんは腰を抜かして動けない私の前に立って、勇敢にも恐竜を威嚇する。アヒルンゴたちも前へ走り出て、これまで聞いたことのないような雄叫びをあげた。
「ばふばふばふ!!」
「「「クェエエエ!!」」」
だけど恐竜の足は止まらない。太い足や尻尾に噛みつくきぃちゃんの鋭い牙も、平たいくちばしで体をつつきまくるアヒルンゴたちの攻撃も、一切効果がないようだ。恐竜はそれらに抗うこともなく、空気のように無視して、私だけを見ている。
その太い腕が私の胴をつかんだ。
「イヤぁああああああ!」
絶叫する私と尻尾に噛みついたままのきぃちゃんを連れて、恐竜は森へと引き返した。そして片手に私を抱えたまま大きな木にスルスルと登ると、木から木へと飛び移って移動していく。
「ひぃいいいい!」
地上ではアヒルンゴたちが私を必死に追いかけているけど、これでは何もできそうにない。きぃちゃんも尻尾から振り落されないようにするのに必死だ。
ダメだ。私はこの恐竜に食われてここで死ぬんだわ。
お母さんごめんなさい。
母の顔が脳裏に浮かんだのを最後に、私は意識を失った。
どのくらい経ったのだろうか、私はザリザリと顔を舐められる感触で目が覚めた。
「ばふばふ!」
目を開ければドアップのきぃちゃんの顔があった。気絶していた私の顔を舐めていたのだろう。私は今、何かフワフワとした寝心地の良い場所に寝かされているようだ。
「大丈夫?ケガはない?」
「ばうっ!」
元気な返事が返ってきてホッとする。どうやら大丈夫そうだ。だけど、いったいどこまで連れてこられてしまったのだろう?私は聞いても仕方ない質問をきぃちゃんにした。
「ここはどこ?」
「ばうっ、ばうばう!」
やっぱり分からない。首をかしげていると、可愛いモフモフのうしろから爬虫類の大きな顔が覗いた。私が起きているのを見てうなり声をあげる。
「ぐぅううう?」
「ひぃいいい!」
私はきぃちゃんを胸に抱えて身を縮めた。逃げ場はないかと慌てて周囲をみるけど、ここは高い木のうえのようだ。木のうえの、枝で編んだ大きなカゴのようなもののなかだ。カゴは底に藁や良い匂いのする草を敷き詰めて、居心地が良いようにしてある。
え?これってもしかして「巣」じゃない?
ここでようやく気が付いた。もしかしてこの恐竜は、ルリが言っていたワラバーアガチーなのではないだろうか?私はあらためて目の前の生き物を観察する。木のうえにいるときは四つん這いで歩いていて、その姿はトカゲそのものだ。
それにさっきは、攻撃するきぃちゃんやアヒルンゴにいっさい危害を加えていなかった。あの太い尻尾で振り払えば簡単に吹き飛ばすことができただろうに、しなかったのだ。ルリによれば、ワラバーアガチーは「恐ろしげな見た目に反して性格は穏やかで優しい」生き物なのだ。
「ぐぅううう」
そんなことを考えていたら、恐竜が手を伸ばして何かを差し出してきた。見れば、あの赤い実を握っている。「食べろ」と言っているようなので受け取って一口かじった。それを見ていた恐竜は満足そうに「ぐぅうう」とうなる。
やっぱり、ワラバーアガチーなんだわ。
とりあえず食べられたりする心配はなさそうなので安心する。くっついてきたきぃちゃんにも危害を加える気はないようだ。だけど、ルリが言っていたことをすぐに思い出して、私は顔から血の気が引いていくのを感じた。
「捕まえられたら一生ワラバーアガチーの子として森で暮らすはめになります」
どうしよう、家に帰れなくなっちゃう。
女神さまは私が異世界へ移動する直前のあの時点へ戻れると言っていたけど、ずっと帰れないままこの森で死んだらどうなるのだろう?私は行方不明ということになってしまうのかもしれない。そんなことになったら、お母さんはどんなに苦しむだろうか。
そんなの嫌だ。
帰りたいよ。お母さんに会いたい。
気づけば涙が頬を伝っていた。
「ばふぅ?」
きぃちゃんが心配そうに顔を近づけてくる。しかしそのモフモフの体は、すぐに長い爪の生えた爬虫類の手に押し退けられてしまった。
「ぐぅうう?」
爬虫類の大きな顔が私を見つめる。ワラバーアガチーは手を伸ばして私を抱き上げると、子供を抱くように横抱きにして、私の背をポンポンと叩き始めた。私が泣いているのに気づいて、あやしてくれているようだ。
その手は大きいが優しく、固い爪が私の体を傷つけることはない。アガチー母さんは本当に優しく、愛情あふれる母親のようだ。
だけどもちろん、一生アガチー母さんの子供でいるわけにはいかない。それに私が綺麗な金の玉を運ばないと、いつかティーダル島の人たちが食料に困る事態になるかもしれないのだ。
どうにかスキを見て逃げ出さないと。
アガチー母さんの優しい腕に揺られながら、私は何か方法はないかと考え始めた。




