森のなかに何かいる
北部の森に入って3日目の夕方、私たちは野営をするために川からあがった。
今は適当な場所を探して森のなかをワゴンで移動しているところだ。北へ進むほど森は深くなっていて、木々がうっそうと茂っているため、川辺に適当な空き地を見つけることができなかったのだ。川幅も狭くなったので、明日からは森のなかの道を行くしかなさそうだ。
アヒルンゴたちやきぃちゃんの助けを借りながら、ここまでなんとか無事に過ごせている。皆が湧き水や食べ物を見つけてくれるので食事はちゃんとできているし、ルリのスパイスのおかげなのか体調も悪くないのだ。
ただひとつ、お風呂に入れないのが辛い。着替えがないので下着も代えられないし、ずっとパジャマ姿のままだ。
せめてシャワー代わりになるハナミズクサがないかと探してみたのだけど、森では見つけられなかった。もしかしたら浜辺にしか生えない植物なのかもしれない。
「クワッカー!」
ワゴンが止まり隊長が外から呼ぶ声が聞こえた。私はドアを開けてステップを降ろすと、きぃちゃんと一緒に外へ出る。
そこは森を切り開いてつくったらしい空き地で、かなり広かった。すぐ横には土を踏み固めた道が一本通っている。これが神殿に通じる道なのだろう。南の神殿と同じように、国王が祈りを捧げにいくための道が通してあるのだ。
興奮したように、アヒルンゴ隊長が道のむこうの空を指し示した。
「クワックワ!」
白い羽が示す先は小高い山になっていて、その頂上に白く光る建物が見える。
「もしかしてあれが神殿なの?」
「クッワー」
隊長は腕組みするように羽を胸の前で合わせると、重々しくうなずいた。この頃の隊長はなぜか仕草がどんどん人間ぽくなってきている。私が慣れてきたこともあって、意志疎通がかなりスムーズにできるようになっていた。
隊長はワゴンと神殿を交互に指して説明を始める。
「クワ、クワッカ、クワ」
「うんうん」
うなずく私に今度は自分の背中を見せる。
「クワクワ、クワー」
「分かった。明日はワゴンをここに置いて、隊長に乗って山を登るのね」
「クワッ!」
「朝早く出れば明日中に着きそう?」
「クワッ!」
「じゃあ明日はできるだけ早く出発しよう」
「クワックワ!」
隊長が羽で敬礼をしたので、私もマネをして敬礼を返した。まだ少し距離はあるけれど、目標地点が見えたことで気持ちがだいぶ軽くなっていた。
朗報はもうひとつあった。空き地のすぐそばに水浴ができそうな場所があったのだ。
そこは湧き水が豊富に出ていて、流れ出す水を溜めるための石造りの小さなプールのようなものが設置してあった。さらに周囲が低木や岩で囲まれていて、外からは簡単に見えない。ここなら裸になっても大丈夫そうだ。
プールの水は傾斜のつけられた樋を通って、もっと低い場所にある小さな池へと流れ込むようになっている。今はアヒルンゴたちがそこで水を飲んでいる。
ここは整備された野営地なのね。
ワゴンを停めた空き地は人工的に切り開いた形跡があった。湧き水も使いやすいように整備してあるし、ここは国王が神殿に行くときの野営場所としてつくられたのだろう。
本当はお風呂に入りたいけど、綺麗な水で体を洗えるだけでもありがたい。夕飯を食べたらまた来ようと思って、とりあえず夕飯のために水筒をいっぱいに満たした。
「ばふっ!ばふっ!」
きぃちゃんがご飯を催促したので、皆でワゴンに戻って焚火を起こした。きぃちゃんはすでに赤い実をモリモリ食べはじめている。
私は自分用に、袋にあった干し肉と摘んできた野草を入れたスープをつくった。干し肉は塩分が多いので調味料がなくてもそれなりに味はつく。あまり美味しくはないけど、食べないと隊長が心配するので頑張って食べた。
「ばふ~」
満腹になったらしいきぃちゃんがその場で横になる。そのわき腹を私はそっと撫でてやった。
単に今の状況が分かっていないだけかも知れないけど、いつも元気で食欲旺盛なきぃちゃんに、私はずいぶんと心が慰められていた。昼間はワゴンで一緒に過ごし、夜はきぃちゃんを懐に抱えて寝る。小さな温もりがあるだけで、安心して眠ることができるのだ。
「さあ、水浴びに行くよ」
食休みをしたあと、食器と鍋を持って私は立ち上がった。さっきの湧き水のところへ行って洗い物をすませ、自分の体も綺麗にするのだ。水の補充のために水筒も携帯する。
「ばふっ!」
きぃちゃんと一緒に「すぐそこ」の距離にある湧き水へと向かう。アヒルンゴたちもついてこようとしたけど断った。昼間働いているアヒルンゴたちにはできるだけ休んでもらいたいのだ。隊長は心配そうだったけど、呼べば声が聞こえるくらいの距離なので不安はなかった。
今夜は満月なので、水場の周辺はランプがいらないほどに明るい。まずは洗い物を済ませると、私は鍋に水を汲んできぃちゃんの体を流した。お芋を掘ったりしたのでけっこう汚れているのだ。きぃちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。
「ばふぅうううう」
きぃちゃんの泥を落としたあと、自分も服を脱いで一緒に湧き水のプールへと入る。暖かな気候だから、湧き水の冷たさはそれほど気にならなかった。久しぶりの水に包まれる感触に、思わず声が漏れる。
「気持ちいい!」
仰向けになって浮かぶと、満天の星に囲まれた丸い月が見えた。きぃちゃんもヘソ天でプカプカ浮いている。周囲の森は静かで、危険なことは何も起きそうにない。
良かった、これで明日帰れる。
早朝に出発するのだから今夜は早く寝たい。私は少しでも綺麗になるように手のひらで体をこすり、最後は水没して頭のさきまで水に浸かった。
「はぁ~、さっぱりした!」
「ばふばふぅう!」
タオルで体を拭いて下着とパジャマを身につける。本当は洗濯もしたいけど、替えがないから仕方ない。いくら誰もいないからって、一晩全裸で過ごすほど私は大胆になれないのだ。
それも明日までの我慢よね、ルリに会ったら私の服を返してもらおう。
しかし、水筒を満たして帰ろうとしたとき、きぃちゃんがこれまでに聞いたことがない声でうなった。
「ぐぐぐぐぅうううう!」
「どうしたの?」
きぃちゃんは私の後方、暗い森の茂みに向かってうなり続ける。やがて私の耳にも聞こえてきた。重々しい足音とズルズルと何かを引きずるような音が、だんだんと近づいてくる。とっさに逃げなきゃと思ったけれど、体が硬直して動けなくなってしまう。
え?なに?何がいるの?
背後の茂みでガサガサと何かが動く。きぃちゃんが狂ったように吠えた。
「ばうばう!ばうばうばう!!」
勇気を振り絞って振り返る。
・・・え?
驚きのあまり息が止まった。見たくないのに目がソレから離れない。数秒後に私の口から飛び出したのは、人生最大級の悲鳴だった。
「ぎゃぁあああああああ!!」
また腰を抜かしてしまったけど、これは仕方ないと思う。
だって私が見たもの、湧き水が流れ込む小さな池のそばに立っていたソレは、どこからどう見ても恐竜だったのだから。




