ひとりじゃないよ
私はそのメモを見つめる。日本語で書いてあるということは、これはルリが書いたのだろう。彼女は何か理由があっていなくなったのだろうか?
だとしたら黙っていなくなる理由が分からない。いやそれ以前に、彼女が私をこんな森のなかにほったらかしにして行くわけがないのだ。やはり予測できないトラブルが起きたに違いない。
市場でスパイスを買ったとき、ルリはあのパッパラパーとかいう鳥の予言を気にしていた。それで万が一の備えとして、この非常食やメモを用意しておいてくれたのじゃないだろうか?私は顔をあげて聞いた。
「隊長、北部の神殿の場所は分かる?」
隊長がうなずくのを見て私は頼んだ。
「できるだけ急いで神殿に向かいたいの、連れて行ってくれる?」
「クワックワ!」
ドンと胸を叩く隊長。頼もしい限りだ。
私は隊長にお願いして、まずはさっきの湧き水の場所に戻ってもらった。とにもかくにも飲み水を確保しておきたいからだ。流れる湧き水に水筒の口をつけて、ギリギリまで水を入れる。水筒にはたぶん1リットルくらい入ったと思うけど、貴重なので大切に飲むことにしよう。
ついでにあの赤い実もつんで食料を確保する。きぃちゃんがポンポンヤラオの木を見つけたので、その実も集めた。どちらもそのまま食べられるので好都合だ。いろいろ考えると心配は絶えないけど、とりあえず水と食料の確保ができてホッとした。
そして日がだいぶ高くなったころ、私ときぃちゃんを乗せたヒルンゴワゴンはようやく川に入った。アヒルンゴたちは力強く泳ぎ、ワゴンはグングンと速度をあげて川を北上していく。
私はワゴンの座席に座って、規則的な揺れに身をまかせながら考えた。
ルリの言っていたことを考えると、神殿までは急いでもあと2、3日はかかるはずだ。夜は森に入ってアヒルンゴたちを休ませないとならないし、私も狭いワゴンのなかで一日座りっぱなしでは疲れてしまう。
恐い。こんな異世界の森でひとりなんて。
真っ暗な森を想像して体がこわばる。昨夜は露天風呂に入って、のん気に「月が綺麗だ」なんて思っていたのに。森にはどんな危険な動物がいるか分からないし、ワラバーアガチーに見つかったりしたらどうしたらいいのだろう?
「ばふっ?ばふばふ?」
心の変化を感じ取ったらしいきぃちゃんが、私の膝に前足をかけて心配そうに鳴く。小首をかしげてこちらを見る愛らしい仕草に慰められる。そう言えば、この子は番犬の役目をさせるために連れてきたんだっけ。私はきぃちゃんを抱き上げた。
「こわい動物が来たら、ちゃんと教えてね」
「ばふっ!」
自信満々に答えるきぃちゃんに、私は自然と笑顔になった。
そういうわけで、今夜は川のすぐそばで野営することになった。隊長がちょうどいい場所を見つけてくれたのだ。アヒルンゴたちは自分たちの食事のために食べ物を探しに行き、私は焚火に使うための枯葉と焚き木を集める。
「ばふう」
一緒について来ていたきぃちゃんが、ひと声鳴くと地面を猛烈に掘り始めた。掘った土がこちらへわらわらと飛んでくる。
「ちょっ、急にどうしたの?」
土を避けるために離れて見ていると、きぃちゃんは掘った穴に頭をつっこみ、何かを咥えて私のもとへ持ってきた。大きなサツマイモのような物体を足元に置いて、お座りで私を見る。尻尾がひょこひょこ揺れていた。
「それ食べられるの?」
「ばふっ!」
泥だらけの顔できぃちゃんは胸を張った。「すごいね」と言って私が頭を撫でてあげると、きぃちゃんは「ふす!」と荒い鼻息で答えた。
「そろそろ戻ろうか」
腕いっぱいに焚き木を抱えた私の横を、芋を咥えたきぃちゃんが弾むような足取りで歩く。芋はかなり大きくて重そうだけど、よほど嬉しいのかそれも気にならないらしい。
ワゴンに戻るとアヒルンゴたちも帰って来ていた。私は枯葉に火打石で火をつけ、できた火種に焚き木をくべて、火を徐々に大きくしていく。
思えば、こうして焚火ができるのも、木に登って果物がとれるのも、全部アキノが教えてくれたおかげだ。何かと騒がしい幽霊だったけど、彼女といるのは楽しかった。
星が瞬きはじめた空を見上げて思う。
あの子、元気にしてるかなぁ。
いや、亡くなった人に「元気にしてるか」はおかしいか。でももし本当に天国があるのなら、彼女は妹と幼なじみと一緒に楽しく暮らしているだろう。もちろんガキ大将はアキノだ。
焚火が安定したので私は芋を煮る準備に取り掛かった。鍋をかけられるようにするための三脚があったので、それもセッティングした。そこに洗った芋と水を入れた鍋をかける。その鍋をジーッと見張るきぃちゃんに私は言った。
「少し待っててね」
「ばふ!」
しばらく茹でたあと、枝を刺してみたら柔らかくなっていたので、少し冷ましてからきぃちゃんの前に置いた。ところが芋に口をつけない。
「どうしたの?」
私が聞くと、きぃちゃんは芋を鼻先でつついて私のほうにちょっと押す。
「え?もしかして私にくれるの?」
「ば、ばぅぅぅ」
きぃちゃんは涎を垂らしながら小さく答える。
「なんか無理してない?」
「ばっ!ばばばばば、ばふばふ!」
必死に首を振るきぃちゃんが可笑しくて私は笑った。この芋が好きなのに、無理して分けてくれようとしているようだ。私は芋の端っこをほんの少しちぎって口に入れた。甘い。
「うん、おいしいね!あとはきぃちゃんが食べて」
「ばふっ!」
「ふふふ、ありがとうね」
ガツガツと芋を食べ始めるきぃちゃんにお礼を言うと、私は今朝とっておいた果物を少しだけ食べた。相変わらず食欲がわかないのだ。空腹は感じているけれど、食べたいものがないという感じだ。
するとアヒルンゴ隊長が岩のうえに置いてあった非常食の袋を咥えて持ってきた。グイグイと私の手に押しつけてくる。
「クワックワ~」
「え?どうしたの?」
私は袋を開けてなかのものを取り出す。ルリがくれたスパイスの袋を見ると、「それそれ」と言うようにうなずいた。
そう言えば、疲労回復と腹痛に効くって言ってたわね。お茶代わりに飲んでみよう。
私は鍋を外して芋を茹でていた湯を捨てた。そこへ水筒の水を少し注ぎ、ルリが買ってくれた疲労回復と腹痛に効くスパイスを両方とも入れて煮出す。湯が茶色っぽくなって、スパイシーな香りが立ち上った。
カップですくって一口飲んでみた。茶こしがないのでスパイスや葉っぱが浮いたままだけど、爽やかな香りが頭と胃のあたりをスッキリさせてくれる。
「美味しい!」
「クワッ」
笑いかけた私に、隊長はすかさずポンポンヤラオの実を差し出す。もっと食べろというのだろう。私は受け取って手で皮をむく。ミカンに似たその甘い実を味わいながら私は思った。
大丈夫、ひとりじゃない。きぃちゃんもアヒルンゴたちもいるし、北の神殿に絶対にたどり着いてみせる。
お母さんのためにも無事に家に帰るんだ。




