アノときのアレを発見
晩ごはんのあと、私はきぃちゃんと一緒に庭の露天風呂に入っていた。今夜は晴天で、空には星と月が輝いている。
「ああ、いい気持ちだねぇ」
「ばふぅううううう」
思わず呟いた私に、きぃちゃんが満足そうに答える。彼女は先ほどから、お得意のへそ天ポーズで湯船にプカプカと浮いていた。最初はお風呂は嫌がるかと思ったのだけど、ずいぶんと気に入ったようだ。
昼間は生け簀で溺れそうになったくせに。
そのときのことを思い出して、私は笑いをかみ殺した。午後に庭できぃちゃんと遊んでいたら、メイパルの生け簀に飛び込んでしまったのである。もしかしたら魚が食べたかったのかもしれない。
「何をしているのです、まったく!」
溺れかけたきぃちゃんを救出したルリは、その首根っこをつかんで叱った。大事な生け簀を荒らされてかなり怒っていたのだ。
「メイパルをダメにされてしまう前に、全部食べてしまいましょう」
というわけで夕飯にはメイパルの生け作りや揚げ物など、メイパルづくしの料理が並んだのである。私はきぃちゃんにもお刺身を少し食べさせてあげた。ルリは「ブルシズに高級魚などもったいない」と反対したけど、食べたがっているみたいなので私のぶんから分けてあげたのだ。
「ふぅ、さっぱりしたねぇ」
お風呂上りにパジャマを着た私は、きぃちゃんを膝に抱いて庭のデッキチェアで涼んでいた。パジャマはこちらの世界のもので、パンツにチュニックという普段着をややゆったり目にしたような感じだ。
天然素材でつくられた肌触りのよさを楽しみながら、チビルリちゃんが用意してくれた冷たいハーブティーを飲む。
ちょっと進んだだけなのに、ずいぶんと森が深くなったわね。
今夜ワゴンを停めているこの場所は、川からそう遠くない空き地だ。月明りだけではよく見えないけれど、周囲は大きな木々や草が生い茂る森になっていった。水辺にはマングローブによく似た、根っこがタコの足のように広がった木も生えている。
あの森のなかにワラバーアガチーとか、危険な生き物がいるかもしれないのか。
二本足で歩く巨大なトカゲの姿を想像していたら、腕のなかのきぃちゃんがもぞもぞと動きだした。どうやら庭を歩き回りたいらしい。生け簀は消してしまったからもう落ちてしまう心配はないので、私は彼女を庭に降ろしてあげた。庭にはハマクラゲたちがぼんやりと光りながら浮かんでいる。
「遊んでおいで」
「ばふっ!」
きぃちゃんはひと声吠えると元気に庭を駆けだした。チビルリちゃんたちがその後を追いかけて飛ぶ。私はおかわりしたハーブティーを飲みながら、可愛いと可愛いの追いかけっこを楽しんだ。夜風は涼しく、この庭は平穏そのものだ。
「ばふばふぅうう!」
「あ、ダメよ!」
追いかけっこでテンションの上がったきぃちゃんが庭の垣根に突進した。驚いたレインボーファンたちが土から飛び出て走り出す。いつもは列になって規律正しく行進するレインボーファンだが、パニックになってしまったのだろう、それぞれがめちゃくちゃに庭のなかを走り回っている。
「ちょ、きぃちゃん落ち着いて!」
だけど興奮したきぃちゃんにその声は届かないようだ。獲物を追うようにレインボーファンを追いかけはじめたので、騒ぎはますます大きくなっていく。
わちゃわちゃと庭を走り回る無数のレインボーファン。吠えながら追いかけ回すきぃちゃんと、それを止めようと焦って飛び回るチビルリちゃんたち。さっきまでの平穏はどこへ行った?
私は庭におりて大声で叫んだ。
「きぃちゃん、オヤツあげるよ!」
きぃちゃんの垂れ耳がピクリと動いて、Uターンして私のもとへ走ってくる。
「ふっふっふっ、引っかかったな」
私は彼女を受け止めてしっかりと捕まえた。騒ぎの元がいなくなったせいか、やがてレインボーファンたちは静かになって整列し、元の場所へ戻って垣根になった。
「めっ!レインボーファンを驚かせちゃダメよ」
私は叱ったけど、きぃちゃんには通じてないらしい。尻尾をぴょこぴょこ振ってまだ楽しそうだ。いや、オヤツがもらえると思っているのか。
「あれ?何を咥えてるの?」
きぃちゃんが口に何かを咥えているのに気づき、いそいで取り上げる。間違って飲み込んだりしたら大変だからだ。しかしきぃちゃんのヨダレに濡れたそれは、私がよく知っているものだった。
これって、呪いの指輪じゃない!
指につまんだ指輪を凝視する。間違いない、これはあのタコパーマが吐き出した「つけた人がパーティーで壁の花になる」というしょうもない指輪だ。あのときルリが海に捨てたはずなのに、どうしてまだここにあるのだろう?考えた私は、ひとつの可能性を思いついた。
捨てたつもりが、きっとレインボーファンの垣根に引っかかったんだわ。
そうに違いない。今の騒ぎで落ちたのだ。私は腕を振り上げて指輪を庭の外に投げ捨てようとしたけど、「待てよ」と思いとどまった。
勝手に始末しないでルリにまかせたほうがいいかもしれない。私はあとでルリに渡そうと思って、それをパジャマのポケットに入れた。そしてそのまま忘れてベッドに入ってしまったのだ。
もちろん、きぃちゃんと一緒だ。ベッドに自分以外の温もりを感じるのはいつ以来だろう?私は寄りそうきぃちゃんの頭に鼻をつけ、フワフワの毛の感触と石鹸に混じるわずかなケモノの匂いを楽しんだ。
そう、すこぶる機嫌よく、心から安心して眠ったのである。
しかし、翌朝になって私ときぃちゃんが目覚めたとき、私たちは硬いアヒルンゴワゴンの床に寝ていた。異変に気づいて飛び起きる。
「え?なにこれ?どういうこと!?」
「ばふばふっ!?」
リゾートホテル仕様の部屋は消え、ルリとチビルリちゃんたちも消えていた。




