アブナイ生き物
ワゴンは街道を進み、やがて北部の森のすぐ近くへとたどり着いた。今は大きな川のほとりでひと休みしているところである。移動しているあいだに私はワンピースを脱いで、森のなかでも過ごしやすいように元のチュニックとパンツに着替えていた。
「この川をさかのぼっていくの?」
澄んだ水の流れを見ながらルリに尋ねた。辺りはだいぶ木々が多くなっているが、川の上流は深い森でおおわれている。きぃちゃんが興味津々のようすで川面をのぞき込んでいるので、間違って落ちないかちょっと心配だ。
「はい、この川は北部の神殿がある山から流れていますので、川を行くのが一番の近道になるのです」
森のなかには道が通っている。でも川を行ったほうが早いし、アヒルンゴたちの体力の消耗も少なくて済むということだ。
「山を登るには登山道を行くしかありませんが、それほど高い山ではないので半日もあれば神殿へ着くでしょう」
山に近づくほど川幅は狭くなるし、さすがのアヒルンゴたちも川をさかのぼって山を登るのは難しいらしい。
「ばぅううううう、ばふばふばふっ!」
突然、川辺に生えている大きな木に向かってきぃちゃんが吠えた。ルリが私をかばうように前に出る。そしてきぃちゃんが吠えている方向を指さすように手をあげた。
ちゅどん!!
ルリの指先から、何か得体のしれない光線のようなものが発射され、枝からボタリと何かが落ちてきた。
「ひょぇえええ!」
私は腰を抜かしてへたり込んだ。なんだ?今の「ちゅどん」ってのは?
恐れおののいている私を尻目に、ルリは落ちてきたものへ近づいて、動かなくなったそれを確認する。それは尻尾がクルンと巻いた大型のリスのような生き物だった。見た目は可愛いけど、大きさは小型犬くらいある。ルリはきぃちゃんを褒めた。
「ああ、やっぱりクッサスギーチャーでしたね。よく気づきました」
褒められたきぃちゃんは、ウサギのような丸い尻尾をピクピク動かして得意げにしている。
「ルリ、それはなに?危ない生き物なの?今の『ちゅどん!』っていうのは??」
何が起きたのか分からない私は、混乱して一度にいろいろ聞いてしまった。
「このクッサスギーチャーは危険ではないのですが、とにかく息が臭いので近づいてはいけません。その息を浴びると、全身が臭くなってしまいます」
ルリの説明によると、お風呂に入っても1週間は臭いがとれなくて大変なことになるらしい。服など身につけていたものは捨てないとダメなんだそうだ。まるでスカンクみたいなヤツだ。
いや、それより気になることがある。私はもう一度聞いた。
「で、今のちゅどんは?」
「ああ、あれは神力のパワーを凝縮して指先から発射したのです。森には危険な生き物もいますが、私がお守りしますからご安心を」
「う、うん」
頬を引きつらせながら私は答えた。ルリにそんな攻撃力があったのもビックリだが、危険な生き物がいると聞いて不安になった。これはちゃんと聞いておかないとダメだろう。
「危険な生き物って、例えば?」
ルリは首を傾けて少し考えたあと、こう答えた。
「人間に危害をくわえるような生き物はそう多くないのですが・・・警戒するとしたらワラバーアガチーでしょうか?」
ワラバーアガチーは大型のトカゲによく似た生き物らしい。全身が赤く、大きさは大人のワニほどもあると言うから怖い。高い木のうえで暮らし、地上では後ろ足と太い尻尾で立ち上がって二足歩行するのだとか。
「それが狂暴なんだね?」
「いえ、恐ろしげな見た目に反して性格は穏やかで優しく、メスは母性にあふれています」
「へ?だったら警戒することないんじゃない?」
「いえ、母性が強すぎるのが危険なのです」
「どーゆーこと?」
何を言われてるのか全然わからない。首をかしげる私にルリが説明してくれる。
「ワラバーアガチーは人間を見ると巣に連れ帰って育てようとするのです」
あまり視力が良くないので、自分たちと同じ二足歩行の人間を見ると仲間だと思うようだ。さらに人間のほうが体が小さいせいか迷子の子供だと勘違いし、母性が強いので連れ帰って育てようとするのだとか。
「過保護なため決して子供をそばから離さず、捕まえられたら一生ワラバーアガチーの子として森で暮らすはめになります」
なんじゃあ、それ。
「ワラバーアガチーは絶滅危惧種で数は少ないのですが、沙世さまは小柄で愛らしいので特に好まれるかもしれません。念のため森のなかではひとりにならないようにしてください」
「う、うん」
私は素直にうなずく。こんな森で巨大トカゲに一生溺愛拘束されるなんて絶対にイヤだ。それじゃあお母さんにも会えなくなってしまう。
「おいで!」
私はきぃちゃんを呼んで腕のなかに抱き上げ、皆でワゴンに乗り込んだ。できるだけ早く神殿に行きたいと思っているので、日没までに少しでも進んでおきたいのだ。
「クワックワー!」
アヒルンゴ隊長が元気よく鳴き、ワゴンを引いて川のなかへと入る。相変わらず少しも揺れを感じない。ルリが自分の部屋に戻ったので私はきぃちゃんとソファに座った。すぐにチビルリちゃんたちがお茶を淹れて運んできてくれる。
私はあらためて快適なリビングを見回した。座り心地の良いソファ、床のラグとクッション。中央に生えるヤシの木と壁のブーゲンビリア。寝室もここと同じくらい快適だし、水回りは日本と同様に清潔で、庭と露天風呂まである。
そうよ、何も危険な森に出なくったって、このなかで楽しく過ごせるじゃない。
神殿までは3、4日の道のりと聞いた。そのあいだはチビルリちゃんたちとキッチンで料理をしたり、きぃちゃんと庭で遊んだり、ルリが大食いするのを眺めたりしてのんびり過ごせばいいのだ。
隣に座るきぃちゃんを抱き上げて語りかける。
「あとで一緒に庭で遊ぼうね」
「ばふぅううう」
きぃちゃんは眠そうにひと声鳴くと、膝のうえで丸くなって寝てしまった。ずっしりとした重さと温もりが伝わってきて気持ちが安らぐ。私はその背をそっと撫でてやった。




