予兆
中央公園に隣接する市場で、私たちは北部を旅するのに必要な食料品を買い集めていた。肉やら調味料やらを次々と買い込みながらルリが説明してくれる。
「北部の土地は未開発の森がその大部分を占めています。海沿いに小さな漁村が点在しているくらいで、人々はみな半農半漁の自給自足に近い生活を送っています」
だから北部を旅行中は、漁村で売っている新鮮な魚と森に自生する果物くらいしか、食料が手に入らないのだそう。それ以外のものは事前に準備しておかなければならないのだ。それにしたってルリはずいぶんたくさん買い込んでいる。
「ねえ、神殿まではどのくらいかかるの?」
「天候にもよりますが、寄り道せずに進んで3~4日というところでしょうか」
それにしては食料品が多い。たぶん、普通に考えたら2週間ぶんくらいある。まあルリにしたらこれくらいは必要なのかもしれない。それにきぃちゃんもいるのだ。
宿から連れてきたブルシズの「きいろちゃん」改め「きぃちゃん」は、今は公園の駐車場でアヒルンゴたちと一緒にお留守番をしている。
私が「お留守番お願いね」と言ったら、「ばふっ!」と鳴いてワゴンの床でヘソ天になっていた。きぃちゃんはかなりマイペースな性格だけど、いちおう自分が警備をする動物だという自覚はあるらしい。
「ねえ、ブルシズのご飯はどうするの?」
「宿であげていたものと同じ感じでいいと思います。麦か米を多めに買いましょう」
雑食で肉から果物までなんでも食べるらしいけど、米が好物なのだそうだ。
「じゃあお米を多めに買っていこうよ。私も毎日食べたいし」
しかし、穀物をあつかう店に並ぶ値札を見たルリは、ちょっと難しい顔をした。
「どうしたの?」
「米がずいぶん高くなっているなと思いまして。城下町は物価が高めではあるのですが、それにしても高すぎなのではと」
そんなに高いのか。私は米に添えられている値札を見たけど、そもそもお金の価値も米の相場も知らないので分からない。ふたりで難しい顔で米を見ていたら、太った男性店員が声をかけてきた。
「すみませんねぇ、お客さん。ここのところ米の値があがってまして。価格を抑えたいなら、こちらの麦と混ぜるといいですよ」
「いえ、高くてもいいので米が欲しいのですが、なぜこんなに値上がりしているのでしょう?」
ルリの問いに店員は眉尻をさげた。
「そろそろ新米が出回る時期なんですが、どうも今年は不作のようでして。入荷が少ないので値段が上がってるんですよ」
なるほど。収穫量が少なければ値段が上がるのは道理だ。だけど、似たような話を南部でも聞いたような気がする。頭のなかを探って私は思い出した。そうだ、南部ではメイパルが不漁だと言っていた。あのときもルリは難しい顔をしていた。
必要な量の米を買った私たちはワゴンへと引き返した。私はきぃちゃんのおやつになりそうな食品のほか、ルリに頼んで蜂蜜やスパイスを買ってもらった。これで明日ルリをびっくりさせてやるのだ。
実はコルーのピリ辛焼きのタレの秘密を、誰にも教えないという約束で宿の主人に教えてもらったのである。それがルリに内緒にしていた主人からのお礼だった。ルリにつくってあげたらきっと喜ぶに違いない。
それに自分へのお土産にもなるわ。
品物は持って帰れないけど、レシピならいいだろう。コルーは鶏肉に似てるし、それ以外の材料も代用できそうだから、日本の食材で再現するのであれば問題ないはず。
大量の荷物を軽々と担いで運ぶルリの後で、私はにんまりと笑った。
「では北部へむけて出発します」
ワゴンに戻ると、ルリは内装をリゾートホテル仕様に戻した。北部は南部よりもさらに人が少なく、城下町から北部へと向かう街道も旅人が少ないらしい。うっかり人に見られる心配はないようだ。
「ばふっ、ばふっ!」
車内が急に広くなったので、きぃちゃんが嬉しそうにリビングのなかを動き回る。ポッチャリお腹に隠れた短めの足でぴょこぴょこと跳ねたり、真ん中に生えたヤシの木をクンクン嗅いだりしている。部屋の状況を匂いで確認しているらしい。
「あとで庭で遊ぼうね」
「ばふっ!」
そんなきぃちゃんに声をかけると、彼女は元気よく返事をした。言葉を理解しているようにも見えるけど、実際どのくらい分かってるんだろう?
「沙世さま、そろそろお昼にしましょう」
キッチンで冷蔵庫に食材をしまっていたはずのルリが、いつの間にかテーブルにお弁当を広げていた。その匂いにお腹がグゥと鳴る。今朝は出発のために早めに朝ご飯を食べたから、気づけばお腹はペコペコだ。
「わあ、美味しそうだね!」
ところ狭しと並べられた料理に思わず歓声をあげる。コルーのピリ辛焼き、魚の揚げ物、肉と青菜の炒め物、ブリンブリンと卵焼きをご飯に挟んだお握りのようなもの、すべてランプの宿のご主人がつくってくれたものだ。
「ばうっ!」
きぃちゃんが飛んできて、ソファに腰かける私たちのあいだに座った。どうも一緒に食べるつもりらしい。
「これ、降りなさい。おまえは朝晩だけで十分なはずです」
「ぶふぅううう!!」
ルリが叱っても、きぃちゃんはソファのうえから動こうとしない。
「仕方ないなぁ」
私は市場で買った魚の干物を冷蔵庫から持ってきてあげた。煮干しを大きくしたようなものだけど、塩を使ってないので動物にあげても安心なヤツだ。
「ばふっ」
きぃちゃんは魚を咥えてヤシの下に移動すると、そこでゆっくりと食べ始める。どうやらここが彼女のお気に入りの場所になりそうだ。
「ねえ、ルリ。市場でお米が不作だって言ってたじゃない?」
ブリンブリンと卵焼きを挟んだお握りを食べながら、私は気になっていたことを聞いた。
「はひ、そのようでふね」
コルーのピリ辛焼きにかぶりつきながらルリが答える。どれだけ好きなんだ、それ。
「南部でも魚が獲れないって言ってたよね?それって女神さまが言ってたみたいに、島の気の流れが変わったせいじゃないの?」
私の質問にルリは少しのあいだ沈黙した。もしかしたら口のなかが食べ物でいっぱいなだけかも知れないが、その沈黙が不安をかきたてる。
私が寄り道しながらもたもた進んでいたせいで、そんなことになったんじゃないだろうか?この島の人たちが食糧不足に悩んでいたら申し訳ないと、急に気になり始めたのだ。
「気の影響を受けている可能性はあります。でもまだ大きな被害が出るほどではないですし、あと数日で北部の神殿にたどり着くのですから心配ありません」
それを聞いて肩の力がフッと抜ける。
そうよ、もうすぐゴールなんだし、そんなに心配する必要ないよね。
このときの私は気楽にそう思っていた。この後とんでもない事態になるとは、夢にも思わなかったのである。




