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可愛いは肥え、奢れるものは衰退する

イランコトシーナ3世が連れていかれてから2日が経った。彼女は警察に拘束されたので、宿主夫婦も私たちもホッとしていた。しかし女将にはまだ休養が必要だし、主人も事情聴取などで呼ばれたりと落ち着かないため、私たちは残ってブルシズの世話などを手伝っている。


ルリはここに残るという私の主張にはじめは難色を示したけど、主人がコルーのピリ辛焼きを好きなだけ食べていいと言ったので承知したのだ。


そして今、私たちはブルシズ達の待機所にいる。朝ご飯の時間なのだ。バケツには麦と魚のアラを炊いたものが入っている。私はバケツをお玉でカンカン叩きながら、皆を呼び寄せた。


「みんなー、ご飯だよー!」


その音と声に、ブルシズが4匹ほどこちらに走ってきた。もちろん先頭をドスドス走るのはきいろちゃんだ。待機所に入ると、皆お行儀よく床に並んで座った。ルリがご飯を皿に盛って各自のまえに並べてあげると、きいろちゃんは皿に顔をつっこんで勢いよく食べ始めた。


「お、落ち着いて食べなよ」


私はきいろちゃんにそう声をかけたけど、言っているそばからご飯を平らげてしまう。ほかのブルシズ達がまだ食べているなか、物欲しげな顔で私とルリを交互に見る。そんな彼女をルリが叱った。


「なんです?お前は毎回食べ過ぎですよ!」


いや、お前が言うな。


ルリは今朝も特大サンドイッチとコルーのピリ辛焼き5人前を平らげたのだ。きいろちゃんもルリには言われたくないに違いない。「ばふぅううう!」と不満そうに鳴いている。


「もう1杯だけあげようよ」


可哀そうになった私は、皿におかわりを盛ってやった。たくさん作ったから、量はじゅうぶんあるのだ。きいろちゃんはさっそくご飯にかぶりつく。


「ふふふ」


その姿に自然と笑みがこぼれて、つい口に出して言ってしまった。


「この子、ルリとそっくり」


怒るかと思ったけど、ルリはきいろちゃんをチラリと見てこう返した。


「沙世さま、私はモフモフでもボテボテでもありません」


「ぶはっ!」


私はとうとう噴き出す。


「そういう意味じゃないよ。でもルリっていくら食べても太らないよね?」


さすがに面と向かって「食いしん坊」とは言えないので話を逸らす。


「私の体は形代であって生身ではありませんから、いくら食べても体にはなんの影響もないのです」


「あー、やっぱりそうなんだー」


そうじゃないかとは思っていた。私は自分のお腹に手をあてて見る。ルリにつられていろいろ食べ過ぎたせいで、ここのところ成長が著しいのだ。いくら食べても太らない体とか、羨ましすぎる。私はルリのスッキリした下腹をジト目でにらんだ。


そこへ女性の声がかかった。


「おはようございます」


振り向くと、そこにはいつものように髪を高く結い上げた女将が立っていた。服装もきちんとした紺のワンピースを着ている。


「女将さん、起きて大丈夫なんですか?」


「はい、おかげさまですっかり気分が良くなりました」


確かに女将の表情は穏やかで、顔色もいい。直近の心配事が解決して安心したのだろう。


「沙世さまとルリさまにはすっかりお世話になってしまって、なんとお礼を申し上げたらよいか分からないくらいですわ。本当にありがとうございます」


女将はそう言って、鈴をチリチリさせながら腰を曲げて深く頭を下げる。


「いえいえ!私たちも乗りかかった船ですし、ご主人には美味しい料理をたくさんご馳走になりましたから」


私の言葉に、ルリもコクリとうなずいた。そもそもは、彼女がコルーのピリ辛焼きが食べられないことに腹を立ててやったのだ。私は頭をさげたままの女将に懇願する。


「ですので、どうか頭をあげてください」


「おふたりとも本当にお優しいですね」


頭をあげた女将がそっと指で目元をぬぐうのを見て、私はちょっと後ろめたく感じてしまう。実はルリにもまだ内緒なのだが、宿の主人にはもうひとつ「お礼」をしてもらっているのだ。可愛いブルシズたちの世話も楽しいし、そんなに恩に感じてもらってはかえって申し訳ない気がした。


女将はそのままブルシズ達の食事の世話に加わる。最初に来た4匹のうち、きいろちゃん以外は残りの3匹と交代して警備に行ったけど、彼女だけは空の皿のまえに残り、ちょっぴり遠慮がちに「ばふっ」と鳴いている。女将があきれたように声をかけた。


「まあまあ、あなたはもうたくさん食べたんでしょう?ちゃんとお仕事をしてらっしゃいな」


そう言われたきいろちゃんは、しぶしぶ腰をあげて待機所を出て行った。どうやら女将の言うことは聞くようだ。ルリがさっさと皿を片付ける。


「あの子、どんどん大きくなっちゃって。そのうち通路に詰まるんじゃないかと思って心配なんですよ」


女将は頬に手をあてて心配している。


「そ、そうですね」


私は笑いを堪えながら答えた。狭い通路に挟まって、「ばふぅう」と鳴いているきいろちゃんを想像してしまったのだ。


「ところで、コホン!昨日は金ぴかの主人が来ていたようですが」


気持ちを切り替えて、昨日から気になっていたことを女将に聞いてみる。金ぴかのご主人とは、イランコトシーナ3世こと「シーナ」の父親である。娘がしでかしたことの後始末に、あちらこちらを奔走していると聞いた。


「はい、娘さんの代わりに謝罪にみえたんです。放火にあった寝室の修理費用や、これまで被った嫌がらせの被害の保証もしてくださるそうです」


「それは良かったですね」


彼女の父親がまともな人で良かったと、私は胸をなでおろす。欲を言えば、やらかす前に娘を止めて欲しかったけど。


「ええ。ですが、ずいぶんと疲れたようすで、なんだか気の毒でしたわ。宿ももう閉めるんだそうです」


「あれだけの騒ぎを起こしたら、商売を続けるのは難しいかもしれませんね」


せっかくの老舗の宿なのにもったいないことだ。しかし女将は首を横に振る。


「それが、もう何年も経営はうまくいってなかったようですわ。どの道、宿をたたむつもりでいたようです」


「そうなんですか」


確かにアレじゃあなと、金色に塗られた宿の外壁を思い出して納得した。


ここの主人が昔は自分の使用人だったからだろうか、金ぴかの主人は謝罪だけでなく、愚痴もたくさん言っていたらしい。


そもそもは先代が老舗の宿にさらに箔をつけようと考え、息子の嫁を貧乏な下級貴族から迎えたのがケチのはじまりなのだと言う。


お金のためにイヤイヤ嫁いできた嫁は気位ばかり高くて扱いにくく、一人娘のシーナもわがまま放題に育ててしまった。母に変な選民意識を植えつけられ、自分が王族の親戚だと本気で信じていたようだ。しかもその母親は、今回の知らせを聞くと娘も夫も見捨てて実家に帰ってしまったのだとか。


「あの時、お前が婿入りしてくれていれば。スマン、今さら言っても仕方ないな」


金ぴかの主人はそう言い残すと、肩を落として帰っていったそうだ。


本当に今さらである。


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