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掘って掘って、また掘って

「ルリさん、いきなり飛ばしますね」


宿の主人が心配そうに囁く。彼と私は厨房からそっと店内のようすをうかがっていた。確かにちょっと飛ばし過ぎな気はするが、あの女を刺激するのは事前の打ち合わせ通りなので、私たちは成り行きを見守ることにする。


青筋を立てたイランコトシーナ3世が怒鳴る。


「ちょっと!どーゆーつもりでそんなデマを流すの?」


「あのキンキラキンのダサい宿が気に入らないからです」


ルリの言葉にそうとう驚いたらしく、彼女は金魚のように口をパクパクとさせている。いちおうは老舗宿の娘なので、こんなにズバズバものを言われたことがないのだろう。


「は?何ですって?」


「だから、あのキンキラのダサい・・・」


「聞こえてるわよ!!」


厚化粧でも隠せないくらいに、みるみる顔が赤くなっていく。頭に血をのぼらせた彼女は、いっそう激しい勢いでルリを怒鳴りつけた。


「ちょっとアンタ!自分が気に入らないからって、よその宿の悪口を言っていいと思ってるの!?」


「いけないのですか?気に入らない宿のデマを流すのは、あなただってやってますよね?」


「ぐっ!」


イランコトシーナ3世は言葉につまる。店内の各テーブルから、冷ややかな視線が飛んで彼女に突き刺さった。彼女がこの宿の悪口を言いふらしているというのは、この辺りの者なら誰でも知っているのだ。しかしその視線を振り払うように肩を怒らせると、開き直って言い返す。


「それがなによ!だいたいうちの宿とここじゃあ格が違うじゃない。うちはこの辺りじゃ一番の老舗なのよ。こんなちんけな宿と一緒にしないでちょうだい」


「ならなぜ、その格下の宿にかまうのですか?格下ならわざわざデマを流して蹴落とす必要はないでしょう」


「う、うっさいわね!まったく、火事を出すような宿は従業員もぶしつけだこと!」


ルリは突き放すようにそれに答える。


「あなたには関係ないことです」


「あるわよ、放火されるような物騒な宿が近所にあるのは迷惑なの!こんな宿、営業許可を取り消すように組合に訴えてやるから!」 


「放火」という言葉に、店内がしーんと静まり返った。ここにいる誰もが初耳なのだろう、皆が「え?」と言う顔をしている。全員の声を代弁するように、男性ふたり組の客のうちのひとりが質問した。


「放火?昨日のボヤは放火が原因なのですか?」


ルリはそれを即座に否定する。


「いえ、あれはよくあるガスランプの事故です。放火などではありません」


「ウソをおっしゃい!ワタクシ知ってましてよ」


イランコトシーナ3世は鼻の穴を脹らませて得意げに周囲を見回した。皆が自分に注目しているのを見て満足そうだ。


「皆さんお聞きになって。この宿は昨日、火炎ランプを投げ入れられたんですって。きっとここの女将はそうとう恨まれてるんですわ」


いや、放火されたとして、なぜその原因が女将だと決めつけるのか。


「放火ランプとは物騒ですな。しかしその話は本当なんでしょうね?」


声をかけた男性の連れが、胡散臭そうに片眉をあげながら聞き返す。イランコトシーナ3世はそちらに向き直って、自信たっぷりに答えた。


「本当ですとも!1階の寝室に、窓から放火ランプが投げ入れられたのです!」


「ほう、ずいぶんと具体的ですな」


「ですからワタクシの言うことは事実なの!皆さん、こんな物騒な宿を営業させてはいけませんわ」


放火された被害者側を罰するという謎理論を展開し、ドヤ顔を決めるイランコトシーナ3世。ルリがすかさず切り込む。


「ですが、あなたはそんな話をどこで聞いたのです?」


「え?ど、どこって、近所中でウワサしてますわ。ワタクシもそれを聞いたんですの」


とたんに店内がザワザワと騒がしくなる。今ここにいるのは、大半がご近所さんと常連だ。「近所中のウワサ」と聞いて、皆テーブル越しに言葉を交わしたり、首をかしげたりしている。


「おまえ、そんな話聞いたか?」


「いや。放火って話じたい、いま初めて聞いたぞ」


「私もよくあるランプの事故だと思ってたわ」


その声は中心にいる彼女にも届いたのだろう、急におどおどとして落ち着かないようすになった。そこへルリが詰め寄る。


「おかしいですね、ご近所の皆さんは誰もそんなことは知らないみたいですよ?具体的にはそのウワサを誰から聞いたのですか?」


「え?ええっと・・・そうそう!確かうちの従業員から聞いたんですわ」


それを聞いて、先ほどイランコトシーナ3世に声をかけたふたり組が椅子から立ち上がった。


「なるほど。ではその従業員に聴取をさせていただけますか?」


男性たちは彼女を挟んで両側に立ち、逃げられないようにその肘をしっかりとつかまえた。イランコトシーナ3世は青ざめた顔で聞き返す。


「聴取?いったいあなた方は何者なの?」


「私たちは消防の調査員です。昨日の火事を調査しているのですが、放火についてはまだ未確定なので公表していません」


「なので、我々はその大変具体的なお話に興味があります」


「え?ちょっと待って、どーゆーこと!?」


そして両側を調査員につかまれたイランコトシーナ3世は、引きずられるように店の外へと連行されていった。


今朝、宿の主人にあちこち走り回ってもらったのは、調査員に頼んでコッソリ客に紛れていてもらうためだ。近所の人にもできるだけ店に来てくれるように根回ししてもらった。彼女を皆で追い込み、逃がさないようにするためである。


「ま、まって、ワタクシは何も知らないわ!きっと従業員が・・・あっ!いえ、従業員は関係ないですわよ」


外ではまだ、イランコトシーナ3世の叫び声が聞こえている。従業員にやらせたと、また盛大に自白しているようだ。


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