本当は全部ワタクシのものなの
胸を張って堂々と通路を歩くワタクシに、人々がチラチラと視線を向けてくる。
まあ、みんなワタクシの美しさに見惚れているのね!
今日は彼に会うために特別にオシャレしてきたから、皆が私に見惚れてしまうのも仕方がない。紫のドレスは高貴なワタクシにピッタリだし、先日購入したばかりの新しいブラは豊かなバストをいっそう大きくみせてくれる。ドレスが買えるくらいのお値段だったけど、思い切って買ったかいがあったわ。
「おい見ろよ、アレ」
「ぷっ!スゲェな」
すれ違った男どもが、ワタクシをチラチラ見ながら何ごとか話している。そのうちのひとりは図々しくも誘うような笑みを向けてきたけど、もちろん無視よ。舐めるように体を見られるのだって不愉快だわ。
でも、それもこれもワタクシが美しすぎるせいなのよね。だから許してあげる。
娘盛りはほんの少し過ぎちゃったけど、プロポーションだって保ててるし、お化粧すればまだ20代に見える。ウソじゃないわ。だってひいきにしている仕立て屋も、行きつけの宝石店の店員も、週3で通うエステの女性たちも、みんな口をそろえて言うんだもの。
「お嬢さまは本当にお若いですね。どう見ても20代としか思えません!」
だから礼儀を知らない下賎の者たちが、ワタクシをジロジロ見てしまうのは仕方ないことなのよ。本当はこんな下賎の者の集まる市場になんか来たくなかったけど、タクトとふたりだけで会えるのはここだけだから仕方ない。
それにしても、さっきの彼の冷たい態度ったら!
相変わらずあのブサイクな女にいいように操られているのね。ついカッとなって怒鳴ってしまったけど、彼を説得し続けてもう20年以上だもの。いくら寛容なワタクシだって、いいかげん怒りたくもなるわよ。
ワタクシは貴族だったお母さまと、平民のお父さまのあいだに生まれた。平民とはいえ、お父さまは城下町で長く続いた老舗の高級宿の主人で、子供のころから裕福な暮らしをしてきた立派な人だ。
貴族の血を引く母と貴族のような暮らしをしてきた父。ふたりの愛情を一身に受けて育ったワタクシは、当然貴族と同じように扱われなければならないわ。周りの人はもっとワタクシを敬い、ワタクシにかしずくべきなの。お母さまの親戚には王族に嫁いだ方だっているんだもの。だったら私も王族みたいなものよ。
タクトがうちの宿に料理人見習いとしてやって来たのは、ワタクシと同じ15歳のときだった。彼は真面目に修行に励んで、20歳のころには料理長に並ぶ腕前になった。お父さまも彼の腕と人柄をすごく気に入って、しまいには「いずれは婿に迎えて宿を継がせる」って言い出したの。
つまりワタクシと結婚させるってことよ。
ワタクシもまんざらじゃなかったわ。彼は平民で生まれ育ちは悪いけど、料理の腕がよくてワタクシやお父さまに従順だったから、夫にしてあげてもいいと思ってたの。
だから夫にふさわしい男になるように教育もしたわ。使用人を優雅に顎で使うやり方を教え、下賎の者たちとは一線を引くように助言した。
なのに、彼はうちを辞めたいと言い出したのよ。
「自分には分不相応なお話です」
そう言って出て行ったわ。きっと、王族にもつながるワタクシを妻にするというプレッシャーに、耐えられなかったのね。
でも、どんな男だってワタクシの魅力にあらがえるはずがない。だからすぐに戻ってくると信じてた。彼が頭をさげて詫びたら、ちょっとだけ可愛らしく拗ねてやって、あとは許してあげるつもりでいたの。
彼が謝りにくるのを待って、待って、待って。3年が過ぎたころ、とんでもない話が舞い込んできた。
あろうことか、タクトがほかの娘と結婚するって話よ。しかも、相手はチンケな宿のブサイクなひとり娘。きっと彼はワタクシへの思いを断ち切ることができなくて、苦しんだあげく自暴自棄になって変な女に引っかかってしまったんだわ。
そう気づいたワタクシはすぐに彼のところへ行って、あんな女と結婚してはいけないと説得した。なのに彼は冷たくワタクシを追い返したのよ。
「私が誰と結婚しようとお嬢さまには関係ないことです。私はもうあの宿の従業員ではありません」
彼が口答えするなんて、とても信じられなかったわ。
でもワタクシはすぐに気づいた。彼は単純だから、悪知恵がきくあの女にいいように操られているに違いないって。
そしてあの女はワタクシをつぶす気でいる。
だって、彼があの女と結婚してから、うちの宿の評判は落ちる一方なんだもの。ワタクシは宿をハイセンスに改装し、古臭かった名前も高貴な響きのものに変えたのに。
なのに新規のお客はつかず、昔からのお得意さんは離れてしまった。従業員も次々に辞めてしまって、今は口うるさい古参の番頭と役に立たないクズばかり。
うちは落ちぶれて、あのチンケな宿の評判はうなぎのぼりって、おかしいじゃないの。絶対にあの女が裏で何かしてるんだわ。
早く、早くタクトを取り戻さないと。
彼の愛情も、城下町ナンバーワンの宿の名声も、本当は全部ワタクシのものなんだもの。彼を取り戻して一流のお料理を出せば、宿のお客も名声も戻ってくるにちがいない。
ワタクシは自分のものを取り戻すために大きな代償を払ってきたのよ。今さら諦めるわけにはいかないわ。




