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出会いたくない人に出会う

「ですが、毛虫もブルシズも毛だらけのモフモフには変わりないでしょう?なぜ毛虫はいけないのですか?」


右手に屋台で買ったブリンブリン入り特大サンドイッチを、左手にアグルの串焼きを2本持ったルリが納得いかないように聞いてくる。


あのあと、ルリが押しつけてくる毛虫を必死でお断りし、屋台が並ぶ散策エリアへとお昼を食べに移動してきたのだ。


ちなみに毛虫は花畑に帰してもらった。あれはあそこに飛んでいた黄色い蝶の幼虫らしい。どうりで大きいはずだ。


「別に毛虫がいけないってワケじゃないんだけど」


まだちょっと食欲がわかない私は、フルーツジュースを片手に言いよどむ。


毛虫に罪はないし、世の中には毛虫を可愛いって思う人もいるだろう。ただ、私は可愛いと思えないしモフりたくないということだ。私はしばらく考えてから、こう続けた。


「ルリ、毛が生えてれば何でも可愛いく感じるってわけじゃないのよ。要は好みの問題だと思うんだけど」


毛さえ生えていれば可愛いなら、私は歯ブラシをペットにしている。


「好みですか?メイパルは揚げ物と刺身のどっちが好きかとか、そういうことでしょうか?」


「う、うん、そうかな?」


私は首をひねる。同じような、違うような。


「つまりは毛虫は沙世さまの好みではなかったということですね?」


どうやら分かってくれたらしい。でもルリの気持ちは嬉しかったので、彼女に感謝の気持ちを伝える。


「残念ながら今回はそうだったけど、私に可愛いものを見せてくれようとしたルリの気持ちは嬉しいよ」


「分かりました」


ルリはうなずくと、私に串焼きをもった手をつき出した。彼女は別に怒っていたわけではなく、毛虫の何がいけなかったのかが純粋に分からなかっただけらしい。


「沙世さまもちゃんと食べてください」


「うん」


私は彼女がかじっていない方をもらって食べる。甘辛いタレに漬けたアグルは豚バラ肉に似た味わいで、噛むと口のなかで肉汁があふれた。


「美味しいね!」


「はい、中央公園の屋台は絶品ぞろいです!」


そのあとも私たち、というか主にルリが、屋台のB級グルメを思う存分堪能した。屋台をめぐりながらけっこう移動したので、私たちは公園のかなり端にまで来てしまったようだ。


「それほど遠くないので、このまま市場まで歩いていきましょう」


そういえば、女将が公園と市場はつながっていると言っていた。市場には生鮮品から日用品、観光客向けのお土産を扱っている店まで、さまざまな店舗が並んでいるのだという。


「じゃあ腹ごなしに歩こうか」


そこから5分も歩くと市場が見えてきた。石畳の広場に屋台のような簡易的な店舗がぎっしりと並んでいて、各店が日よけのために設置した布が色とりどりに風にはためいている。通路は買い物客でいっぱいで、その頭上を呼び込みの声が飛び交っていた。


「お土産が安いよー!」


「そこの旦那さん、ちょっと見ていってくださいよ!」


「本日お鍋が半額でーす!」


店頭に果物が山盛りに並べられた店。ピカピカの鍋がたくさんぶら下げられた店。色とりどりの布に囲まれた店。見ているだけでも楽しい。


私たちはカラフルな山がいくつも並ぶスパイス専門店で、いくつかのスパイスを買った。北部へ向かえばまたキャンプが多くなるので、そのとき使おうと思ったのだ。買ったスパイスの袋を私に見せながらルリが言う。


「沙世さま、この青い袋のスパイスは疲労回復にいいので、疲れたときにお茶にいれて飲むといいです。赤い袋の方は腹痛に効きますので、覚えておいてください」


スパイスには薬に似た作用を及ぼすものがある。この世界でも不調を治すために使うことがあるのだろう。


「でも、ワゴンはいつも清潔で快適だし、チビルリちゃん達がいつも気を使ってくれるから大丈夫よ」


なんせ毎日温泉に入れるのだ。仕事も家事もしなくていいし、体調は今までにないほど絶好調である。


「そうなのですが、念のためです」


さっきの鳥の予言のせいだろうか、なんだか少し心配そうだ。きっと他人が見たら無表情に見えるだろうが、私はずっと一緒にいるせいか、最近は彼女のこういった微妙な表情の変化が分かるようになっていた。


「分かった、覚えておくわ。ねえ、次は魚介を売る店に行ってみようよ」


いい魚があったら宿で料理してもらうのだ。生鮮品は市場の奥のほうにあるらしいので、また人ごみのなかを進んでいく。すると前方に知っている顔を見つけた。


「あっ、ランプの宿のご主人だ」


どうやら食材の仕入れに来たようだ。肉屋の前で誰かと話している。その人物が誰か気がついた私たちは、思わず足を止めた。その人物とは、私がティーダル王国で会いたくない人ナンバーワンのイランコトシーナ3世である。


あろうことか宿の主人の腕に自分の腕をからめ、親し気に体を寄せている。彼女の本日のお召し物は、胸の谷間がバッチリ見える紫のミニのドレスである。フリルがたくさんついたそれは相変わらず派手で露出が激しい。そして絶望的に彼女に似合っていない。


「あの女にかかわるのはよくありません」


彼女から距離をとろうとルリが私の手を引いたけれど、私は動かなかった。


「だけど、昨夜のこともあるし、あのふたりがどういう関係か知りたくない?あの嫌がらせを解決する手がかりになるかもよ」


「ですが」


「大丈夫、イランコトシーナはあのご主人しか見てないもん。気づかれないように近づいて、何を話しているのか聞いてやろうよ」


私がそう言うと、ルリは「仕方ないな」という顔をする。そして周囲を警戒しながらポシェットに手を突っ込み、ツバの広い帽子を2つ出した。


「ならば変装しましょう」


そう言いながら帽子を目深にかぶったので、私もそれにならう。


「沙世さま、しゃくれてください」


「え?なに??」


私は意味が分からずに聞き返した。


「こうして下あごをつき出してしゃくれるのです」


ルリは手本を見せるように、しゃくれてみせる。


「な、なんで、そんな顔するの?」


「変装でふ!こうしていると、こちらの顔を知っている人にもバレにくいのでふ。よく似た他人だと思ってくれまふ」


しゃくれたまま話すので言葉が変だ。


「本当に!?」


「実証済みでふ!」


実証済みって、いったいいつそんな機会があったのか。仕方ないので言われたとおりにしてみせると、ルリは満足そうにうなずいた。


こうして私とルリはしゃくれたまま、主人とイランコトシーナ3世の会話が聞こえる場所までそーっと近づいたのだった。


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