悪質な嫌がらせ
「あ~、癒されるわぁ」
絶叫マシン、スーパーマッチョスから解放された私は、よれよれになりながら宿へと戻った。そうしたら部屋の前の廊下にまたモフモフたちが落ちていたので、今、やわらかなお腹をなでなでして癒されているところだ。
「沙世さま、廊下で寝ころぶのはやめたほうがいいかと」
ルリがちょっと嫌そうな顔をしているが、私は気づかないふりをする。廊下はきれいに掃除してあるし、床のタイルはひんやりして気持ちいいし、モフモフに両側から挟まれてるし、もうこのままここで寝てしまいたいくらいだ。
そう、私はヘソ天で警備中の2匹のブルシズの間に寝ころんでいる。出かける前とは違う色の首輪をしてるから、さっきとは違う子たちのようだ。宿ではいったい何匹のブルシズを飼っているのだろう?
「可愛いねぇ~」
私は右側のブルシズに顔を寄せて、肉付きのいい太ももをもみもみする。この子はほかの子と比べてかなりポッチャリさんなので、より触り心地がいい。プリプリのモチモチである。
「「ばふうっ!」」
私が幸せに浸っていると、2匹が突然吠えた。そして跳ねるように立ち上がると、わき目もふらず走り出す。
「わっ、どうしたの?」
私は上半身を起こして、壁のブルシズ専用出入り口に駆け込む2匹を見送った。一瞬、ポッチャリちゃんのお尻が穴につっかえたけど、ぷりん!と揺れたあとに無事に通り抜けていった。
「何かあったのかな?」
私は立ち上がりながらルリに聞く。あのようすだと、ブルシズ達は何かしらの異常を察知したのだろう。
「分からないですが、とにかく部屋へ入りましょう」
「ロビーに行って何があったのか聞いた方がよくない?」
「いえ、状況が分からないのにウロウロするのは危険です。大丈夫、万が一のときには私が沙世さまを担いで窓から避難しますので」
ここ3階ですけど?そう思ったけど、ルリならきっと飛び降りても平気なのだろう。
私はルリとともに3階から飛び降りる場面を想像してみる。力持ちのルリは私をひょいとお姫さま抱っこして、颯爽とバルコニーから飛び降りるに違いない。凛々しく強い美少女の首につかまって宙を飛ぶのだ。
あらなんか素敵。
どっちみちルリがいれば大丈夫そうだ。階下からも騒がしいようすは感じられないので、私はルリと一緒に部屋で待機することにした。
ドアを開けてなかに入ると、部屋のようすが一変していた。天井から下がっているたくさんの星形ランプに灯がともっていたのだ。ガス灯のあたたかな光に包まれたリビングは、昼とはまた違った安らぎに満ちている。
「すごい、お星さまが部屋のなかに入ってきたみたい」
「ランプはこの宿の魅力のひとつですから。なんでも女将が宿の雰囲気にあうデザインを自ら考案し、職人につくらせたものなのだとか」
「そうなんだぁ」
私は感心して、星のきらめく天井を見上げる。女将は服のセンスも良いし、なんでもできる女性のようである。だけどそうなると、なんであんな奇抜な髪型をしているのかが気になってきた。
「ねえ、あの女将さんはなんであんな髪型なんだろうね?」
白いソファにルリと並んで腰掛けると、私は聞いてみた。チビルリちゃんが、優しい花の香りのするあたたかなお茶を運んできてくれる。今日はいろいろなことがあって疲れたけど、その香りと温もりが気持ちを落ち着かせてくれた。
「あれがそんなに気になりますか?」
「なるよ。だって、あれじゃ生活するのにも不便じゃない。それをあえてしているのは何か理由があると思うんだけど」
ルリは首をかしげてしばらく考えたあと口を開いた。
「この国には古くから、願いが叶うまで髪を切らないという願掛けの風習があります。女将は願掛けをしているのかもしれません」
「そうか、願掛けなのかもしれないわね」
そういう事情なら納得がいく。ずっと髪を切らないで伸びてしまったから、あんな風に高く結い上げているのだろう。だけど、そうなるとかなり長いあいだ女将は髪を切っていないことになる。そんな長い期間あきらめられない願いとはなんだろう?
コンコンコン。
考えにふけっていたら、部屋にノックの音が響いた。ルリが私に座っていろと合図し、ドアの前に行って応対する。
「はい?」
「夜分に申し訳ありません、女将でございます」
ルリがドアを開けると、女将は「失礼します」と言ってなかに入ってきた。ドアを通るときにはもちろん、膝と首をひょいと曲げてくぐり抜ける。ノールックでくぐり抜けるその技は何度見てもすごい。
「すみません、ちょっとした騒ぎがありまして」
ランタンを手にした女将にそう告げられ、やはり何かあったのだと私は身構える。
「どうしたのです?」
「それが・・・」
ルリの問いに女将は少し言いよどんだ。
「宿の建物に泥団子のようなものを投げつけられまして。壁を汚されただけでなく、一部のお部屋のバルコニーにも被害がでました」
2階の部屋に泊まっている姉妹がバルコニーで星を見ていたら、泥団子が飛んできてひどいことになったらしい。
「3階までは届いていないと思うのですが、念のためバルコニーを確認させていただけないでしょうか?」
私とルリがうなずくのを見て、女将はバルコニーに向かった。私たちもついて行く。女将が手にしたランタンで周囲を照らし、皆でバルコニーをよく見たが特に異常はないようだ。ルリが聞く。
「犯人は捕まったのですか?」
「いえ、ブルシズたちが追いかけたのですが、逃げられてしまいました」
そう答えた女将の顔色があまりよくない。私は心配して言った。
「もしかしてどなたかケガでも?」
「いえ、2階のお嬢さん方はお召し物が汚れただけです。でも、最近こういう変なイタズラが多くて困ってるんですよ」
聞けば、泥団子を投げられたのは今日が初めてではないらしい。ほかにも宿の前にゴミを撒かれたり、お客のアヒルンゴワゴンにイタズラ書きをされたりしたそうだ。
「女将、犯人に心当たりは?」
ルリが聞くと、女将は表情を硬くして首を横に振った。
「これといった証拠もありませんし、むやみに人を疑うわけには参りません」
つまり、証拠がないだけで疑わしい人物はいるということだ。ちなみに私の脳裏にもひとり浮かんでいる。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。ブルシズたちにも警戒させていますし、今夜はもう大丈夫だと思いますが、万が一にも何かありましたらフロントへご連絡ください」
女将は鈴をチリンと鳴らしながら丁寧に頭を下げ、また器用にドアをくぐり抜けて去っていった。
「これってきっとあの人の仕業だよね?」
女将が出ていったあと、私はルリに言った。
「恐らくは。ただバルコニー側は崖に近くて危険です。きっと誰かを雇ってやらせたのでしょう」
ルリはしばらく黙って何か考えるようにしていたが、ふいにこんなことを言い出した。
「沙世さま、朝になったらここを出ませんか?城下町にもキャンプできる場所はあるので、やはり安全なワゴンで過ごしましょう」
「えええええ!?まだモフモフを全然モフモフし足りてない!まだこの宿にいたいよぉおおお!!」
ルリの提案に私は全力で反対した。




