誰にでもできる簡単なお仕事です
私のこわばった顔を見ると、女神は急にくだけたお友達モードになった。
「やあ〜だぁ!沙世ったらそんな顔しないでよぉ」
甘ったれた声でそう言うと、ふざけるように私の肩を袖ではたくフリをする。
「たいしたことじゃないのよ、ティーダルの島を遊びながら移動するついでに、『綺麗な金の玉』を南から北へ移動してくれればいいの」
言いながら、物を動かすジェスチャーで左から右へと両手を動かす。いかにもたいしたことない風に言ってるのがかえって怪しい。私は聞いた。
「そのキレイなキン、いえ、金の玉ってなんなんです?」
「私があの島々を創造したときに一緒につくった、神力を込めた玉よ。島に流れる『気』に神力を乗せて巡らせることで、島の人々が豊かに暮らせるように守ってるの」
あの美しい島は女神が創ったのか。見た目は少女だけど、やっぱりすごいんだなと感心する。だけど、女神がそこにいて守ってるわけじゃないんだ?
「へぇー、女神さまが島にいて守り神になるわけじゃないでんすね」
「わ、私はいろいろ忙しいから!」
私は思い浮かんだことを口にしただけなのだが、女神はなぜかうろたえ始めた。
「他にも担当してる地域があるし、夫だっているし」
「えっ!?結婚してるんですか?」
ギリシア神話でも日本の神話でも神様の夫婦はいるけど、見た目が少女な女神に夫がいるというのは、悪いけどあまり想像できない。私の驚きようが気に入らなかったのか、女神は子どものように口をとがらせて言った。
「そりゃあ神だって誰かを好きになるし、結婚もするし、人間と同じよ。うちの夫なんか、ちょっと目を離すとすぐにうわ・・・コホンコホンコホン!」
話の途中で急に咳き込んだ女神は、むりやりに話題をもとに戻す。
「ともかく!その綺麗な金の玉を移動する必要があるのよ」
女神は人差し指を立てて、輪を描くように空中でまわした。
「海に潮の流れがあるように、島には気の流れがあるの」
今度は人差し指を逆回しにまわしはじめる。
「それが100年に1度くらいの間隔で流れの方向を変えるのよ。気の流れにあわせて綺麗な金の玉を適切な場所に移動させないと、災害とか干ばつとか、いろいろと不都合なことが起こるわけ」
ここでルリがスーッと前に出てくる。
「それには別の世界の人間、つまり沙世さまの世界に住んでる人の協力が必要なのです」
「どうして?」
「綺麗な金の玉に込められた神力は、女神さまご自身が触れると女神さまへと戻ってしまうのです。分身である私も同じです」
ルリの説明によると、磁石みたいに引き寄せられて消えてしまうのだそうだ。そうなると再度作り出すのは大変らしい。
「あちらの世界の人間には綺麗な金の玉を見ることができないし、触ることも不可能です」
「なんで?」と聞いたら、それは理屈抜きに「そういうもの」らしい。
「見たり触ったり出来るのは異世界人だけ。ですので綺麗な金の玉の移動が必要になるたびに、異世界から人を招待して移動を手伝っていただくのです」
「そう!バカンスに招待して、そのついでに綺麗な金の玉を移動させてもらうの。綺麗な金の玉の移動じたいはすごく簡単で、異世界人なら誰にでもできるお仕事なのよ」
ルリの話のあとを引き取って、女神が明るい調子で続ける。どうでもいいが、いちいち「綺麗な金の玉」って言わないとダメなのだろうか?
「あのぉ」
私は小さく手をあげて聞いた。
「それって私の世界の人なら誰でもOKってことですよね?なんで私なんですか?」
女神は私に向き合うと、優しい笑みを浮かべて私を見つめた。労わるように私の両肩にそっと手を置く。
「それはあなたが毎日頑張ってるからよ」
私の顔をのぞき込むその目は、これまでとは違って女神さまらしい慈愛にあふれていていた。なんだか胸のあたりが温かくなってくる。
「父親を亡くしてから、あなたは母を支えるために一生懸命だったでしょう?」
「それは・・・」
さまざまな思いが心に浮かんできて、私は言葉につまる。
父が亡くなったのは私が10歳の時だった。悲しかったし不安でいっぱいだったけど、私は母のために良い子でいなければと決心したのだ。友人との付き合いより家のことを優先し、母に心配かけないように行動するのは、社会人になった今でも変わらない。
「あなた自身も辛かっただろうに、本当に偉いわ」
女神は私を抱きしめた。神も人間と同じ体温をもっているらしい。その温もりが私の心を解かしていく。
「私はあなたのように頑張っている人を応援したいの。沙世、たまにはあなたも自分を優先して、好きなことをしてもいいのよ」
「女神さま」
「私がつくった美しい南の島で、バカンスを楽しんでらっしゃい、ね?」
その優しい言葉に、私はコクリとうなずいていた。
そう、私だってたまには羽目を外して遊んだっていいはずだ。しかも費用はかからないし、仕事も休まなくていい。さっきの時点に戻れるなら家を空けたことにならないから、母に心配かけることもない。
「なら決まりね!じゃあ沙世、気を付けていってらっしゃい!」
女神はそう言ってニマッと笑った。
その笑顔に違和感を覚える前に、私はまた虹色の光に包まれていた。




