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費用0円ツアコン付き

四方の壁も上下も真っ白なその部屋にはドアも窓もなくて、白い箱に閉じ込められたような感じだ。気づくと私は、その部屋の中央にポツンと置かれた椅子に座っていた。目の前の壁には大きなスクリーンのようなものが掛かっていて、その横にあの侵入系迷惑コスプレイヤーの少女が立っていた。それも2人。


「ふ、増えてる!?」


いきなり知らない場所にいるのも怖いが、同じ少女が2人に増えてるのも怖い。目をむく私に、少女のひとりがもう一方を指して言った。


「こっちは私の分身。この子がツアコンとしてあなたの面倒を見るわ」


「ルリです。よろしくお願いします」


ルリは無表情な顔で頭を下げた。ふたりとも顔はそっくりだが、彼女のほうは服装が少し控えめだ。自称女神の方は大きな柄の入った色彩豊かな生地だけど、ルリのは柄の大きさと色がおさえられている。なにより顔の表情が乏しく、美少女なだけあってお人形みたいに見える。


「では、沙世さまが行かれる異世界の島の説明をさせていただきます」


そう言ってルリが空中で何かをつかむような仕草をすると、その手には指し棒が握られていた。まるで何もない空間からつかみ出したみたいだ。正面のスクリーンに、どこかの島の衛星写真のようなものが映し出される。


もしかして、これは夢?


ここまでの信じがたい展開に、私は両手で自分のほっぺをつまんだ。手首を回して両頬の肉をひねる。痛い。我に返った私は椅子から立ち上がって叫んだ。


「ちょっと待って、あなたたちは何者?ここはいったいどこ!?」


「だから私は女神だって言ったでしょ。ルリは私の身を分けてつくった分身。そしてここは、私が時空の裂け目に作った部屋よ」


言いながら、自称女神がスーッと目の前に近づいてくる。彼女は何もない空中にフワフワと浮いて動いていた。


浮いてる!!


私はまた目をむいた。もう目玉がグリンと後ろに回って白目になってしまいそうだ。時空の裂け目が何か分からないが、何か自分の理解を超えることが起こっているらしいのは分かった。自称女神は浮いたまま優雅に足を組んで、見えない椅子に腰かけるような姿勢になった。


「さっき南の島なら行くって、自分で言ったわよね?」


いや、「行くなら南の島がいいな」と言っただけで、「行く」とは言ってないと思うのだが。だいたい異世界の南の島でバカンスって、どういうことよ?


「言ったわよね?」


美しい少女の顔が目の前にグイと近づいてくる。口元は微笑んでいるが、黒曜石の瞳は冷たい輝きを放っていた。見た目は年下なのに怖い。冷気を放つ視線の圧力に私はたじろいだ。


「いえ、その、行きたいのはやまやまなんですけど、そのぉ・・・そうそう!急に仕事を休むわけにはいかないんで!」


私は目を泳がせながら、なんとか言い訳をひねり出した。実際、いきなり仕事を休んだらまわりに迷惑をかけるし、私がいなくなったら母が心配する。私はいつだって、周囲に心配をかけないようにまじめに生きてきたのだ。


「ああ、それなら心配いらないわ。ここも異世界も沙世の住む世界とは違う時空にあるから、そこでどれだけ過ごそうとあなたの世界の時間は経過しないの。バカンスが終わったらちゃんとさっきの時点に戻るわ」


「へ?」


ちょっと意味が分からない。首をかしげた私を見て、相手はお下品にもチッと舌打ちをした。そしてサッと手を上に振り上げる。先ほどと同じ虹色の光が私を包んだ。


数秒後に目を開くと、私は自分の家のキッチンにいた。戻ったのだと気づくと同時に、つけっぱなしのテレビからさっき聞いた番組のテーマ曲が流れ出す。ハッとして時計を見ると、ちょうど7時だ。あの白い空間で過ごした時間がなかったことになっている。


「ほらね?バカンスから帰ったときも、こうやって今日のこの時間に戻るの。異世界で何日過ごしても同じよ」


「なるほど」


私はうなずく。この時点に戻って来れるなら、日常にはなんの影響もないことになる。私がいなくなって母が心配することもないし、仕事を休むことにもならない。


なんとなく自分の服装や体を触ってチェックしてみたが、仕事から帰って来たときのままで、どこにもおかしなところはなかった。そして少女がコスプレイヤーなどではなく本物の女神であることにも納得する。こんなの、もう信じるしかないではないか。


「じゃあ戻るわよ!」


私の顔つきで察したのだろう、女神は満足そうに微笑んで手を挙げた。


「え!?ちょっと、ま」


「待って」と言い終える間もなく、虹色の光が体を包む。気づくとまた、白い部屋の椅子に座らされていた。「おかえりなさいませ」とルリが頭を下げ、無表情のまま指し棒をもちあげる。スクリーンには先ほどの島の衛星写真が映っていた。


「では、バカンス先のティーダル諸島についてご説明いたします。この地域は年間を通して気温が高く・・・」


有無を言わせぬ調子でルリの解説が始まってしまった。なんだか凄いことになってしまったと、今さらながら心臓がバクバク騒ぎ出す。そんな私の心臓にはおかまいなく、ルリは淡々と異世界のティーダル島について解説していく。


それによれば、中央にある大きな三日月型の細長い島がティーダル島と呼ばれる島で、周囲に点在する小さな島々をあわせてティーダル諸島と呼ぶらしい。そしてその島々は本島にいる王様が治めているそうだ。


「ティーダル島はそれほど大きな島ではありませんが、このように南北に長いので、南部、中部、北部のそれぞれに違った特徴があり、いろいろな風物が楽しめます」


ルリが島の一点を指し棒で軽くたたくと、その部分がクローズアップされ、白い砂浜のビーチが映し出される。その海の美しさに私は息をのんだ。確かにこんなビーチで過ごせたら素敵だ。


「南部は美しいビーチでの海水浴。人口の多い中部では最新のアトラクションやグルメ。北部は深い森が面積の大半を占めるので、そこに生息する珍しい動物や多様な植物を見ることができます」


ルリの説明にあわせて美味しそうな料理や美しい花が次々に映し出される。主食は日本と同じく米だそうで、そのせいかどの料理も美味しそうに見えるし、花は南国らしく鮮やかなものが多い。


「ね?素敵な島でしょ?バカンスに行きたいでしょ?」


女神がそう声をかけてきて、スクリーンにうっとり見惚れていた私はハッと我に返る。確かに素敵な島だ。でも、ここで簡単にうなずくわけにはいかない気がする。だって、女神が私をバカンスに行かせてくれる理由が分からないんだもの。


「ね?ね?費用はタダだし、すごく有能なツアコン付きなのよ」


私の迷いを感じたのか、女神は「有能なツアコン」であるルリをアピールしはじめる。


「この子はね、私の分身って言ったけど、正確には私の姿を映した形代に神力を分け与えたものなの」


つまり、人形みたいなものに神の力を与えて動かしているということだろうか?


女神はルリの肩をつかんで、私のほうへグイと押し出した。そんなことをされても、彼女は眉ひとつ動かさない。


「性格は私に似せてないから真面目だし、感情的にならずに仕事をテキパキこなすようにつくってあるから!私と違ってぜんぜん有能!」


女神はルリの肩に手をまわして胸を張る。いや、そこは威張るところじゃないから。


「だから何の心配もいらないのよ。仕事は休まなくて良いから有給も減らないし、言うことないじゃない」


有給を知ってるとは驚きだが、私は先ほどからの疑問をようやく口にする。


「ええっと、どうして私をバカンスに招待してくれるんですか?」


女神はニッコリと作り笑いを浮かべた。


「実はバカンスついでにやって欲しいことがあるのよ~」


やっぱり!


私は自分の顔がこわばるのを感じた。



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