少しは幽霊らしくできないものか
「ねえルリ、アヒルンゴたちは疲れてないかな?」
このままテュルリ村へ行くのはいいけど、私はアヒルンゴたちのことが心配になった。午前中にニャカラン島まで行ったのだし、そのまま働かせっぱなしで大丈夫なのだろうか?
「ティーダル島に来てからはたいした距離を走ってませんし、テュルリ村へは得意の泳ぎで行けるので大丈夫です」
アヒルンゴは夜明けから日が暮れるまで動いても平気らしい。見た目のわりにパワフルなんだなと驚く。それでもルリに、ちゃんと休憩を入れてくれるように念押しした。
「もちろんです。今夜は適当な浜にあがって休んで、無理のないペースで向かいます。テュルリ村へ着くのは明日の夕方になるでしょう」
だったら着くまでの間、ワゴンのなかでのんびり過ごそう。なかは広いし揺れないし、小さな庭と露天風呂まである。せっかく高級リゾート風にしたのだから、大人っぽく「おこもりステイ」ってやつを楽しんでみようじゃないか。
おこもりステイとは、観光などはぜずにホテルの部屋でのんびり過ごす旅のスタイルである。時間を気にせず気ままに過ごすのだ。
・・・うーん。
しかし私はすぐに行き詰ってしまった。気ままに過ごしたことがないから、何をしたらいいのか分からないのだ。普段の休日は溜まった家事を片付けたあと、スマホでゲームしたり本を読んだりして過ごす。ここにはスマホも本もないから、暇つぶしができないのだ。
「とりあえず寝るか」
天丼もどきを食べてお腹はいっぱいだし、こうなったらもうごろ寝でもするしかない。私はリビングに敷いたラグのうえにゴロンと横になる。そこらに置いてあるクッションを枕にすると、私のマネをして隣に横になったアキノが「ふふふ」と笑う。
「どうしたの?」
「だって、部屋にいるのにヤシの木の下でお昼寝ってすごくない?」
「確かに不思議な光景ね」
ヤシの木は応接セットとくつろぎスペースの間に生えているので、視線の先は傘のように広がるヤシの葉だ。今まで気づかなかったけど、ヤシの実が3個ほど実っていた。
「子供のときはよくヤシの木に登ったなぁ。どっちが先に実をとって降りてこられるか、村の男の子と競走したりして」
アキノは懐かしそうに目を細めた。
「きっとあなたが勝ったんでしょうね」
そう私は答えた。幽霊になってもこんなに元気なのだから、きっと相当なお転婆娘だったはずだ。
「そうねぇ、たいてい私が勝ったわね。たまに負けると癇癪起こしてヤシの実をほおり投げたりしてさ」
彼女が両手でヤシの実を投げるふりをしたので、私は吹きだした。
「そりゃあひどいわね」
「そうなの!負けず嫌いだから、男の子ともよくケンカしたわ!」
アキノも元気よくハハハと笑う。
「そのよくケンカしてた幼なじみが、今の妹の旦那さんなのよ」
そう言えば、妹は幼なじみと結婚したのだと言っていた。
「3人とも子供のころから仲良しだったのね」
「それがさあ、子供のころは妹をよくイジメてて。私が怒ってそいつとケンカしてって、そればっかりよ」
「ああ、好きな子にちょっかい出してイジメちゃうっていうヤツね」
好きな女の子にどう接したらいいのか分からないから、からかったり意地悪したりしてしまう。子供のときにはよくあることだ。
「そうそう!男ってなんであんなにバカなんだろうね」
アキノはまたハハハと大きく笑うと、小さくつけ加えた。
「好きなら好きってちゃんと言えばいいのに、まったく」
笑い混じりの軽い口調で彼女は言ったけど、その瞳には悲しみの色があるように見えた。それが気になった私は、彼女にどうしたのか聞こうとしたのだ。
だがそのとき、外からザーッという激しい雨音が聞こえてきた。リビングにもうけた小さな窓から外を見ると、外はスコールのような大雨だ。
「ひゃあ、すごい雨だわ」
「またすぐ晴れるから平気よ。暑い島だから天気が変わりやすいの」
アキノはそう言っているが、私はアヒルンゴたちが心配だ。今は海の上だし、雷が鳴ったら危ないんじゃないだろうか?心配していたらルリがやってきた。
「雨が激しいので、少し早いですが浜にあがることにします」
私はホッとしてうなずいた。日没まではまだ少しあるそうだが、無理は禁物だろう。少しして、周囲を崖や岩で囲まれた小さなビーチへと上陸する。タイミングよく見つかったものだと思ったが、南部にはこういったビーチがたくさんあるらしい。
「すごぉおおおおい!ワゴンのなかにお庭があるぅ!!ねえ、あれはなに!?」
晩ごはんの支度ができるまで庭でも眺めるかと思ってバルコニーに出たら、アキノがまた大騒ぎする。「あれ」と言うのは露天風呂のことだろう。
「あれは露天風呂っていうの。私の国では旅館なんかによくあるのよ」
「へぇー!外でお風呂に入るんだあ!!」
アキノは庭におりて、石作りの風呂の周りをウロウロ見て回る。この庭は異次元の部屋のなかだから雨は降っていない。庭の向こうに広がる外の景色は雨だ。少し小降りになったような気がする。
「外でお風呂かぁ、いいなー!」
いろいろあり得ないことばかりだから驚くのは分かるけど、もう少し落ち着いていられないのだろうか。この人、確か私より2歳年上だったよね?
アキノがはしゃぐのを呆れて見ていたら、彼女はとんでもないことを言い出した。
「私も入りたい!」
「え?」
私は固まる。
幽霊と混浴だと!?ていうか、そもそも幽霊ってお風呂に入れるの?
「一度だけでいいから、ねえ、お願い!お願い!!」
「じゃ、じゃあ、晩ごはんのあとにね」
幽霊に手を合わされて、私はしかたなくうなずいた。
晩ごはんには、例の貝で出汁をとったラーメンのようなものが出てきた。麺は私が想像した通りの縮れ麺で、うえにはコリコリした食感の海藻らしきものが乗っていた。噛むと磯の風味が広がって、貝出汁のスープとよくあう。
麺のほか、炊き込みご飯と小鉢が2つついている。炊き込みご飯にはアグルのバラ肉が少々入っていて、コクと旨みがある。小鉢は塩もみで酸味を抜いたウンガァウリの和え物と、木の実でつくった豆腐のようなものがあった。豆腐もどきにはフゥベの汁がかかっていてほのかに甘く、上品なデザートのようだ。
「チビルリちゃんたち、グッジョブ!」
満腹になった私が親指を立てると、皆クルクル回って喜ぶ。私の5倍は食べたルリも、満足そうに口元をふいていた。
「はぁ~、いい気持ち」
そんな美味しい夕食のあと、私は庭の露天風呂に入った。今夜は草津の湯だ。庭の向こうの空を見上げれば、厚く垂れこめていた雲はどこかへ去り、空には満天の星が輝いている。
わあ、星がいっぱい見える!
ティーダル島は海だけでなく空気も綺麗なのだろう。加えて人工の灯りが少ないので、暗い星まで良く見える。子供のときに行った田舎のキャンプ場も星が綺麗だったけど、これほど美しい星空を見るのは初めてだ。
「今夜は星が綺麗ね!」
「う!」
すぐ隣から声が聞こえてきて、私は現実に引き戻される。そう、アキノは今、私と一緒に風呂に入っているのだ。しかも服のままで。もちろん、服を脱ぐように私は言った。言ったのだけど。
私は風呂に入る前に交わした会話を思い出す。
「だって脱げないんだもん!」
やっぱり実体がないから服を着るとか脱ぐとかできないっぽい。サンダルは溺れたときに海で脱げたらしく、彼女は洞窟で出会ったときから裸足だった。
うーんと私は唸る。ルリが言ったように、本人のイメージが幽霊の姿になって表れているらしい。着てる服も実体はないから、脱ぐとかできないってことか。いや、そもそも実体がないなら風呂に入るなよ。
「だから、このままいきまーす!」
「あっ、こら!」
アキノが露天風呂に飛び込んだので、あわてて私は止めようとした。でも、アキノの体が湯のなかに落ちても、ドボンともザブンとも音がしない。水しぶきも上がらない。考えてみれば当たり前か。
「ねえ、気持ちいいの?」
服のまま風呂に浸かって満足そうなアキノに、私は半ば呆れながら聞いた。体がなかったら熱い湯に入る心地よさも感じないと思うんだけど。
「うーん、よくわからない」
案の定の答えを返した彼女は、風呂のフチに寄りかかりながらこう続けた。
「でも、初めてのことをやってみるのは楽しいし、私はやりたいと思ったことを何でもやってみたいの!外でお風呂に入る国があるなんて、これまで考えたこともなかったわ」
「そっか」
彼女のニコニコを見たら、なんだか力が抜けてしまった。私はあきらめて、幽霊と混浴することにしたのだった。




