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幽霊の事情

幽霊は名をアキノというそうだ。私が頼むと、ルリは案外あっさりとテュルリ村に寄ることを承知してくれた。多少寄り道になるが、北部へ向かうルートからはそれほど大きく外れないから「まあいいでしょう」とのこと。


「ただし、あなたが女神さまの御許に参るのを拒否したり、沙世さまに危険が及んだりする場合には、私の判断で即刻消滅させます」


ルリはアキノだけではなく、私にも聞かせるように言った。もっともな話なので、私とアキノはそろってコクコクとうなずく。


「ではワゴンに戻りましょうか」


そう言って、貝がたっぷり入ったバケツをポシェットに押し込んだ。


「え?そこに私の服も入ってるんだよね?」


私はちょっと待ったと言うように手のひらをルリに向けた。ポシェットのなかには私が彼女に預けた通勤着が入っているのだ。なのに海水や泥のついたバケツを入れて大丈夫なのか。帰ったらまた着るんだから大事にして欲しいんだけど。


「なかで仕分けしているので大丈夫です」


「どうやって?」


するとルリは肩からポシェットを外し、こちらに向けて口をガバッと開いて見せた。


「おお!」


大きく開いた口のなかに大きな倉庫のような空間が見えたので、私は感嘆の声をあげた。アキノも後ろで「すごーい、こんなの見たことなーい!」とはしゃいでいる。たくさんある棚にはさまざまなものが収納され、私の通勤着はハンガーにかけて吊るしてあった。これなら汚れる心配はなさそうだ。


「もしかして、冷蔵庫もこうなってるの?」


「はい」


だから長いブリンブリンも入ったのか。納得できたので、道を引き返してワゴンへと向かうことにした。今朝のブリンブリンの味を思い出したら、急にお腹が空いてきたのだ。幽霊騒ぎで忘れていたが、ランチの時間はとっくに過ぎてるはず。


ルリが先頭に立ち、アキノは私のすぐ後ろをフワフワと漂うようについてくる。洞窟の外に出ると、日光が容赦なく照りつけてきた。振り向けば、アキノの姿は洞窟内にいたときよりも姿が儚げになっている。体を通して向こう側の景色がバッチリ透けているのだ。


「太陽の光を浴びても大丈夫なの?」


心配して聞いた私に、アキノはケロリとして答えた。


「むしろ気持ちいいわ!洞窟の外に出るのはあそこにたどり着いて以来初めてなの」


深呼吸をするように両手を広げ、日の光を気持ちよさそうに受けている。本当に大丈夫らしい。口調も気さくになって、生きていたころの地が出てきたようだ。


「私は子供のころから外で体を動かすのが大好きだったの。年頃になっても真っ黒に日焼けしてたから、村でクイーン・オブ・メラニンって呼ばれてたんだ」


「なによそれ!」


私は思わず吹きだした。洞窟で見た時はびしょ濡れなうえに青白い顔で怖かったけど、そもそもは元気で明るい人柄らしい。幽霊になってもその性質を保っているのは、きっと気にかかっている未練が恨みではないからだろう。


石だらけの道を歩いてワゴンまで戻ると、昼寝をしていたアヒルンゴたちがいっせいに目を覚ました。ルリが元のビーチに戻るように指示を出す。アキノの事情をもっと聞いておきたいので、テュルリ村に行くのは明日以降にすることにしたのだ。


アヒルンゴたちは幽霊を警戒するでもなく、何ごともないように大人しくワゴンにつながれている。もしかしたら見えてないのかもしれない。


「うわーっ、豪華!こんな部屋見たことないわ」


ワゴンに入ったアキノは大はしゃぎしていた。まあそれも仕方がない。異次元空間だし、神力が使われてるし、彼女から見れば異世界仕様の内装だし。彼女に見せていいのかルリに聞いたけど、幽霊だから良いらしい。


「どうせ女神さまの御許に参るか、消滅するかですから」


そう言った彼女の目は冷ややかで怖かった。当の本人に聞こえてないらしかったのは幸いだろう。


「えええ!部屋のなかに木が生えてる!?」


リビングのヤシやブーゲンビリアを見てさらに驚くアキノ。匂いを嗅いで本物かどうか確認している。手でも触って感触を確かめようとしていたが、幽霊にはできないらしく、手が物質を通り抜けてしまっていた。


「ひぇえええ!この冷たいクローゼットは何!?」


私が冷たい飲み物を探しにキッチンへ行くと、冷蔵庫を発見してまた叫び声をあげる。やっぱりこの世界に冷蔵庫はないようだ。しかし、側でずっと騒がれるのは辛い。彼女は私に憑りついているので、あまり離れることができないらしい。


いいかげんうるさいし、仕事をするチビルリちゃんたちにも迷惑だぞと思っていたら、ルリが地を這うような声で注意した。


「いいかげんに静かにしないと、今ここで消しますよ」


「す、すみません」


アキノはシュンとして、身を縮めるように私の背後に隠れた。ルリのことはちょっと苦手らしい。


「はあ、疲れた」


洞窟内をけっこう歩いたせいか、思ったよりも疲れていたようだ。私がソファの背もたれにもたれると、アキノは当然のように隣に腰かけた。今の彼女は外にいたときほど透けていないので幽霊っぽさは薄れているが、相変わらずびしょ濡れだ。


アヒルンゴワゴンは海のうえを進んでいるけど、私はリビングでお昼ご飯をいただくことにした。今日は魚や野菜、芋を揚げたフライをご飯にのせて丼にするらしい。天丼みたいな感じだろうか。魚はあのグルングルンなんとかかんとかだ。


一応はアキノも食べるか聞いてみたのだけれど、やっぱり食べられないらしい。見られているのも落ち着かないので食事をさっさと済ませると、私は改めて彼女に話を聞いた。


「それで、あなたは何歳で亡くなったの?あの洞窟にいたのは何で?」


「ええっと、死んだのは22歳のときで、たぶん5年くらい前?だと思うんだけど」


ソファに座ったアキノはそう答えた。全身びしょ濡れなのだが、彼女が接しているソファも床も濡れないのは不思議だ。ルリが言うには、そもそも実体は無いので濡れてるのはイメージでしかないそうだ。溺れて死んだので、本人が濡れてると思い込んでるからそういう姿で出てくるらしい。


「村の近くにある崖から海に落ちて死んじゃって、誰にも発見されないまま流れ着いたのがあの洞窟で」


その流れ着いた遺体はしばらくして発見されたが、どこの誰だか分からないので、近くの村に「名無し」として葬られた。それ以来、あの洞窟に縛られたようになって、ずっとあそこにいたという。


「村に戻りたくても戻れないし、洞窟に来た観光客に助けを求めても無視されちゃうし」


アキノは愚痴る。たまに気づく人がいても、皆驚いて逃げてしまったのだとか。それを繰り返すうちに、洞窟を訪れる人がだんだん減ってしまったという。


まあ、幽霊が出るんじゃ人も近づかなくなるよね。


観光名所というわりには寂れていた島の様子を思い浮かべる。それにしても22歳で亡くなったというのは気の毒だ。家族は未だにアキノが生きてるか死んでるか分からないんじゃないのだろうか?まだ彼女の帰りを待っているのかもしれない。


「アキノは結婚してなかったの?」


この島の結婚適齢期とかは知らないが、妹が結婚する歳なら姉だって結婚してておかしくないだろう。


「わっ、私はその、結婚とか興味なくて!ぜんっぜん、興味なくて!!」


なぜか大慌てで否定するアキノ。


「私はその、そそっかしいし、美人でもないし。その点、3歳下の妹は器量も気立ても良くて、私の自慢の妹なの!」


「妹さんとは仲良しだったんだね。でもアキノだって可愛いよ?」


正直な感想を言ったのだけど、彼女は「とんでもない」と両手を振って謙遜する。美人とは言えないかもしれないが、目がパッチリとしていて愛嬌のある顔だ。性格も明るいのだから、モテないことはなかったと思うんだけど。


「じゃあご両親と妹さんと暮らしてたんだね」


「うん、お婆ちゃんもいたよ。家は農家をしていて、いろんな果物を育てて暮らしてたんだ」


アキノの故郷の村はフルーツが名産なのだそうだ。男の子がいないから、アキノか妹のどちらかが婿をとって農家をつぐ予定にしていた。妹の結婚相手は村の幼なじみで、婿に入ることをこころよく承知してくれたそうだ。


「だから今は、妹と幼なじみが私の家族を支えてくれているはず」


アキノは少し悲しそうな顔をする。自分が若くして死んでしまったので、残してきた両親のことを心配しているのだろう。残された家族の悲しみを知っている私は、彼女の家族のことを思って辛くなった。


アキノが亡くなったことや彼女の想いを、なんとか家族に伝えられないかな?


私がそれを知っていることを、不自然に思われずに伝えるにはどうしたらいいだろう?まさか「あなたの娘に憑りつかれまして」って言うわけにはいかないしなぁ。


うまい言い訳が思いつかないけど、とにかくそのテュルリ村に行ってみないことには始まらない。


「ルリ、やっぱり今からテュルリ村に行くことにしない?」


「そうですね、早いほうがいいでしょう」


ルリも賛成してくれたので、私たちはワゴンの行先を変更し、テュルリ村へ向かうことにした。


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