異世界の商店
目当ての商店には10分ほどで着いた。アヒルンゴたちは広くて人の少ないこの道を全速力で飛ばしたらしいのだが、せいぜい自転車くらいの速度だった。海のなかではモーターボート並に速いから、やはり走るより泳ぐ方が得意なのだろう。
商店はさっきの定食屋と似たようなつくりだけど、正面の壁が取り払われて、なかにたくさんの商品が並べられているのが見える。お客が気軽に入りやすい雰囲気だ。
「へい、らっしゃい!」
私たちが店頭に立つと威勢のいい声が出迎えてくれた。声の主は店主であろう年配の男性で、やはりガタイのいい体つきをしているが、表情はニコニコしていて親しみやすい。私たちにも気さくに話しかけてくれる。
「お客さんは観光でいらしたんですか?」
「ええ、海が綺麗で良いところですね」
私が褒めると店主は心から嬉しそうな顔をした。
「嬉しいねぇ!どうぞゆっくり見て行ってください」
お言葉に甘えてじっくり見せてもらうことにしよう。私は店主に会釈して店のなかに入った。ルリはお米やらお肉やら買いたいものがたくさんあるらしい。さっそく店主にいろいろ注文していた。野菜などは店頭に並んでいるが、肉や魚は注文して包んでもらうようだ。きっと暑くて傷みやすいからだろう。
私はひとりで野菜や果物が陳列してある棚を見て回る。日本にもあるようなものが多いけど、微妙に違う。例えば、キュウリそっくりの野菜は大きさが大根くらいある。葉っぱがものすごくギザギザした、ほうれん草っぽい野菜もあった。
「このでっかいキュウリみたいなのは何?」
一通りの注文を終えて戻ってきたルリに私は聞く。
「それはウンガァウリと言って、食べた人が思わず『ウンガァー!』と叫ぶほど酸っぱい野菜です」
なんだよそれ。雄たけびをあげるほど酸っぱい野菜なんか誰が食べるのか。そう思っていたらルリが1本手に取る。
「え、それ買うの?」
「はい、上手に調理すれば程よい酸味になって料理のアクセントになります。この島は暑いですから体のためにも食べた方がいいです」
きっとクエン酸が豊富なのだろう。クエン酸は疲労回復に効果があるから、島の人はこういうものを食べて暑さを乗り切っているのかもしれない。
「沙世さま、果物はどれがいいですか?」
何種類かの野菜を買い込んだルリが私に聞く。果物の棚を見れば、こちらも見たことあるようなないような南国っぽい果物が並んでいる。
「どれがいいのかよく分からないよ」
私が迷っていると、ルリはグレープフルーツくらいの大きさの、丸い紫の実をひとつ手に取った。
「これは島の名産で、よく冷やして食べるとアイスクリームのような味で美味しいですよ」
「じゃあそれ」
キッチンの冷蔵庫で冷やして今夜食べよう。そう言えばこの世界には電気がないそうだけど、島の人たちはどうやって冷やしてるんだろう?
「このピキャナップルも今が旬なのでおススメです」
言いながらルリは違う果物を指さす。つるんとした細長いピンク色の実に、パイナップルのような葉がついている。こっちは甘酸っぱい味がするらしい。
「ぴきゃぁああああああ!!」
「ならそれも」と言おうとして私は口をつぐんだ。ルリがピンクの実を手にとると、それがいきなり叫び始めたのだ。赤ちゃんが泣き叫んでいるみたいな声で気持ち悪い。
「そ、それ叫んでるけど、果物なんじゃないの?」
「これは葉がこすれて出ている音です。ピキャナップルは触ると刺激で葉が動き、こすれて叫び声のような音を立てる性質があります。葉を落としてしまえば大人しくなりますから」
「ええっと、それはいいや」
まだぴきゃーぴきゃー言っているソレから私は目を逸らした。叫んでるんじゃないにしても怖すぎる。代わりに星の形をした黄色い果物を買った。形が可愛いからなにげなく手に取ったんだけど、ルリによるとアヒルンゴたちが好きな果物らしい。あの子たちに食べさせてあげたいのでたくさん買うことにした。
「ねえ、チビルリちゃんたちは何が好きなの?」
彼女たちは私の身の回りの世話をしてくれるし、掃除や料理といった家事もしてくれるのだ。今朝はハナミズクサの水で服の洗濯をしてくれていた。何かお土産を買っていってあげたい。
「チビルリちゃんとは、あの分身たちのことですか?」
「そうそう」
私は首を縦に振る。そう言えば、私が勝手にそう呼んでるだけだった。
「あれは実体があってないようなものですから、何も食べません」
「そうなんだぁ」
何かお礼をして喜ばせてあげたかったのに残念だ。見た目が妖精のような感じだから、食べ物はいらないというのはうなずけるけど。
「お客さん、ご注文のお品がそろいましたよ」
女将らしき女性が店の奥から出てきて声をかけてくれる。ここもきっと夫婦で切り盛りしているのだろう。見ればけっこう大量である。ここでは不思議ポシェットは使えないので、ワゴンまでは私も荷物持ちを手伝うしかなさそうだ。
追加で買った野菜と果物も袋に入れてもらい、ルリがお金を払う。
「ここいらは綺麗なビーチが多いんですよ」
女将さんは話し好きらしく、品物を袋詰めしながらお勧めの観光地をいろいろ教えてくれる。この村周辺は洞窟が多い地域らしい。
「でもねえ、お客さん。ニャカラン島はいかない方がいいですよ」
「え?」
女将さんのおしゃべりを楽しく聞いていた私は、明日行く場所の名前が出て驚く。彼女は眉をひそめて続けた。
「いえね、あそこには幽霊が出るんです。水浸しの若い女がこう・・・」
両手を前にだらんと垂らして幽霊のマネをする。どうやらこの世界の幽霊も手を前に垂らしているらしい。
でも幽霊なんて、まさか本当じゃないよね?ただのウワサだよね?ルリに目をやるとちょっと困ったような顔をしていた。
「それって、」
「おい、お客さんにくだらねぇこと言うんじゃねえ!」
詳しく聞こうとしたら、店主の怒鳴り声が話に割り込んだ。
「そんなこと言ったっておまえさん、私は子供のときにこの目で見たんだから」
「だから子供の見間違いだろ!」
そう叱りつけるように言うと、店主は私に頭を下げた。
「すみません。ずいぶん昔の話ですし、コイツの見間違いなんです。気にしないでくださいよ」
「いえ、大丈夫です」
なんとなく気まずい空気になり、女将さんも黙ってしまったので、私たちは大荷物を抱えて商店を後にした。荷物を持っているのはルリひとりである。私も手伝うと言ったのだけど、ルリは大量の荷物をひとり軽々と持ち上げて運んだ。私より小柄なのに、あれも女神さまの力なのだろうか。
近くに停めてあったアヒルンゴワゴンに戻ると、ルリは買った食材を次々とポシェットや冷蔵庫に放り込んでいく。その横顔に私は声をかけた。
「ねえルリ、ニャカラン島に行くのはやめにしない?」
幽霊とかお化けとか信じてるわけじゃないけど、そういうウワサがたつってことは、何かがあった場所なのかもしれない。心霊スポットとかは縁起が悪いって聞くし、あんまり行きたくなくなってきた。
「沙世さま、幽霊など怖がる必要はありません」
冷蔵庫に果物を詰め込んでいたルリは、首だけをこちらに向けてきっぱり言う。私はその視線から顔をそらした。
「べ、別に、怖いわけじゃ」
「では問題ありませんね。ニャカラン島には行くべきです、絶対に!」
どうやらルリは乗り気なようだ。もしかして途中に美味しい店でもあるんだろうか?ルリはそこに行きたいのかもしれない。昨日今日の彼女の食べっぷりを思い出した私は、そこでハタと気づく。
あれ?チビルリちゃんたちはいらないのに、ルリは食事をしないとダメなのかな?
私はその疑問を本人にぶつけてみた。
「いいえ、私も本来は食べ物も水も必要ありません」
「へ?でもたくさん食べるよね?」
ルリはちょっと厳しい表情になり、今度は体ごと私に向き直る。
「存在を保つためではなく、美味を堪能するために食べているのです。私にとって、食べることは唯一の趣味であり、道楽なのです!」
道楽なのかい!!
私は心のなかで突っ込んだ。




