ビーチ前の美味しい定食屋
目指す店は本当にすぐ近くにあった。フゥベ畑のなかを数メートルも進むとひらけた場所に出て、目の前に日本の藁ぶき屋根の家によく似た建物が現れたのだ。
店はビーチの真ん前に建っていた。ワゴンの駐車場を畑のなかにつくっているのは、そうするよりほかに場所がないからのようだ。
店の建物は屋根だけでなく壁まですべて植物の葉でおおわれている。ルリによると、これが島の伝統的な家なのだそうだ。組んだ木材と椰子の葉で出来ていて、葉が適度に風を通すので涼しいらしい。確かに、この島は暑いけど湿気が少ないので、風の通る日陰ならかなり快適に過ごせそうだ。
「いらっしゃいませー!」
店に入ると中年の女性店員が元気の良い声で迎えてくれた。店内に客はおらず、カウンターの奥の厨房では中年男性が忙しそうに動いているのが見えた。
なるほど、ふたりの見た目は日本人とあまり変わりがない。どちらも眉が太くて目がくりっとした濃いめの顔立ちで、褐色に近い肌をしている。日本にいたとしても周囲と馴染みそうな感じだ。
「店内とお庭の席、どちらがよろしいでしょうか?」
店員さんが愛想よく聞いてくれる。年齢的に釣り合うし、雰囲気的にカウンターの奥にいた男性と夫婦なのかも知れない。
「お庭で食事ができるんですか?」
「はい、ビーチに続いているので人気なんですよ。あと一席空いてます」
「じゃあお庭で!!」
当然のごとく私は庭を選択した。せっかくなら海を見ながら食事したい。
「ではこちらへどうぞ」
女性のあとについて店の奥のドアから外に出ると、ビーチにつながる小さな庭にウッドデッキがつくってあった。デッキにはテーブルが5つあり、白いパラソルがそれぞれに涼し気な日陰をつくっている。彼女が言った通り、一番端のテーブル以外は先客で埋まっていた。
「メニューはあそこに」
席に座ると店員さんが壁を指さす。そこに張ってある紙には、これまでに見たことがない記号のような文字が並んでいるけど、面白いことに意味はちゃんと理解できた。
しかしそれを見て私は首をかしげる。メニューには、「あったかい麺」「冷たい麺」「スープ定食」「焼いたおかず」「煮たおかず」などと書かれているだけだ。これじゃあどんな料理なのかさっぱり分からない。フライの種類を見ても、「魚」「肉」「芋」「野菜」としか書いていない。
こういうのって、普通は何の種類かを書くものじゃないの?魚ならサバとか、野菜なら人参とかさ。スープ定食って言うのもよく分からない。ご飯とスープだけの定食ってこと?でもメインがないのは定食って言わないよね?
「ねえルリ」
私は真剣な表情でメニューを見つめるルリに小声で話しかけた。
「どうかしましたか?」
何かを察したのか、彼女も声をひそめて聞き返す。
「あの、文字は読めるんだけど、焼いたおかずとかスープ定食とか、ざっくりした感じにしか読めなくて。これってお約束の翻訳機能が誤作動起こしてるんじゃない?」
「いえ、それでいいんですよ。焼いたおかずとかスープ定食とか書いてあるんです」
「え~、そうなのかぁ」
そもそもざっくりとしたメニューなのだ。でも、皆これで分かるんだろうか?
少なくとも自分にはさっぱり分からないので困っていたら、気づいたルリがメニューを解説してくれた。「焼いたおかず」は魚をハーブで香り付けした油で揚げ焼きにしたもの。「煮たおかず」はアグルと呼ばれる豚に似た動物のお肉を甘辛く煮たものだそうだ。この島では魚は揚げ焼きにすることが多く、アグルの肉は煮て食べるのが定番らしい。
「フライの肉もアグルなの?」
「いえ、フライの場合はコルーという鳥の肉ですね。ちなみに、スープ定食は言葉どおりにスープとご飯の定食です」
だからそれ、定食と違うじゃん。やっぱり翻訳が間違っているのでは?頭を抱える私を見てルリが聞いた。
「沙世さまは魚と肉とどっちが食べたいですか?」
「うーん、今朝は魚だったからお肉がいいかな」
「では、肉メインで私が選びましょう」
私は素直にうなずく。知らない土地なのだから、よく知ってる人にお任せするのが正解だろう。主食はご飯なのだから、そんなに口に合わないものは出てこないはず、たぶん。
ルリは手をあげてさっきの店員を呼び、おかずだのフライだのを注文した。彼女はスープ定食を食べるらしい。どんなものが来るのかちょっと楽しみではある。
注文を終えると先に飲み物が運ばれてきた。背の高いグラスに入った液体は、綺麗なルビー色をしている。グラスのフチにはライムのような果物の輪切りがそえてあった。
「これってもしかして」
「はい、フゥベの葉を絞ったジュースです。産地である南部でしか飲めないので注文しておきました」
私はその赤いジュースに口をつけた。さきほど畑のなかで嗅いだ香りが鼻先を抜けていく。甘いことは甘いけど、口のなかに残らない爽やかな甘味だ。ライムもどきの輪切りをグラスのなかに落とすと、いっそう爽やかさが増して美味しい。
しばらくして料理が運ばれてくる。私の前には大皿にたっぷり盛られた肉の塊。ご飯とスープのほか、漬物みたいなものが入った小鉢もついている。
「え?それがスープなの!?」
ルリの前に置かれたお膳を見て私は目を丸くした。私のお肉も盛り盛りの大盛りだけど、彼女のスープ皿は規格外の大きさだ。これは皿と言うよりも土鍋と言うべきだろう。日本で冬にお鍋をするときのヤツ。
さらにその土鍋からは魚の頭と尻尾がはみ出している。鯛みたいな大きな魚がまるまる一匹入っているのだ。ほかにも貝や野菜がたっぷり入っていて、やっぱりスープと言うより海鮮鍋。プラス私と同じ小鉢と山盛りに盛られたご飯がついていた。そう言えば、ルリはご飯大盛りで注文していたな。
「すごい量だね」
「そうですか?確かにこの店は少し多めですけど、スープ定食はどこもこんな感じですよ?」
どうやらティーダル島の人たちはご飯をたくさん食べるようだ。スープ定食がポピュラーなメニューらしいのにも驚く。聞けば定食屋ならたいていあるらしい。「焼いたおかず」などのメニュー名も、この店だけでなく、どこも同じなのだとか。なかなかに大ざっぱだけど、みんな知ってる定番ならそれでいいのだろう。
「早くいただきましょう!」
そう言うが早いか、ルリはスプーンを大きな土鍋につっこんだ。形の良い小さな口に食べ物が次々と吸い込まれていく。彼女の食べ方は決して汚くはないけど、美少女が食べ物を次々に平らげていく様子には違和感しか抱けない。
「いただきます!」
私も気を取り直して箸をとりあげる。この島でも箸を使うのが普通だそうで、使い慣れた箸で食事ができるのはありがたい。
大皿に盛られた肉の塊に箸を入れる。肉はなんの抵抗もなくスーッと切れた。
なんて柔らかいの!
大ぶりの一切れを口に入れると、甘い脂身が口のなかで蕩けて消えた。味付けも甘すぎずしょっぱすぎずで、何かのお酒らしい風味が鼻を抜けていく。
「美味しい!」
私は感激して口走る。ルリに聞けば、フゥベを原料につくった甘い酒と塩で煮ているのだそうだ。塩は島の綺麗な海からとれた海水でつくったものらしい。
「この島の塩はミネラルが多いので、塩辛くなく旨みが強いのです」
ルリの言葉にうんうんとうなずく。うまい、おいしい、舌がとろける。私が煮たおかずの半分を、ルリがスープ定食をきれいに平らげたタイミングで、カウンターの奥にいた男性がフライを運んできた。
「待たせたな」
だみ声で言うとフライを大盛りにした皿をテーブルにドンと置く。さっき見かけたときは分からなかったけど、男性はがっしり系の体格で背も高く、まるでクマのようだ。女性店員さんと違ってむっつりと不機嫌そうにしていて怖い。
「なあ、お客さんよ」
その彼が、大きな目でギロリとルリを睨んだ。




