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異世界デビュー

「沙世さま、そろそろお昼にしましょう!」


ルリが呼んだので私たちはビーチに戻る。浅いところで背から降りると、アヒルンゴたちが犬のように体をブルブルと震わせた。まわりに大量の水滴が散って、小さな虹ができる。


「近くに村があるので、お昼はそこの食堂に食べに行きませんか?」


私にフェイスタオルを渡しながらルリが言う。


「いいけど、どんなものが食べられるのかな?」


「この辺りで有名なのは日本の天ぷらに似たフライですね。魚や野菜を揚げて食べます。その食堂は新鮮な魚を使ってふわふわに揚げるので評判なのです!運が良ければ高級魚のフライが食べられるかと」


やはりルリは食べ物の話になると熱がこもるようだ。新鮮な魚の天ぷらと聞いて、私のお腹もグゥと鳴った。水のなかにいるとすごくお腹が空くのよね。


「分かった。ならシャワーを浴びてくるよ」


砂もついてるし、体がベタベタして気持ちが悪い。だけどこのままリビングを通ったら床が汚れそうだなと躊躇していたら、ルリが「あちらで」と斜面のほうを指さす。


そこには2メートルくらいの背丈の植物が生えていた。そのてっぺんにはヒマワリのような大きな花が一輪咲いている。


ヒマワリそっくりだが、違うのは花の色が葉や茎と同じ緑色をしていること。よく見ればビーチを囲むようにたくさん咲いていた。今まで気づかなかったのは、花の色が周囲の草と同化しているからだろう。


「あのハナミズクサで洗ってください、サッパリしますよ」


「花で体を洗うの?」


ハナミズクサという怪しい名前も気になるが、花で体を洗えとはどういうことか。


花のそばで待機しているチビルリちゃんたちが手招きするので、私はとりあえずそこへ向かった。花の下までくると、チビルリちゃんが大きな花にぶら下がる。するとその重みで花が下を向いて、その真ん中の部分、ヒマワリなら種ができるところから、シャワーのように水が出てきたのだ。


気持ちいい!


頭から降り注ぐその水は冷たく、微かにミントのような爽やかな香りがした。私は髪を洗い、顔や体をこする。不思議なことに、この花の水で洗うとボディソープで洗ったように体がさっぱりするのだ。こんな便利な植物、日本のビーチにも生えてたらいいのに。


バスタオルでよく拭いたあとにワゴンに戻る。着替えを終えてリビングに入ると、ルリが冷たいお茶を用意して待っていてくれた。神殿で飲んだあの青いハーブティーだ。


「村までは30分くらいですので、それまでくつろいでいてください」


どうやらワゴンはもう出発しているらしい。ぜんぜん揺れないから気づかなかった。しかし、アヒルンゴワゴンであの急斜面を登れたんだろうか?


「斜面を登ったのではありません。いったん沖に出て、上陸できる浜から村へ向かっています」


私の疑問にルリが答える。それはそうか。そもそもあのビーチには海から上陸したんだよね、忘れてたよ。


だが、いよいよ異世界の村に向かうと聞いて、私はいろいろ心配になってきた。食事は日本のものに近いようなことを聞いているけど、それ以外のことが全然分からない。村に着くまえにルリに聞いておいたほうがいいだろう。


「ねえ、この島の人はどんな人たちなの?」


「島の人々はおおらかで明るい人が多いですよ。日本ほどじゃありませんが治安も良いです。暑いところなので皆よく日に焼けていますが、見た目は東洋人に近いですね」


特にこのあたりは田舎なので人口が少なく、村人の多くは半農半漁の生活を送っていて、のんびりした雰囲気らしい。私はホッとした。危険はなさそうだし、見た目がさほど変わらないなら私たちが悪目立ちすることもないだろう。


「言葉は通じるのかな?」


「それは自動で翻訳されるので大丈夫です。異世界転移のお約束ですから」


お約束って、そんなこと言っちゃっていいのか、ルリ。


「じゃああれかな、定番の魔法もあるの?」


「いえ、ここは沙世さまの世界と同じように、魔法はない世界です。魔法も魔道具もなければ、魔獣もいません」


「えー、そうなんだ」


「沙世さま、ここは美しい島です。魔法なんかなくても楽しめますよ」


がっかりする私に、ルリは諭すように言った。確かにここまででも十分に楽しかった。綺麗な海も、可愛い生き物も、珍しい植物も見たし。だけど、ルリの力はどうなんだろう?


「でもルリは魔法?みたいなものを使えるよね?」


部屋を思い通りにつくったり、なんでも出てくるポーチを持っていたり。


「あれは魔法ではなく、私に授けていただいた女神さまの神力をつかっているのです」


そうか。あの女神はこの世界をつくった創造神。だからルリにもあれくらいのことは簡単にできるのだろう。


「私の力はこの島の人にとってもあり得ないものですので、ワゴンのなかは決して見せませんし、ポーチも村人の前では使いません」


ルリが念を押すように続けたので、私はしっかりとうなずいた。


「さあ、着いたようです」


「そうなの?」


ワゴンが動いているときも止まるときも、部屋じたいはまったく揺れない。なのにルリは、着いたってどうやって分かるのだろう?


ルリは立ち上がって表へと続くドアを開け、ステップを降ろした。


「え?ここはなに?」


ワゴンから降りた私はぐるりと周囲を見回す。ワゴンが駐車しているのは小さな空き地だったが、その周りを背の高い草が埋め尽くしているのだ。ススキに似た細長い葉をもつその植物は人の背丈よりも高いので、ここにいると草しか見えない。


「燃えてるみたい」


思わずそう呟いたのは、葉の色が燃えるような赤色をしていたから。それが目の前を埋め尽くしているので、炎の壁に囲まれているみたいな気になる。


「これはフゥベという植物で、砂糖の原料になります。フゥベは島の主要な農産物のひとつで、なかでも南部は一大産地なのです」


きっとサトウキビのようなものなのだろう。葉が赤いから、もしかして出来上がるお砂糖も赤いのだろうか?


そのとき、海から強い風が吹きつけてきて、赤い葉をいっせいに揺らした。


ザワザワザワ・・・。


葉がしなやかに波打って、まるで赤い海のなかにいるような景色だ。艶やかな葉の表面が日の光をうけてキラキラと光る。風のなかに、どこか甘い香りが混ざっている気がした。


「沙世さま、ここはフゥベ畑につくられた駐車場なのです。隠れて見えませんが店はすぐそこですから」


見たことのない光景に見惚れている私に、ルリが声をかけてくる。よく見ればフゥベのあいだを抜けるように細い道が続いていた。


「人気店なのですぐに満席になってしまいます。急ぎましょう!」


まったく、この景色を見てもなんとも思わないのだろうか?ルリは食べることに関してだけ熱心なようだ。


彼女に急かされて、私は赤い波間を抜ける小さな道を歩きだした。


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