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短編・その他(コメディ多め)

もーいいかい?

作者: 二角ゆう

 中古の一軒家に引っ越してきて間もなくの頃、まだ2歳になったばかりの息子は家の中を走り回っていました。


 夜は環境が変わったせいか、なかなか寝付けない事も増えてきました。


 引っ越す前からそういう事が増えていたので、仕方がないなと思っていたんです。


 畳のある部屋を寝室として使うことにして、照明を保安灯に変えます。そして息子の背中をトントンと優しく叩いているうちに寝てしまうのです。


 そんなことをいつもやっていたのですが、最近保育園で遊んでいるのか隠れんぼで有名なあの台詞を言うようになりました。


「もーいいかい?」


 私は初めて聞く息子の言葉に嬉しくなり、それに答えました。


「まあだだよ」


 息子はその答えに丸くしました。


「もーいいかい?」


 息子はまだ聞いてきます。


「もーいいよ」


 それから毎晩息子は聞くようになりました。


 今日はいつにも増して寝付けない様子で部屋の中を息子はうろうろ歩き回っていました。


 すると部屋の奥の方にはある壁に向かって座るとコンコンと壁を叩き始めました。


「もーいいかい? もーいいよ」


 自分で聞いて自分で答えているようです。私はそれを見て微笑ましく思いました。


 ひとり遊びが上手になったのね、と。


 コンコン、とまた息子は壁を叩きました。


「もーいいかい? もーいいよ」


 コンコン


「もーいいかい? もーいいよ」


 コンコン


「もーいいかい? もーいいよ」


 コンコン


「もーいいかい? もーいいよ」



 息子のノックも言葉も終わりません。



 何度も、何度も、繰り返すのです。



 それを見て、怖くなった私はリビングにいる夫の元へ急いでいきました。


「ちょっと来て。なんか変なの」


 私の様子を変に思ったのか夫はすぐに立ち上がると私についてきました。


 私は部屋の外から息子を指さすと夫の方を見ました。指さしに促されて夫は部屋の中を見ました。


「もーいいかい? もーいいよ」


 コンコン


「もーいいかい? もーいいよ」


 コンコン


「もーいいかい? もーいいよ」


 コンコン


 それは息子が無心になって壁を叩きながら、おしゃべりしていたのです。その様子を夫も目を見開いて見ていました。


「ねぇ、あれやばいんじゃないかしら?」

「確かに様子が変だよな」


 それが30分ほど続いたと思ったら、息子は私の膝元へ来てぱたりと寝てしまいました。


 次の日、明るくなってから私と夫は昨晩息子が叩いてた壁の前までやってきました。私は怖かったので、夫に壁を叩いてもらうようにお願いしました。


 夫も拳を作って私を見ると、少し躊躇しながら壁を叩きます。



 コンコン



 特に何もありません。



 コンコン



 何も聞こえません。



「なあんだぁ」


 2人はお互い見合うと脱力しました。


 しかし、息子が叩いていたのはここの部分だけだったので、周りの壁も叩いてみることにしました。


 すると息子が叩いていた1メートルほどの幅の部分だけ叩いた音が違ったのです。


 他のところはコンコンと固い音がするのに、その部分だけは少し響くような何か空間のあるような音に聞こえるのです。


 私は夫の方を見て、少し嫌そうに眉をひそめました。


「ねえ、ここって中が空洞なんじゃない?」

「嫌なこというなよ」


 それを聞いた夫も嫌そうな顔をした。


「でも怖い話とかで言うじゃない? 間取りをよく見ると壁だと思っていたところに変な空間があって、中を見てみると子どもの亡骸があるとかないとか」

「あぁ、聞いたことあるな。その隙間の空間が赤いクレヨンで壁いっぱいに塗りつぶされていたとかな」


 私は自分で言っておいて怖くなり肩に力が入って周りを見た。


「やだ、怖いよ⋯⋯壁の中調べてもらおう?」

「そうだな⋯⋯」


 夫も何かを思ったのか、私の提案に賛成してくれたのです。


 割増料金を支払って今日の夕方に壁の一部を切り取って中を見てもらうことにしました。


 夕方になると、業者の方がインターホンを鳴らしてやってきました。大きい工具箱を持っています。


 ぎこぎこぎこ


 小さいノコギリで10センチ四方の壁を切り取りました。それが終わると業者はライトを点けて中を確認します。


 穴が小さいので業者は壁にピッタリと付いて真横や下の方などいろんな角度から見ていました。


 それが終わると、こちらに顔を向けました。


「中を一緒に確認されますか?」


 業者はライトを渡してきました。夫は恐る恐るそれを受け取るとライトを点けて壁から少し距離を取るとへっぴり腰で背伸びしたりしゃがんだりしながら中を見ています。


 それが終わると私の方を向きました。


「特に何も無いみたいだよ。中を見てみる?」


 夫は私にもライト渡してくるので震える手で受け取ると夫よりさらに壁から距離を取って目を細めながら確認しました。


 しかし空間があるにはありますが、ただの空間でした。


 私がライトを消して業者に返すと、業者は説明を始めました。


「ここに空間があるのは確かに変です。しかし変な様子はないようです。心配でしたら、お清めしてもらいますか?」

「はい、ぜひお願いします」


 私はすぐにやって欲しかったので、高かったが割増料金を支払ってすぐに来てもらいお清めをしてもらいました。


 壁は一時的に直してもらい少し目立ちはしますが、気にしませんでした。


 1年ほど経った時に、そこの壁一面直してもらうことにしました。


 ようやく壁紙も平らになり、気にならなくなりました。畳に胡座をかいて私と夫はその壁を見ながら、「あの時は怖かったよね」と話し始めました。


 3歳になった息子はその部屋に入ってきました。1年前とは違いずいぶん口達者になりました。


「ねえ1年前、あの壁を叩いていたの覚えてる?」

「あぁ、覚えているよ」


 そう言いながら、息子は私と夫の間に座ってきました。


 それを見た私は思い出すように、息子の真似をしました。


「もーいいかい? もーいいよって何回も言っていたよね。あの時はびっくりしちゃった。何がもーいいよだったの?」





 それを聞いた息子は笑ってこう答えました。




「あれはもーいいかい? って聞いたら、もーいいよ、だったんだ」





 私と夫は笑っていた顔をやめて息子の言葉を理解しようとしました。




 そして息子は1年前と同じように拳を作り、座っている畳の上をトントンと叩きました。











「もー(いなくなってもらっても)いいかい?」


「まあだだよ」

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― 新着の感想 ―
 こういう、全く正体が分からないのに悪意だけはしっかり感じさせるナニカは怖いですよね。せめて空洞の中が予想通りだったら、気持ちは悪いけれど納得は出来るのに、そうではないから余計に不気味さを覚えますよね…
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