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月に行った日本と世界の行く末

作者: osagi

 夜勤明けの休日。

 昼過ぎに目が覚めると俺は自分の体が異様に軽いような気がした。


 この体の軽さは別に休日の開放感というわけではなく、まるで物理的に体が軽いようなフワフワとしたような感覚だ。


 そして俺はその感覚の異常さにすぐ気づくこととなる。


 なんとトイレに行くために敷いたままの布団を飛び越えた時、俺の体は想像以上に宙へと浮き上がり顔面を鴨居へとぶつけたのだ。


 「・・・はっ!?」


 突如として発生した理解不能な出来事に俺はぶつけた顔を押さえつつ驚きの声を上げ、恐る恐るその場で少しジャンプをしてみた。


 「どうなってるんだ?」


 するとどういうわけか軽くジャンプしたはずの体は思っていた以上に宙へと浮き上がり、一度浮き上がった体は思っていたよりもゆっくりと床へと着地する。


 そして体重計へと乗ってみれば俺の体重は6分の1ほどとなっているが、俺の体型は何一つ変わっておらず表示されているその体重はあまりに軽すぎる。


 その後しばらくして俺は現実逃避からテレビをつける。

 すると、そこには俺の知りたがっていたことが映し出されていた。


 「月に・・・転移・・・?」


 どのチャンネルに回してもテレビでやっているのはそのことだけであった。


 「先ほども申し上げましたが今日の朝、突如として日本は月へと転移し―――」

 「5時間前に行われた首相の会見ではアメリカとは通信ができているとのことであり―――」

 「月の重力は地球の6分の1ほどとなっており、地球と月との距離は約38万km、光の速さで1.3秒ほど離れています―――」


 こうして夜勤明けの休日、俺が目を覚ますと日本はその全てが一変していた。



・・・・・



 地球と同じように昼は青く夜は黒い空の下。専門家たちは転移や今の月について色々と調べて理由付けをしているようだが、俺を含めた一般市民にはそんなことは関係なく中秋の名月を迎えた日本では月の代わりに黒い夜空に浮かぶ青い地球を見て人々は過ごしていた。


 日本が月へと転移してから数か月となるが、この数か月で日本という場所は根底から変わってしまった。


 現在、元々の日本はクレーターのような巨大な円形の窪みの中へ海ごと転移してしまっており、まるで地球から切り取られて月へとそのまま置かれてしまったような状況にあるのだ。


 そんなこともあり日本は重力から天候まで全てが変わってしまい今後の食料について懸念が出てきた政府は月に存在する唯一の国家として元々の国内だけでなく海の向こう、日本を取り囲むクレーターのふちを超えた先に広がる月面全体を開拓することを決定したのである。


 そして、この数か月で月面は農地の拡大やどこから運ばれたのか雑草の繁茂によって緑化が進み日本も徐々に月面国家として順応していくこととなるが、さらに月日を経た年末を前にして日本と世界を熱狂させる出来事が起こる。それは地球から飛び立った宇宙船の月面(日本)への着陸である。


 「こちらは静岡県の陸上自衛隊東富士演習場です。まもなくNASA、アメリカ航空宇宙局の月着陸船が演習場の原野へと着陸します」


 多くのテレビ局で生中継された日本の月転移後初の月面着陸、それに日本にとって物理的に世界と隔絶されて初めてとなる地球との物理的な接触であった。


 「たった今、月着陸船が演習場へと着陸しました。外務省の職員が乗組員たちを出迎え―――」


 こうしてようやく叶った意図せず引き離された地球人同士の再会。はっきり言ってこんなことで今の自分たちの生活が変わるわけもないので俺はその光景をただ無関心に見ていたが、その一場面は感動の一場面として大々的に世界へと広まることとなった。


 そして予想通りいくら日本の転移によって月面に拠点を作る資金や技術が必要なくなったとはいえ経済的に頻繁に月と地球とを行き来するなど夢のまた夢。結局のところ日本と地球との距離が縮まることはなかった。


 最終的に月の開拓によって食料問題や原発の稼働と月面への太陽光パネルの設置などによってエネルギー問題を何とか解決することができるようになった日本は徐々に地球から取り残されることとなり月という日本のみの世界を生きて行くこととなったのであった。



・・・・・



 日本が月へと転移してから1年が経過しようとしていた頃、月へと転移した日本は経済をあきらめて食料とエネルギーの確保に注力することで何とか安定を保っていた一方、地球では輸入先である日本がいなくなったことによる原油価格の暴落や日本からの輸入が途絶えた物品の代替品を探し回るなど世界経済の混乱が続いていた。


 そして各国政府はこのような事態に対して何とか対策を講じようとしていたが、さすがに日本という一国が突如として地球から無くなった影響は大きく、その場しのぎでしかなかった各国の対応はすぐに躓くこととなる。


 「日本列島があったプレート周辺で同時多発的に発生した大規模な地震は大津波を引き起こし、太平洋沿岸の国には大きな被害が―――」


 報道される地球での災害。この日を境に日本にいる俺たち日本人は地球の行く末を目の当たりにすることとなった。


 大規模な災害の発生により世界経済の混乱に拍車がかかり、それから少しして発生した中国で世界最大の発電誇るダムの決壊は大規模な被害とともに中国全土で動乱を引き起こした。


 そのうえ日本の転移による在日米軍の消失と災害の被害によってこれ以上の駐留が難しいと判断した在韓米軍の撤退、その後北朝鮮が韓国へ軍事侵攻を開始したことにより極東の情勢は一気に激変したのである。


 幸いにしてこのような惨禍に日本は巻き込まれずにすんだが、地球での悲劇はこれだけに留まらなかった。それからしばらくして発生したアメリカによる核爆弾によるテロによってアメリカは中東のイランへと派兵し地球での戦争は拡大していった。


 そして・・・


 日本の転移から3年後、夜勤中の俺がふと地球を見た瞬間、地球で小さな光が次々と瞬いた。


 いったいどんな理由があったのか、月という地球の情報が限られる場所からは何が引き金となったのかその全容は分からない。ただ確かなことはそれまで幾度となく起こることが想定されながらも今まで起こることがなかった核戦争が勃発してしまったということである。


 こうして核兵器の使用は別の国の核兵器の使用を誘発し地球の文明はもろくも崩れ去っていった。


 ―――だが、今日も日本はいつもと変わらない日常が続く。


 核戦争に巻き込まれることもなく、その後の核の冬に見舞われることもなく、日本は月から変わりゆく地球の行く末を見守っていくのであった。




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