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盲目的献身に返されるは無意識の残酷さ

作者: 紫葵

後書きに『蛇足*設定&裏話』を追記しました。

 石畳が広がる街並みを馬車が行き交い、街灯にはガス灯の明かりが灯る――華麗な舞踏会や庭園での社交が貴族の日常であり、豪奢な宮殿や館の中では名家同士の駆け引きが繰り広げられていた。血筋と財力がすべてを決定するこの世界では、誰と結婚するか、どの一族と結びつくかが家の未来を左右する。


 しかし、貴族社会には見えない壁が存在した。爵位や家柄によって明確に身分が分かれており、名家の令嬢が自分より下の階級の者と親しくすることは珍しい。そんな社会にあっても、セレナ・ウィンフォードとレオ・エヴァレットは幼い頃から一緒に過ごしていた。


 セレナはウィンフォード家の次女として、華やかな社交界デビューを約束されていた。名家の令嬢として生まれた彼女は、その美しさと家柄ゆえに、幼い頃から周囲の期待を一身に背負っていた。一方で、彼女の幼馴染であるレオ・エヴァレットは、中流貴族の次男坊だった。財産も爵位も高くはないが、勤勉で努力を惜しまない青年だ。二人の出会いは、まだセレナが8歳、レオが12歳のときにさかのぼる。




 ある夏の日、ウィンフォード家の広大な庭園で、セレナとレオは初めて出会った。その日、親同士が社交の一環として集まる昼食会が開かれ、退屈そうにしていたセレナは、一人で庭園に出ていた。そこへ、父親に連れられてきたレオが声をかけたのだ。


「君も退屈してるの?」

「ええ。誰も遊んでくれないの。」


 それから二人は、草花が茂る庭で走り回り、木陰で休憩しながら将来の夢を語り合った。セレナは「お姫様になりたい」と笑い、レオは「僕は立派な騎士になって、君を守ってあげるよ」と胸を張った。そのときから、セレナは年上のレオに憧れを抱き、彼の言葉がいつか現実になると信じて疑わなかった。


 時が経つにつれ、二人の立場には微妙な変化が生まれていた。セレナが名家の令嬢として社交界にデビューする一方で、レオは下級貴族の立場から上流社会に認められるため、必死に努力していた。


「もっと強くなって、必ず僕は君にふさわしい男になる。」

 彼がそう誓うたび、セレナは「私はずっとあなたの味方よ」と微笑みながら励ました。レオにとってセレナは、心の支えであり、信頼できる相手だった。大切に思っていた。同時に「支え続けてくれる存在」として受け入れていた。


 セレナはレオのためなら、どんな犠牲もいとわなかった。彼のために尽くすことが、彼女の生きがいだった。レオの夢が叶う未来を信じ、セレナは盲目的に自分の心も体も彼のために捧げた。




 ある冬の日、レオは剣術の訓練で手を痛めていたが、「大したことない」と無理をしていた。それを知ったセレナは、夜も更けた頃、使用人たちに気づかれないよう薄手の外套を羽織って屋敷を抜け出した。雪がちらつく寒空の下、彼女は町の薬師のもとへ急ぎ、彼のために治療薬を求めた。


「こんな時間に来るなんて、若いお嬢さんが無茶だね。」

 薬師はそう言って心配したが、セレナはただ微笑んで答えた。

「彼が早く良くなるなら、それでいいんです。」


 帰り道、吹き付ける冷たい風に凍えながらも、セレナはその小瓶をしっかりと握りしめた。屋敷に戻ると、彼女はすぐにレオのもとを訪れ、「これで手を治して」と笑顔で薬を差し出した。

「君がこんなことをする必要はないよ、セレナ」とレオは言ったが、その声には心なしか感謝と困惑が入り混じっていた。

「あなたのためだから、平気よ。」セレナは何の迷いもなく答えた。


 翌朝、彼女が熱を出したことに気づいた使用人が慌てて駆け寄ると、セレナは布団の中から静かに微笑んだ。

「大丈夫、レオが喜んでくれたから。」



 またある時は、セレナはレオの気分や望みを敏感に察し、彼が何を求めているかを常に考えていた。社交界での行事が続き、彼が疲れ切っているとき、彼女は自分の舞踏会の準備を後回しにし、レオのための予定を優先した。


「今夜の舞踏会、大丈夫?」レオが気遣うように尋ねると、セレナは力強く頷いた。

「私は気にしないわ。あなたが少しでも休めるなら、それで十分だから。」


 彼の出世に関わる重要なパーティーでは、彼が気まずくならないよう、彼女は自ら立ち回り、他の貴族との交渉役も買って出た。貴族の男性たちに無遠慮な視線を向けられたり、裏で嫌味を言われたりしても、セレナは決して眉一つ動かさなかった。


「彼女は献身的ね。」

「でもあそこまで尽くす必要があるのかしら?」


 そんなささやきが周囲から聞こえてきても、セレナは耳を貸さなかった。彼女にとって大切なのは、レオのために役立つことだったからだ。自分の評価などどうでもいい。彼が満足し、幸せでいることが、彼女のすべてだった。



 ある日、レオが困難な状況に追い込まれ、「もう無理かもしれない」と弱音を漏らしたとき、セレナはそっと彼の手を握り、優しく囁いた。

「私は、あなたがどんな時も頑張れるって知ってるわ。だから、諦めないで。私はあなたのそばにいるから。」


 彼女の言葉に励まされたレオは、「君は本当にすごいよ」と微笑んだが、その裏では、彼女の存在を「当然のもの」と思い始めていたことに気づいていなかった。セレナは、レオの些細な言葉にさえ希望を見出し、「この努力はいつか報われる」と信じていた。




 社交界の人々は、二人の仲を微笑ましく見守っていた。身分の違いこそあれど、幼馴染同士の絆が深く、セレナがレオを信頼し支えている姿は、多くの人の心を打った。


「ウィンフォード家の令嬢とエヴァレット家の青年――身分を超えた愛なんて素敵だわ。」

「身分違いとはいえ、あの二人はまるで運命の恋人同士のようだわ。」

「彼がもう少し地位を上げれば、二人は結ばれるかもしれない。」

「ウィンフォード家の令嬢にあそこまで尽くされるなんて、エヴァレット家の若様も幸せ者だ。」


 社交界ではセレナの献身が話題になっており、彼女の尽くしぶりは「美談」として人々の口にのぼっていた。貴婦人たちは、グラスを片手にセレナとレオの姿を眺め、微笑を交わしていた。二人の仲睦まじい様子は周囲の心を和ませ、彼らはまるで物語から抜け出してきた恋人のように見えた。


「セレナ様はあんなに美しく優しいのに、レオ様をずっと支えていらっしゃるのだから、愛の力とは素晴らしいものね。」

「お似合いだわ。あのまま結婚してしまえばいいのに。」


 二人が一緒にいる場面を見るたび、人々は穏やかな笑顔を浮かべ、未来の結婚を暗黙のうちに期待していた。


 レオが剣術の大会で優勝したときには、セレナが舞台裏で満面の笑みを浮かべながら「おめでとう、あなたならできると思ってた」と言っていた。その姿は、まるで恋人同士のように自然だった。


 男性たちの間でも、レオは密かに注目の的となっていた。


「エヴァレット家の次男がウィンフォード家の令嬢に愛されるとは、うらやましい話だ。」

「まさか、身分が違うのにあそこまで尽くされるとはな。さすがの彼も重圧を感じているだろう。」


 彼を羨む声の中には、少なからず嫉妬も混じっていた。名家の美しい令嬢を味方に持ちながらも、自分自身の努力で評価を得ようとする彼の姿に、周囲は一目置いていたが、同時に「失敗するなよ」という無言の期待も寄せていた。


 セレナにとって、そのような周囲の声はさほど重要ではなかった。彼女の心の中にあるのは、ただ一つ――「レオの力になりたい」という願いだった。彼のためなら、どんなことも惜しくない。たとえ自分が壊れたとしても、彼が幸せになるのならそれでいい。


 セレナは、いつかレオが自分を「伴侶」として選んでくれることを信じていた。彼の夢が叶い、二人が一緒に未来を歩む日が来ると疑わなかったのだ。彼の出世が自分の喜びであり、彼の幸せが自分の幸せだった。


「私がいれば、彼はきっと成功する。」そう信じ、彼のそばで笑顔を絶やさずにいた。




 舞踏会の喧騒が静まった晩、セレナはレオから「話がある」と呼び出された。彼の声はいつも通り穏やかで、彼女の胸には何の疑念もなかった。彼と過ごす時間は、彼女にとって何よりもかけがえのないものだった。しかし、この夜は、彼女の世界が崩れ去る瞬間となる。


「セレナ、君には感謝しているよ。君がいなければ、ここまで来られなかった。」


 レオは柔らかな笑みを浮かべながら、彼女の目をじっと見つめた。その表情には、どこか温かさがありながらも、同時に冷たいものを感じさせる何かがあった。セレナは心のどこかで微かな違和感を覚えた。感謝の言葉に宿る感情の欠落は、彼女の心に影を落とした。


「僕はアルヴェイン家の令嬢との結婚を決めたんだ。」


 まるで天気の話でもするかのように、淡々とした口調で告げる。レオの言葉はセレナの心に鋭い刃のように突き刺さり、彼女はその瞬間、何もかもが崩れ去る感覚に襲われた。


「……結婚?」


 彼女の声はか細く、震えた。心臓が一瞬止まったように感じ、視界が揺らぎ、目の前のレオが霞む。床が崩れ落ちていくような恐怖感が彼女を襲った。


 レオは、彼女の困惑を見ても動じることはなかった。


「僕の立場を考えてほしい。アルヴェイン家との繋がりが、僕の将来には必要なんだ。」


 その言葉には、理性的な響きがあった。彼の声は静かで、落ち着きに満ちていた。しかし、その中に愛情の痕跡は微塵も見当たらなかった。


 セレナは言葉を失い、ただ彼の口から出てくる冷酷な論理に呆然とするしかなかった。彼女にとっての未来、彼との未来が、彼の出世の道具に過ぎなかったことを実感するのは、あまりにも残酷だった。


 レオは心の中でこの決断をすでに幾度も反復していた。彼にとって、アルヴェイン家との結びつきは自身の立場を確固たるものにするための策略であり、セレナとの関係は「過去の遺物」となった。彼は彼女の心情を一切顧みず、自分の道を貫くことを選んだのだ。


「君の献身がなければ、今の僕はない。だから、感謝している。でも、これからは君と違う道を歩むことになる。」


 その言葉がセレナの心に深く突き刺さり、彼女の存在を軽視しているかのように響いた。彼女にとっての愛は、彼にとってはただの計算の一部に過ぎないのだと、彼女は初めて気づいた。


 レオは静かにセレナを見つめながら、心の中でその決断を完了させた。「アルヴェイン家との結婚が、僕にとっての幸せだ。」そう自分に言い聞かせ、彼女が無力感に襲われていく様子を眺めていた。


 彼の心には、一切の揺らぎはなかった。セレナの感情がどうであれ、彼の選択は揺るがないものであり、その確信が彼を支えていた。


「これが正しい道なんだ。将来を見据えた、冷静な判断だ。」


 レオは、冷静に自らの未来を描き、その中にセレナの存在を消し去っていった。彼女がどれほど傷つくか、どれほど苦しむかを考えもしなかった。それが彼の選択であり、彼の策略だった。


 セレナは、必死に胸の奥から湧き上がる言葉を見つけようとしていた。だが、レオはその一瞬の間すらも与えなかった。


「もちろん、君のことはこれからも大切に思っているよ。」


 レオは微笑を浮かべながら、セレナの肩に手をそっと置いた。その仕草は優しげで、まるで彼女の不安を解きほぐすかのように見えた。だが、その優しさには、彼自身も気づかない無意識の残酷さがあった。


「君もわかってくれるだろう? これは僕の出世のためなんだ。」


 彼はまるで、これは二人の間で当然の結論だというように語った。揺るぎない自信と落ち着いた声音――それは、彼女が反論することすら許さない圧力を伴っていた。


「君も僕のことを理解してくれると信じてる。」


 この言葉が決定打だった。レオにとって、セレナが自分を支えることは“理解”の一部であり、“愛”の証だと信じていた。彼の中で、彼女が反対するという選択肢は存在しない。


 セレナは震える唇で問いかけた。


「あなた……私を捨てるの?」


 彼女の声は今にも途切れそうだったが、それでも最後の力を振り絞っていた。しかし、レオは変わらず穏やかな笑みを保ち続け、何の葛藤もなく答えた。


「捨てるなんてそんなことはないよ。ただ、僕たちにはそれぞれの役目があるんだ。」


 彼の声には一切の迷いがなく、彼女への慰めすら冷静な計算の上に成り立っていた。彼はまるで「これはお互いのためになる選択だ」とでも言うかのように語り、セレナを取り巻く最後の希望すら打ち砕いていった。


「私が、あなたのためにどれだけ……」


 彼女の声は途切れ、胸の奥から湧き上がる感情に飲み込まれていく。怒りでも、悲しみでもない。これは――虚無。――全身の力が抜けていき、彼女はその場に崩れ落ちそうになった。


 その瞬間、セレナはようやく理解した。レオの優しさは、彼女が反論しないようにするための手段だったのだ。彼の言葉の奥にあるのは、自分がレオにとって「便利な道具」であり、必要な時だけ使われる存在に過ぎなかったという冷酷な現実だった。


 レオは彼女を道具として扱いながらも、彼女が自分に従い続けることを当然のように信じていた。


「君は僕を理解してくれる。僕のために尽くしてくれる。だから、これからも僕のそばにいるべきだ。」


 その理屈は彼にとって、何の違和感もない真実だった。彼女の意志など考慮する必要すらない――それがレオの“優しさ”に隠された本質だった。


 セレナの喉が詰まる。何か言い返そうとしても、レオの言葉に完全に封じ込められていた。彼の微笑みと「理解を信じている」という言葉は、彼女に「自分が反対するのは間違いなのだ」という感覚を植え付けた。彼女はすでに、逆らうという選択肢を失っていたのだ。


 レオは彼女の肩を軽く叩き、「君は僕に必要な存在だ」とでも言うように視線を向けた。


「これからも、君は僕を支えてくれるよね。僕が君のそばにいる限り、君も幸せだろう。」


 その言葉が、彼女の心に最後の一撃を与える。疑問ではなく、当然の事実を告げるものだった。彼はもはや彼女を愛する人間ではなく、計算された優しさで従わせる操り手だった。そしてセレナは、その操り糸が絡みついたまま、動けなくなっていた。




 その夜、セレナは一人、自室のベッドに座っていた。窓の外には満月が浮かび、静かな夜が広がっていたが、彼女の心は荒れ狂う嵐のようだった。


「私は……何だったの?」


 その問いが頭の中で繰り返される。レオのために捧げた時間、彼のために犠牲にした未来、そして自分が注ぎ込んだすべての愛。それらは、彼にとって何の意味もなかったのだろうか。彼女がいかに彼に尽くしても、その努力は無に帰したのだと、ようやく理解することになった。


 彼を信じ、共に描いた未来を夢見て尽くしてきた自分が、ただの「道具」でしかなかったという現実に、セレナの心は音を立てて崩れていった。


 涙が頬を伝うが、その涙には怒りや悲しみはなかった。彼女の目に浮かぶのは、ただ虚無感だけだった。何か大切なものが、根こそぎ奪われてしまったような感覚。心の奥底に押し込めていた感情が、一気に溢れ出そうとするが、それを受け止める余裕はなかった。


「もう、何も残っていない……」


 その瞬間、彼女の中の何かが完全に壊れた。すべてを尽くしても、彼女が必要とされない存在であることを受け入れるのは、あまりにも辛かった。献身という名の鎖が切れ、彼女は深い孤独と虚無の中に飲み込まれていった。



 翌朝、セレナは鏡に映る自分を見つめた。かつての輝きは微塵も感じられず、ただ無表情で沈んだ目が映っていた。まるで心の奥深くに、重い雲がかかっているかのようだった。彼を支えることが自分のすべてだった彼女にとって、今やその意味は消え去っていた。


「もう……どうでもいい。」


 呟いた言葉は心の奥から絞り出されたように響き、彼女の口から出ると同時に、深い虚無感が胸を締め付けた。彼女は窓の外に目を向けた。その向こうにはいつもと変わらない世界が広がっていたが、その世界はもう遠いものだった。彼女の心は重く、無情な運命の中でひとり取り残されたようだった。


 セレナは、壊れてしまった自分自身を抱えながら、この先どうやって生きていけばいいのかもわからず、ただ呆然と座り続けた。彼女の目は虚ろで、どこか遠くを見つめている。レオへの想いは、もう思い出すことすら恐ろしいほどに痛みを伴っていた。そして未来への希望も、すべて奪われた今、彼女には何も残されていなかった。心の奥底で感じる空虚感が、彼女をさらに深い絶望へと引きずり込む。彼女はその場で身動きもできず、ただ時が過ぎ去るのを待っているだけだった。




 セレナはレオの裏切りによって粉々に壊れた心で、彼との関係を断ち切る決断を下す。その瞬間、彼女の内側で何かが崩れ落ちる音が聞こえた。絶望の中で彼女は自分を見失い、以前のような明るい微笑みを失った。目の前に広がる世界は色を失い、何をしても心が満たされることはなかった。食事をとることも忘れ、日常生活はただ流れていくばかりだった。


 彼女が身を置く貴族社会は、セレナとレオの関係を温かく見守っていた。その期待と愛情は、二人の未来に対する確信をもっていた。しかし、裏切りが明るみに出た瞬間、周囲の空気は一変した。セレナの友人たちは、彼女の心の傷を理解しながらも、レオに対する非難の声を上げ始めた。


「彼の所業は許されないわ。」

「セレナはあんなに彼を思っていたのに、なんて冷酷なことをするのかしら。」


 貴族たちは、セレナの悲劇を知り、怒りを覚えた。その声は次第に大きくなり、貴族社会全体に広がっていった。彼の名前が口にされるたびに、冷ややかな視線が集まり、彼はまるで社会の敵のように扱われるようになった。彼の行動は許されるべきものではなく、非難の対象となった。


 セレナは、周囲の非難の声が耳に入るたびに、自分がどれほどの傷を負っているのかを再確認させられた。彼女の絶望は、単に彼を失ったことにとどまらず、彼を守ろうとした自分自身をも失うことだった。周囲が彼を責め立てる中で、彼女はただ静かにその場に立ち尽くすことしかできなかった。


 孤独感が彼女の心を締め付け、まるで深い海の底に沈んでいくようだった。誰も彼女の痛みを理解することはできず、彼女は一人、暗い海の中で呼吸を忘れ、心が壊れてしまう恐怖と戦い続けていた。周囲の人々の言葉は、彼女にとって何の慰めにもならなかった。彼女は孤独な戦士のように、絶望と闘う日々を送り続けていた。




 セレナが去った後のレオの生活は、まるで崩れた砂の城のようだった。彼の周囲には、かつての栄光や人々の期待があったはずなのに、そのすべてが彼の目の前から消え去っていく。新たな地位や出世を目指す彼の心の中に、セレナが果たしていた重要な役割を実感する時間が訪れた。しかし、もはやそれは取り返しのつかない過去だった。


「このままじゃいけない……。」


 レオは自分に言い聞かせたが、状況はさらに悪化する一方だった。彼の仕事は次々と失敗し、周囲の期待は冷たい視線に変わっていった。アルヴェイン家との関係もぎくしゃくし、彼の社会的地位は次第に揺らぎ始めた。かつて彼が目指していた成功は、まるで夢のように遠くに感じられた。


 レオは毎晩、自室の中で自分の選択を思い返した。セレナと築いてきた関係を軽視し、彼女を道具のように扱ったことが、彼の成功の陰にあった支えを壊したのだと気づく。彼女の無償の愛と献身が、実は彼を支える力の源泉だったことを痛感したときには、すでに時遅しだった。


 周囲の期待に応えられず、もはや自分に自信を持てなくなったレオは、次第に追い詰められていく。ある日、思い切ってセレナに手紙を書くことを決意した。


「セレナ、君には心から感謝している。そして、戻ってきてほしい。」


 レオの言葉は、一見丁寧で真摯だったが、心の奥底には焦りと虚しさが満ちていた。彼の心には彼女がどれほど傷ついていたのか、そして自分がどれだけ無神経だったのかを考える余裕はなかった。形式的な謝罪に終わるその言葉は、彼にとっても虚しく響いた。自分がかつての彼女にどれほどの想いを抱いていたのかを理解しているようで、結局彼女を取り戻すための本当の努力を放棄していたからだ。


 しかし、セレナはレオの手紙を読み、心の中で激しく葛藤する。レオが危機に瀕していると。彼を慕う気持ちは未だ消えていない。だが、それ以上に再び裏切られることへの恐怖が激しく彼女を苛む。


「戻ったとしても、また同じように傷つけられるかもしれない……」


 彼女は深い思索に沈み込む。その恐怖は、彼を愛していたからこそ大きく強く深く、再び彼に心を開くことがどれほど危険かを痛感させた。最終的に、彼女は心の声に従い、彼の手紙を燃やした。


「もう二度と会いたくない・・・怖くてたまらない・・・。」


 その決意が、彼女の心を固めていた。セレナは、かつての彼を愛していたが、同時に自分を守るためには彼を拒絶しなければならないと理解していた。


 レオの人生は、セレナを失ったことによって完全に崩壊していた。彼女がいた頃の彼の生活は、確実に今とは違っていた。その日常は色あせてしまい、レオの心にはただ、セレナを失った後悔だけが残された。レオはもう、セレナの傍にいることはできない。彼女が選んだ道が、彼にとっての苦痛となり、未来への光を失ったまま、孤独な影に飲み込まれていった。




 冷たい風が吹き抜ける秋の午後、セレナは自室のソファに腰を下ろしていた。外は薄曇りで静まり返っており、彼女の心にはレオへの未練が重くのしかかっている。『また裏切られるかもしれない』と感じた恐怖も、未だに忘れられずにいた。痛む心に影がまとわりつく。過去の傷がまだ癒えぬまま、彼女は新たな選択を迫られているのだ。


 そのとき、部屋の扉がノックされる音がした。セレナはその音に驚き、身を乗り出す。突然の訪問者の知らせであった。


「どうぞ、お入りください。」


 セレナは自ら声をかけ、ドアが開かれるのを待った。目の前に現れたのは、アレク・ランカスターだった。彼は、レオのライバルとして知られる男で、彼女の心の中に微妙な緊張感を生み出した。セレナはアレクがこの場にいる理由がわからず、不安と好奇心が交錯していた。


「セレナ嬢、実は僕、君にお願いがあって来たんだ。」


 アレクはその真剣な表情を崩さず、彼女に向き合った。


 セレナは、レオのために以前からアレクについて調べていたため、彼の家柄や性格などを知識としてはよく知っていた。だが、お願いの内容に心当たりはなかった。


「お願いとは、何でしょうか?」


 セレナはさらに警戒心を強め、アレクの言葉を待った。


「僕は、君と結婚したいんだ。」


 アレクはその瞬間、真剣な目で彼女を見つめた。


「結婚?」


 セレナは驚き、心の中で何が起こっているのか理解できなかった。


「ずっと前から君に憧れていた。君の優しさや強さが、僕には眩しかった。君の傍にいるレオが羨ましかった。だから、君の傍で君を守りたいんだ。」


 アレクの言葉には、セレナに対する強い想いが込められていた。


 しかし、セレナの心にはまだレオへの未練が残っていた。彼女はアレクの申し出に心が動く一方で、再び裏切られる恐怖が強くのしかかっていた。


「私はもう、レオに会いたくないと思っています。裏切りの痛みを再び味わうのは、もう耐えられないから。」


 アレクは頷き、セレナの気持ちを理解するように静かに彼女を見つめた。


「君がそれを望むのなら、僕が君をレオから遠ざける手助けをする。君の心が本当に幸せになるために、全力で支えるから。」


 その言葉にセレナは心を動かされ、彼の求婚を受け入れる決意を固めた。


「それでは、私と結婚してくださるなら、私をもうレオに会わせないでください。」


 アレクは微笑みを浮かべながら頷いた。彼はセレナの心を尊重し、大切にする人物であることが、彼女の心に安心感をもたらした。レオとは対照的に、アレクは彼女の選択を尊重してくれる存在だった。


 セレナはこの決断が自分に新しい未来をもたらすことを願った。レオのライバルに嫁げば、おのずと彼への未練も消化されていくだろう。過去の痛みを乗り越え、新たな人生を歩む決意を胸に秘めながら。


 アレクの心にはセレナを幸せにしたい、守りたいという思いと同時に、レオに対する暗い復讐心が静かに渦巻いていた。自分があれ程羨んだセレナの献身を一身に受けておきながら、手酷い裏切りで返したレオを激しく憎悪していた。しかし、その思いをセレナに見せることはなかった。


 セレナはまだアレクの内に秘めた感情に気づいていなかった。やっと心に整理をつけて、前に進めそうだと安堵するばかりだった。




 エヴァレット邸の書斎に、乾いた木靴の音が静かに響き、家臣が一通の手紙を手渡した。封を開いた執事が、重々しい口調で告げる。


「ランカスター卿が、ウィンフォード家の令嬢との婚約を正式に発表されました。」


 その瞬間、レオの心を貫くような衝撃が走った。信じがたい言葉に、手元の書類が机の上に滑り落ちる。


「……アレクが、セレナと……?」


 低く絞り出した声が、自分の耳にも信じられないほど震えていた。まさか、自分のライバルであるアレクがセレナと結婚するなど、思いもよらなかった。レオにとって、セレナは何があっても最後には自分のもとに戻ってくるべき存在だった。


 彼女の献身、笑顔、温かな視線――それらすべてが自分に与えられて当然のものであり、他の誰にも渡らないはずだった。それが、よりによってアレクに……。喉の奥が焼けつくように痛む。


 レオは拳を固く握り締め、震える手を机に叩きつけるように押し付けた。皮膚が擦れる感覚も、痛みも感じなかった。ただ、心の奥で膨れ上がる喪失感が、理性を徐々に侵していく。


「セレナが、アレクのものに……?」


 呆然としたまま、心に押し寄せる絶望をどうすることもできない。今まで自分のものであったセレナの献身も愛情も、これからはアレクのために捧げられる――その事実が、彼の胸に深い傷を刻んだ。


「どうして……俺じゃなく、あいつなんだ……?」


 声に出しても、その問いに答えなど見つからない。どれだけ考えたところで、彼女が自分のもとに戻ってくることはない。それが確定した瞬間、レオの心に重たい暗闇が静かに広がっていく。


 彼は椅子にもたれ、疲れ果てたように額を押さえた。思い出されるのは、何度も振り返ってしまう彼女との日々。どんなに愚かだったのか――彼女が自分に尽くしてくれていたとき、その温もりに甘えてしまったのだ。


 だが、もう遅い。今さら何を悔やんでも、セレナはアレクと新たな未来を歩み出している。自分の過ちを取り返す術などどこにもなかった。


 ふと、冷たい笑いが漏れる。

「……結局、俺は何を失ったのかすら、わかっていなかったのだな。」


 彼は書斎の窓から外を見やるが、その視線の先には何も映らない。ただ、胸の内に残るのは、取り返しのつかない絶望と喪失感だけだった。


 社交界で嘲笑され、レオが悪評の中に沈んでいく未来が、確実に近づいていた。




 豪華なシャンデリアが輝く貴族たちの社交の場――舞踏会の合間のひそひそ声が、レオ・エヴァレットを巡る噂で沸き立っていた。鏡のように磨かれた大理石の床の上を、ドレスを纏った貴婦人たちが優雅に滑りながら、彼を笑いものにする冷たい言葉が飛び交う。


「エヴァレット家も、これでおしまいね。」

「まさかアレク・ランカスターにセレナ嬢を奪われるとはね。」


 ガラスの杯を手に、貴族たちは口元に微笑を浮かべながら言い合う。その微笑には、憐れみなど一切なかった。むしろ、失敗者が転げ落ちる様を楽しむような無慈悲な残酷さが漂っている。


「レオ様、あの美しいセレナ嬢を逃がすなんて、まったく見る目がなかったわ。」

「自分から幸運の女神を手放すなんてね。」


 誰もが笑い、誰もが同意する――レオは愚か者だと。彼が縋っていた最後の希望、アルヴェイン家との婚約も立ち消えたという噂は瞬く間に広がった。


「聞いたかい? アルヴェイン家もとうとう距離を置いたらしい。」

「そりゃそうさ。エヴァレット家に未来なんてないだろう?」

「哀れだが、仕方ないな。」


 レオのかつての友人たちも、今では誰も手を差し伸べようとはしない。貴族社会の掟は冷酷だ。失脚しつつある者には、同情ではなく嘲笑を浴びせる。それが彼らの流儀だった。


 一方、アレク・ランカスターの名声は急上昇していた。セレナを娶ったことで、アレクは貴族社会の頂点へと着実に近づいていた。


「ランカスター卿は見事だよ。エヴァレットの若造を出し抜いて、あのセレナ嬢を手に入れたんだからな。」

「まるで幸運の女神に愛されたかのようだ。」

「いや、幸運の女神と結婚したんだろう?」

「「「違いない!」」」


 レオとアレクの比較は容赦なく行われ、あたかも勝者と敗者を確定するかのように語られた。


 邸に戻ったレオは、暗い書斎の中でただ一人、机に崩れるように座っていた。婚約破棄の知らせを受けたときの心の冷え切った感覚が、まだ身体にまとわりついて離れない。アルヴェイン家から絶縁を告げられた瞬間、彼の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。


「……終わったんだ。」


 虚ろな声が、静かな部屋に吸い込まれていく。セレナが他の男の腕に抱かれ、アレクがその場所を手に入れた――その現実を突きつけられるたび、レオは胸が締めつけられるような苦しみに襲われた。


 彼の周囲からは次第に人が離れていく。かつて親しかった友人たちも、今では彼の名前を嘲笑の材料にするだけだ。


「エヴァレットはもう終わりだ。」

「哀れだな。こんな結末を迎えるとは。」


 誰一人として彼を助けようとはしない。社交界での立場も、誇りも、すべてが崩れ去っていく。


 レオは、ぼんやりと書斎の窓から外を見た。遠くの灯りが揺らめく夜の街――かつてはこの街で自分が誰よりも輝いていたはずなのに、今やその光は届かない。


「あのとき、セレナを手放さなければ……」


 悔恨の念が、無限に胸をかきむしる。しかし、いくら後悔しても彼女は戻らない。セレナを裏切った代償が、こうして形となって彼の人生に返ってきたのだ。


 書斎の扉の向こうから誰かの気配がするが、レオは振り向く気力すらなかった。無情な運命に引きずり込まれ、彼はただ、静かに沈んでいくしかなかった。


 そして彼は悟る。もう二度と、あの輝かしい日々が戻ることはないのだと。




 アレク・ランカスターにとって、セレナ・ウィンフォードは特別な存在だった。彼が幼い頃から抱いていた感情は、単なる憧れや好意ではなかった。セレナの気高い品性、誰にでも分け隔てなく優しさを与える心、そしてその誰かのために身を尽くす献身――アレクはそのすべてに心を奪われていた。


 しかし、その愛情を素直に示すことはできなかった。セレナの目が常にレオ・エヴァレットだけを見つめていると知っていたからだ。彼女の献身を受けるレオを横目で見ながら、アレクは胸の内に苦い思いを抱え続けた。嫉妬ではない。羨望に似た感情を、彼はずっと心の奥底に押し込めてきたのだ。


「彼女が、なぜお前なんかに……」


 セレナがすべてを捧げてきたレオが、あろうことか彼女を裏切ったと知ったとき、アレクの胸の奥に秘められていた感情が激しく燃え上がった。それは単なる怒りではなかった。ずっと見守ってきた彼女を傷つけた者への憤り、そして正義を執行するという冷静な決意だった。


「彼女を傷つけた罪は重い。お前に二度と幸せは訪れない。」


 アレクは静かにそう誓った。彼の復讐は、レオへの私怨ではなかった――それは、セレナを裏切った罪人に与えるべき正しき報いだった。


 アレクはただ感情に任せて動くような男ではない。復讐の計画は、冷酷かつ緻密に進められた。レオが失墜するための糸を一本一本手繰り寄せ、彼の信用をじわじわと蝕んでいく。


 まず、レオを支えるはずだった人脈を巧妙に断ち切った。取引先や縁談を少しずつ遠ざけ、気づかれないように彼の立場を崩していく。アルヴェイン家との縁談も、アレクの水面下での動きにより完全に破談となった。


 しかし、アレクは決して焦らなかった。レオを一気に追い詰めるのではなく、じわじわと苦しませる。まるで毒が少しずつ体を蝕んでいくかのように、彼は時間をかけてレオの再起の可能性をすべて潰していった。


『私と結婚してくださるなら、私をもうレオに会わせないでください。』


 アレクは求婚時のセレナの言葉を思い出す。


「これで、お前はもう彼女に近づけない。」


 静かな書斎で、アレクは独り言のように呟いた。その声には勝利の興奮は一切なかった。ただ、正しき裁きを行ったという冷ややかな満足感だけが漂っていた。


 窓の外には夜の帳が静かに降りていた。アレクはセレナを奪ったことで、貴族社会の中で絶対的な地位を手に入れた。しかし、それが彼にとって重要なことではなかった。彼の目的は、セレナを守り、もう二度とレオが彼女を傷つけることがないようにすることだった。


 アレクの心の中には、レオとの勝敗を喜ぶ気持ちは一切なかった。ただ、セレナがレオという呪縛から解放され、新たな人生を歩むことができる――その確信があれば、それで十分だったのだ。


 彼の復讐は終わった。レオが孤独と絶望の中で沈んでいく様を、アレクはこれ以上見届けるつもりはない。すべてはセレナのため――それが彼の信じた「正しき愛」だった。


 そして、アレクはその夜、セレナのもとへ帰る。暖かな灯りがともる彼女の部屋を見上げ、彼は微かに微笑んだ。その笑顔には、セレナへの深い愛と、守り抜くという決意が静かに宿っていた。


「これで、ようやく君は自由だ。」




 結婚後、アレクは、常にセレナの心を最優先に考えた。彼は彼女に無理をさせず、決して急かすこともなかった。過去の傷に心を痛める彼女に寄り添い、その気持ちを理解することが最も大切だと信じていた。


 アレクがある晩、セレナと静かな庭園を散歩しているとき、彼は立ち止まり、彼女の目を優しく見つめた。


「君が望むときに、望む場所に行こう。それがいつであっても、僕は君のそばにいる。」


 その言葉が彼女の心に響き、セレナは安堵の息を漏らした。彼の優しさはどこまでも自然で、作り物ではない――その確信が彼女の心の中で温かく広がっていくのを感じた。アレクの存在は、まるで心の奥にそっと寄り添うように、彼女の不安を和らげてくれた。


 少しずつ、セレナは自分の中でレオへの未練が薄れていくのを感じ始めた。彼女は、もう誰にも依存しない自分を取り戻すため、アレクと共に新たな未来を歩む決意を固めていた。


 毎晩、アレクが優しく彼女を見守りながら、ささやくように語りかける時間が彼女にとって大切なひとときになっていった。セレナは、彼との会話の中で自分の想いや夢を少しずつ表現できるようになり、心が解放される感覚を味わっていた。


 彼女はまだ完全に過去の傷を癒せてはいなかった。しかし、アレクの優しさや理解に包まれながら、彼女は今、前を向いて歩む覚悟を持っていた。自分自身のために選んだ新しい道――そこには依存ではなく、自立した未来が待っていると信じていた。


「これからの人生は、私自身のもの。」


 彼女は心の中で強く誓い、アレクと共に歩き出した。彼の隣に立つと、アレクは優しく微笑み、静かに手を差し伸べる。その温もりは、彼女に安心感を与え、未来への希望を抱かせた。


「君の幸せが、僕の願いだ。」


 アレクの言葉には偽りがなかった。彼の瞳には、セレナへの真実の愛と、守り抜く決意が宿っていた。その瞬間、彼女は自分が選んだ道が、間違いではないことを心から実感した。


 セレナはアレクと共に日々の生活を楽しむ中で、過去の傷を少しずつ乗り越えようとする。彼女の側にはいつもアレクが穏やかに微笑みながら支え続ける姿がある。徐々にセレナの中の不安や恐れが和らいでいくのを感じている。彼の優しさと理解は、彼女にとって安らぎの源であり、彼女の心は次第に癒されていった。




 一方、レオは完全に失墜し、かつての栄光も未来もすべてを失っていた。彼の名声は失墜し、社交界では嘲笑の的となっていた。そのすべては、彼自身の愚かさへの報いであり、彼は過去の行いを悔いながら孤独な日々を過ごすことになった。あの栄光に輝いていた日々は、遠い記憶となり、彼の心に深い穴を残していた。


 アレクはセレナのために、あくまで冷静にレオの行動を見つめ、彼女を傷つけた者には相応の報いがあることを信じていた。今、彼はセレナの隣に立ち続け、彼女の幸せを守るために生きる決意を新たにしていた。そして、何よりも彼女が二度と傷つくことがないように、常に寄り添っていた。


 セレナの新しい未来は、真実の愛とともに今、動き始めた。彼女の心には、アレクへの信頼と愛が根を下ろし、彼の存在が日々の支えとなっていた。新たな生活の中で彼女は、今までの痛みや苦しみを背負いながらも、確かな一歩を踏み出していた。彼女は自分自身を取り戻し、愛を育むことができるのだと、心から信じることができた。


 アレクの優しい眼差しを受け、セレナは微笑みを浮かべた。彼女の新しい生活が、愛と正義の結末として、真実の愛を形にしていく未来が待っていることを、彼女は確信していた。

=蛇足*設定&裏話(ご興味ある方のみお読みください)=


①セレナとレオの関係性

・実際は仲の良すぎる幼馴染。恋人関係には発展していない。

・社交界では恋人扱いされ、未来の結婚を暗黙のうちに期待されていたことは、セレナもレオも認識している。


②セレナ

・レオに惚れている。

・社交界で「彼がもう少し地位を上げれば、二人は結ばれるかもしれない。」と言われているように、今のレオの身分では結婚できないわけではないが、将来的に問題が多いためレオの身分を上げようと必死。それゆえの盲目的献身でもある。将来の婿への投資を兼ねた愛情。

・褒めて伸ばすタイプのため、レオに直接欠点を言う事はない。レオの欠点は自分が動いて埋めるスタンス。

・レオの補佐。特にレオに関する社交界での根回し、立ち回りなどはほぼ全てセレナがしており、その内容・重要性をレオは自分に経験がないため把握できていない。

・レオの裏切り後は一度も会っていない。遠目に見かけることすらほぼなく、アレクと周囲により完全ガードされている。そのうちレオが社交界ほぼ追放状態になる。


③レオ

・騎士としての能力は非常に高い。政治的能力は完全にセレナ任せのためないに等しいが、その自覚がない(セレナがレオの見えないところで動いているため、その価値と意味を知る機会自体を喪失している)

・社交界でのレオの評価は、云わばレオの実力とセレナの補佐による二人分の合作である。レオはそれに気づいておらず、自分の実力のみでの評価だと勘違いしている。(セレナは正確に把握している)

・セレナに親愛はあっても恋情はない。良くしてくれるし、何もなければこのまま結婚でもいいかな程度の思い。

・アルヴェイン家の令嬢に認められたと過信しているが、実際は手のひらで転がされている。

・セレナが離れ、セレナに手紙を書いた頃にやっと、実際のセレナの価値、自分の今までの社会的な立ち位置に疑問を持つ。まだ正確な理解まではいたっていない。

・セレナとアレクの結婚を知った段階で半分の理解。ラストの完全に失墜した段階で9割の理解。完全理解までは最後までいかず、アレクの暗躍にも気づくことはなかった。

・家の力が強いウィンフォード家・アルヴェイン家、これから力をつけていくだろうランカスター家との関係悪化から、レオ個人だけではなくエヴァレット家としても大きな打撃を受ける。


④アルヴェイン家の令嬢

・レオとの婚約話は評判が高いセレナをやっかんでの嫌がらせと、ウィンフォード家へのジョブ程度の攻撃。恋情はない。実は婚約がまとまろうがどうなろうがどっちでもよかった。

・揺さぶりをかけることが目的で特に裏工作等はしていない。レオが断ればそれまでの話だった。承諾されたことが寧ろ想定外。

・恋人と噂されているだけで婚約しているわけでもないウィンフォード家が、正式に婚約を申し込んでいるアルヴェイン家に抗議できる道理がないことを逆手に取った。

・接触してすぐにレオの政治力のなさ、貴族としての話術の拙さに気付く。

・結婚したとしても、騎士として死ぬまで使い潰すなり、飽きたところで離婚するなり、放置して愛人を囲うなり、中流貴族の次男ならどうにでもできると思っていた。

・当然レオが幸せになれる可能性はかなり低かった。

・ただの思いつきが思いのほかセレナにクリティカルヒットしたことに大満足。この時点でレオはバカ認定。

・アレクの仕込みもあり、レオの評判が悪くなったタイミングで頃合いだと容赦なく切った。目的は果たしたので既に用済みだった。


⑤アレク

・レオと同じような身分で騎士としての能力はレオと互角。社交界での立ち回りもそつがなく、貴族としての能力も高い。

・セレナに一目惚れ。その後見かける度に二度惚れ、三度惚れを繰り返し、もはや女神信仰に近い。

・セレナがレオから離れたことを知った瞬間から復讐を開始しており、求婚時には既に進行中。「私をもうレオに会わせないでください。」との望みはアレクにとっても都合がよく歓喜した。しかし、その望みがなかったとしても結末は変わらない。

・レオの立場を奪い、社交界にも根回しし、実力で社交界での評価と身分をきっちり上げてからセレナを娶っている。

・実はセレナからの静止があれば、その時点で復讐は終了予定だった。しかし、セレナもレオもアレクの暗躍自体に気付いてすらいなかった。(セレナはレオの事を意識的に考えないようにしていて、レオは無能さから気づかない)

・アルヴェイン家の令嬢については特に思うところはない。レオが断ればそれまでの婚約話であったことは調べがついており、セレナもアルヴェイン家については貴族としての駆け引きであったと認識している。


⑥社交界での評価

<セレナ>

名家の令嬢、能力、献身性と評判が非常に高く、社交界では一二を争う淑女との名声と人望が集まる。

➡レオから離れた後、同情が集まったことで新しい人脈ができた。評判が上がることはあっても下がることはなかった。


<レオ>

騎士としての能力がいくらあったとしても所詮中流貴族のしかも次男でしょ?が実情。そこから、評判が高いセレナがあれ程献身するならば、何かあるのだろうとの期待から大幅に底上げ。それに加えて、セレナとウィンフォード家に睨まれないようにレオについて悪いことを滅多に言えないでいる。

➡セレナが離れた途端、アレクの仕込みと今まで言えなかった反動も含めて悪評が爆発する。


<アレク>

騎士としての能力も社交性も高く、ないのは身分だけ。その身分も将来有望なため早いうちに解決するだろうとかなりの高評価。レオとライバルだったので社交界でもずっと比較されてきた。セレナありきのレオの評価と比べ、自分だけで評価を上げているアレクの方が元々社交界での評価は明らかに上だった。しかし、セレナとウィンフォード家への配慮から、公にはレオと同等という扱いを表面的には受けていた。

➡セレナと婚約後、レオへの忖度の必要がなくなったことで正当な評価を受けるようになる。セレナを手に入れ、自分の身分もきっちり上げた上でセレナを娶ったことに感嘆される。

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「ここは西洋風の貴族社会」でズッコケました。 前書き等の作品外ならいざ知らず、作中で書いたらメタなギャグにしかなりませんよ。 アルヴェイン家がおバカすぎて苦しいです。 実際に婚約の形を整えているかい…
名家って公爵家、侯爵家? 中流貴族って伯爵家? 下流なら男爵? 婚姻が難しいなら公爵家と子爵家? 名門家への婿入り? 次男なら結婚すれば騎士爵? そういうのが気になって、途中で読み直したりして… 何か…
 セレナ、レオ、アレクはよくある「男に捨てられた令嬢がイケメンに拾われる」テンプレ展開なので、普通に感じました。  異質なのはアルヴェイン家の令嬢と、エヴァレット家の去就です。  社交界でも好意的に見…
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