山の上で「アブダクショーーーン!!」と叫んでたら四次元人からクレーム喰らった。
このところのタカシの日課は、UFOを呼ぶ儀式を行うことである。
彼は先週のテレビでUFO特集を観て以来、是非とも宇宙人と遭遇したいと思っていた。
学校から帰るやいなやランドセルを放り投げ、裏の山までひた走る。
そして頂上で両手を上げ、
「アブダクショーーーン!」
と何度も何度も絶叫するのだ。
今日も今日とてもタカシは叫ぶ叫ぶ。
「アブダクショーーーン!」
「アブダクショーーーン!」
しかし彼の頭上にはお日様がカンカン照っているばかり。UFOのUの字だって見えやしない。
「アブダクショーーーン!」
ところが、である。
八回目の呪文を言い終わった時、彼の体は白い光に包まれた。
次の瞬間、タカシは奇妙な空間にいた。
ぐんにゃりと曲がった掛け時計がたくさん周囲に貼り付いた部屋のような場所で、壁は伸びたり縮んだり忙しなく動いている。
ドラえ◯もんの道具のひとつ、「タイムマシン」で移動する時の背景みたいだ。
──驚かせてすまない。
突如、声がした。
前から聞こえるようでもあり、後ろからのようでもあり、自分の腹の中で発生しているようでもある。
どこからやってくるのかはわからないが、とにかくその声はタカシの体すべてを満たした。
「もしかして宇宙人の方ですか?」
ついに念願のアブダクションか?! タカシは期待した。
──いや、私は君達が言うところの四次元人だ。
「四次元人? じゃ、宇宙人じゃないのか」
タカシは少しがっかりした。
「ところであなたの姿が見えないのだけど」
──三次元人の君からは、私の姿はうまく認識できないのだよ。だがこちらからは三次元空間は丸見えであって、君たちの言葉の研究もされているから簡単な会話くらいはできるのだ。
「ふうん。で、僕に何の用?」
──忙しいところ悪いが、私は君と交渉しに来たんだ。
「交渉? ってことは僕は三次元世界の代表として選ばれたってこと?」
これはすごいことだぞ、とタカシはワクワクしてきた。
──いや、違う。実は……。
四次元人は言葉を濁した。
──その……アブ……なんとかいう言葉を叫ぶの、もうやめてくれないか。
「え、なんで」
──その言葉、我々の空間では……
四次元人は言いにくそうに、いったん沈黙した。
──下ネタなんだ……。
「下ネタ……下ネタって、具体的には何?」
──…………だ。
小さく発されたその言葉は、どこか官能的な響きを含んでいた。だが小さすぎてよく聞こえない。
「え、何? よく聞こえない……」
──…………だ!!
四次元人はヤケクソみたいに叫んだ。
…………だって?!
タカシは四次元空間にひざまずいた。
僕はそんなにもエロい言葉を、あろうことか山の上から無限の宇宙に向けて発していたのか!
── 君が叫んでいた山の上は、うちのリビングとちょうど交差しているのだよ。想像してみてほしい。うちには年頃の娘がいる。一家団欒の最中、突然卑猥な言葉がリビングに響き渡るのを。
タカシは思い出す。
『タンポポ』という昔の映画を家族で視聴していたところ、突然挿入されたムフフなシーンにリビングの空気が凍ったこと……。
数秒の後、その空気に耐えかねたタカシの父親は笑い出した。
その笑いは幼いタカシに強烈なトラウマを植え付けるほどに長く狂気的なものだった。
あの、トラウマレベルの現象が四次元空間で起こっていたのか?! 僕が原因で?!
「わかった。もう叫ぶのはやめる」
タカシは素直にそう言った。
──ありがとう。
その言葉を最後に奇妙な空間は消え去り、タカシの体は元いた山の上に戻っていた。
四次元人に会えたことはタカシに興奮と感動を与えたが、だからといって宇宙人との遭遇を諦めたわけではない。
四次元人はあくまで四次元人であって、三次元空間における宇宙人とは異なるものだからだ。
考えた末、彼は声を出さずに身振り手振りで儀式を行うことにした。
独自に編み出した、宇宙人がアブダクションしてくれそうな動き──手をヒラヒラさせながらつま先立ちでクルクル回ったりと彼なりの宇宙をイメージした動きで山の上を往復していると、白い光に包まれた。
前回とは違い、時計に囲まれた部屋が現れることはなかった。彼の体はただまばゆい光に包まれるばかり。
やがて、眩しさに目を閉じたタカシの頭の中に何かが響く。
──ちょっとお時間よろしいかしら?
声というより、脳に直接メッセージが届いているような感覚に、タカシは今度こそ宇宙人だと期待した。
「もしかして宇宙人の方ですか?」
──いえ、違います。
「じゃ、この前の四次元人の人?」
──断じて違いますわ! 四次元人なんて! 我々はあんな低次元の存在ではありません!
憤りの感情が伝わってくる。
──あ、誤解しないでくださいね、あなた方三次元人をバカにしているわけでは決してないのですよ……。
「あのぅ、だったらあなたは一体何者なの?」
──あなた方の言うところの五次元人なのです。我々は、四次元人みたいな野蛮で原始的な低次元人みたいに空気の振動ではなく、思念で意思を伝えるのですよ。いえ、あなたたち三次元人が野蛮だと言っているわけではなくて……。
とりあえず四次元人と五次元人の仲が悪いことをタカシは理解した。
「それで、何の用?」
──いえね、ホントに言いにくいんだけど……
そこで五次元人は言葉を切った。
──私は五次元世界の教育機関で長をやっている者なのだけれど、教育機関の庭とさっきの山の上がちょうど交差していて、あなたの姿が生徒たちに丸見えなんです。それで……
五次元人はまたも言い淀む。
「それで?」
──あなたのさっきの動き、どうかやめてくださらないかしら。五次元空間において、あれは非常に卑猥なモノを表す動きだから……