呪われた聖女と呼ばれてますが、知ったこっちゃありません!
この学園では、授業の一環として使い魔の召喚がある。
人を一口で食べてしまいそうな大きな口、金の目、辺りを漂う瘴気、黒く禍々しい巨大な狼。
強い未練を持って死んだ人の成れの果て、冥獣。
阿鼻叫喚に陥る周り、召喚してしまったそれをぼんやりと眺める私。
そして、正気を失っていながらも、私にやさしく頬ずりをする狼。
その日を境に、私の世界は激変した。
「呪われた聖女エステリーゼ! お前との婚約を破棄し、この学園から追放する!」
いつものようにお茶会に呼び出し、いつものように私を貶し、そして今回、第二王子のベルンハルト様は私に婚約破棄を告げた。
はっきり言って、どうでもいい!
のちにパドレと名付けた冥獣は、召喚した当初こそあれだったが、私と契約したことで正気を取り戻し、半分聖獣になっている。
禍々しかった体も普通に黒いモフモフだし、子犬の姿にもなれるし、なんなら一部の生徒にも人気だ。
私の魔法だって、癒しや浄化はこれまで通り使えるし、闇の魔法が新たに使えるようになった。
だというのに、ベルンハルト様は...。
『穢れた獣をいつまで放置しているつもりだ! お前の力はそんなものか!?』
『お前には僕の婚約者としての自覚はないのか!』
『おい、このままでは本当に解消だぞ!?』
『この間のテストは散々だったようだな。穢れた獣なんかと契約するからだ』
...まあ、最後のほうは事実ではあるが。
パドレは人化もできるのだが、同い年ならともかく、大人の姿だと私の魔力は一気に持っていかれる。
あの日、なにをしていたのか聞いてみたが、パドレは目をそらしてごまかすだけだった。
それはそうと、私はベルンハルト様のことをまったくお慕いしていない。
金髪碧眼の端正な顔立ちは令嬢に人気のようだが、家族を侮辱するようなやつなんか、こっちから願い下げだ。
お茶会に出されるデザートがおいしいから、かろうじて好意がプラマイゼロなだけ。
そもそも、聖女だなんて周りが勝手にそう言っているだけで、私は強い光の魔力を持っているだけの、平民の小娘だ。
十二歳で学園に入れられて、ベルンハルト様と婚約させられて早三年。
...向こうが言ってくるなら、もういいよね?
「わかりました。じゃあ、出ていきます」
食べかけのタルトを、お行儀悪くも手づかみでパクリ。
紅茶を一気に飲み干してから、手と口元を浄化しておく。
「ごちそうさまでした。それじゃ」
「......は?...おい、リーゼ!」
さっきのはマズかったかなと思いつつも、なんかもういろいろ面倒だ。
ベルンハルト様の静止が聞こえたような気がしたが、私はさっさとその場をあとにした。
「パドレ、来て。帰るよ」
「...どうした、エステル? その様子じゃ、ただごとじゃないな」
よかった。今回は早く来てくれた。
転移が使えるパドレ(曰く、死んだらできるようになったらしい)は基本的に別行動をとっていて、呼び出しで遅刻することもしばしばだ。
もっとも、肝心な時はすぐに来てくれるし、契約してしばらくはお茶会にもいてくれた。
...結局、いないほうがベルンハルト様の小言は少なかったが。
「私、婚約破棄で追放だってさ。だから、学園長に挨拶だけして帰ろうかなって」
「...まあ、いいんじゃないか? もともと巻き込まれただけだし、あいつらに押し付けるだけ押し付けちまえ」
「言われなくとも!」
私たちが転移すると、学園長は書類を持ったまま面食らっていた。
「学園長! 私、ベルンハルト様から婚約を破棄されて、学園からも追放だそうです。退学でいいですか?」
「......あ、ええ、単位は取れているので、卒業でいいですよ。...私たちが不甲斐ないばかりに、苦労をかけましたね」
「いえ、授業自体はためになりました。友達も少なからずできましたし、今ではもう笑い話です」
今の学園長は、生前のパドレの知り合いだった。
パドレは私の境遇を知るや否や、知り合いのもとを訪ねまくった。
みんな、私を案じてくれて、パドレのことをいろいろ教えてくれた。
心踊る武勇伝から...悲しい最期のことも。
パドレ経由で母さんと手紙のやり取りができるようになり、話し?合いの末、しばらくは学園で学んでみようということになった。
だからみんなは静観していたが、それももう終わり。
「あとはこちらでなんとかします。エステルさん、お元気で。団...パドレくんも」
「おお、お前もな」
言質はとったので、私たちは転移しようとした瞬間...。
「待て、リーゼ!」
バタン!と扉が開くと、汗だくなベルンハルト様が立っていた。
ちっ、追いつかれたか。
「...なんですか? 私は学園から出ていきます。婚約も破棄です」
「な!?...あ、あれはなしだ! 追放しない! 婚約も続行だ!」
「...なんで?」
ベルンハルト様は私 (とパドレ)のことが嫌いなはず。
なのに、どうしてそんなことを言うのだろうか?
「ああ~...エステル?」
頭をポンポン叩かれて振り向くと、同い年サイズで人化したパドレが、なんともいえない表情を浮かべていた。
ぴょこんと揺れる耳はそのままに、黒い毛並みは肩まで伸びたローポニーテールになっている。
「こいつはな、お前が自分のことを好きだと思ってるんだ」
「......なんで?」
「なんで!?」
なぜか私に便乗するように、ベルンハルト様は悲鳴に近い叫び声をあげている。
「好きになるわけないじゃないですか。国外から誘拐されて、わけがわからないまま決められた、家族を貶す婚約者なんて」
「誘か...!?」
三年前、山菜採りに行った私は知らない連中に攫われ、とある公爵家の庶子として、髪を染めさせられて学園に入れられた。
おまけに、親からもらった名前から、貴族っぽい名前に改名させられたのだ。
母さんと引き離されて、右も左もわからない場所に放り込まれて、下手をすれば私の心は壊れていた。
母さんが病気がちなのもあって余計に心配だったが、パドレがしょっちゅう様子を見に行っているおかげか、今は心身ともに元気だそうだ。
「残りの事情とかは学園長に聞いてください。私は帰ります。...古代語の勉強、頑張ってください」
とりあえず、言いたいことはあらかた言ってやった。
”パドレ”の意味を知っていれば、なにか違ったのかもしれないが、今さらだ。
もはやアンデッドみたいなベルンハルト様の顔色が気にかかるが、いいかげん母さんの顔が見たい。
「ま、待て、リーゼ!」
「やれやれ...」
なおもすがってくるベルンハルト様に、パドレのため息が聞こえたかと思うと、魔力がごっそりなくなるような感覚に陥った。
思わずふらついた私を支えたのは、髪型はそのままに腰まで伸び、精悍な青年の姿になったパドレだった。
「ちょっと、パドレ? 勝手に大人にならないでよ」
「まあまあ」
コツンとおでこをくっつけてから、パドレはベルンハルト様を睨んだ。
「これだけは言ってやりたくてな。...女をマトモに口説けないようなやつに、うちのエステルはやらん。じゃあな、ヘタレ王子」
「ヘタレ...」
膝をつくベルンハルト様を横目に、私たちは母さんが待つ家に転移した。
「...で? どういうことなのこれは?」
睨む私に、パドレは思いっきり目をそらした。
母さんの腕の中には、スヤスヤ眠るケモ耳の赤ちゃんが。
「いや~...まさかできるとは思わなくて」
「娘の魔力使ってなにやってんのよ!? こら逃げるな、父さん!!」
...とまあ、なんだかんだあったが、母さんは元気で、パドレもいて、弟はかわいくて。
こうして、私たち家族の日々は新しく始まるのだった。
一目ぼれだった。
サラリとした銀髪、ぱっちりとしたまつ毛、特に、ガーネットの目が印象的な、聖女エステリーゼ。
こんなかわいい子が自分の婚約者だと紹介されて、天にも昇るような気分だった。
「僕たちは婚約しているんだからな。これからはリーゼでいいな?」
「どうだ、リーゼ? さっきの僕はかっこよかっただろう?」
「四位か。なかなかの順位だ。さすがは僕の婚約者」
声をかけるたびに、リーゼは相槌を打ってくれた。
そんな幸せな日々は半年後、リーゼが冥獣パドレと契約してから終わりを告げた。
穢れた獣と契約したとして、「呪われた聖女」や、「婚約を見直すべき」と、周りが騒いでいるにもかかわらず、当のリーゼはどこ吹く風。
それが腹立たしく、自分の知らないリーゼの表情を引き出すパドレに強い嫉妬を覚えた。
なんとしてでもパドレと引き離すべく、リーゼに浄化を促したが無視された。
魔法薬学を学び、浄化薬ならぬ浄化デザートを開発してみたが、半聖獣と化したパドレにはあまり効果がなかった。
もっと強力な効果を、もっとおいしくと、必死で腕をあげて、でも上手くいかなくて。
一度現実を突きつけてやるつもりが、リーゼはそのまま鳥籠から飛び出していった。
当時、とある傭兵団長の美しい妻に恋慕した王太子。
奪うために策略を練り、傭兵団の討伐に成功するも、肝心の想い人には逃げられた。
それでも血眼で探し続けて十二年、よく似た少女が隣国で目撃されたとの情報が入り、狂気は加速した。
学園長から聞かされた父上の凶行に、僕はショックで一晩寝込んだ。
翌朝、呼び出されて城に向かうと、父上の冠を兄上が奪い取っていた。
「やっと手に入ると思っていたのに」と、喚く父上。
父上の部屋を埋め尽くす、彼女に似た女性の絵。
あのまま結婚していれば、リーゼになにをするつもりだったのか...。
僕はさらに二日寝込んだ。
ごたごたが続く中、なにもかも嫌になった僕は、市井に下って旅に出た。
皮肉にも、魔法薬の知識のおかげで薬師として生計を立てられた。
目立つ金髪も染められるし...そういえば、彼女の銀髪も染められたものだったな。
二年も続いた旅は、山の中で迷ったことで終わりを迎えるようだ。
もう何日もまともに食べていない。
叶うことなら、彼女にもう一度会いたかったな。
そんな、僕の浅ましい願いは...。
「い、生きてる!? ちょっと、しっかり! フェル、おしっこはやめて!?」
散々な形で叶うことになった。
茶髪ではあったが、ガーネットの目を見間違えはしない。
フェルとかいう弟は、父親似のようだ。
...パドレに殺されかけたり、フェルにお尻を嚙まれたりといろいろあったが、僕は少し離れた場所にカフェをオープンさせた。
魔法薬の知識を生かした、おいしく健康になれる料理や、太らないデザートは客に好評だ。
忙しい毎日だが、デザートを献上するのも忘れない。
最初こそ警戒していたエステルだが、今ではご近所さん程度には意識してもらえている。
「エステルさん、今日はラ・フランスのタルトです」
「へえ~、今日もおいしそう♪」
おいしそうに頬張るエステル。
その横で睨みをきかせるパドレ。
おこぼれにあずかり、無邪気に会話を遮るフェル。
このタルトのような甘い関係になれるのは、まだまだ先のようだ。