7.私の望み
謁見の日。
ベルガー家から派遣された侍女たちに、頭の上から足の先まで磨き上げられ、用意された衣装と装飾で着飾られた。
今の主流は、今日のような公式の場であっても、100年前のように宝石や髪飾りや化粧で大げさに飾り立てないのが一般的らしい。
マティウスが準備した白のロングドレスは、教会関係者らしく見た目はシンプルだが、とても良い生地で、また胸元や裾の銀糸の刺繍も丁寧に仕立てられていた。
ネックレスやイヤリングといった装飾品も、色味の良いブルーダイヤを中心とした小ぶりながらも上品なデザインだ。
お化粧も、ベース作業は念入りに施されたが、色味は比較的抑えてある。
巻き上げられた髪には、夜露のようにキラキラ光る粒状の宝石を飾られた。
「お美しいです、お嬢様。」
1番年配の(といっても30代前半くらいに見える)サナという侍女が、ほうっとため息をついた。
「ありがとう。」
にっこりと微笑うと、周りの侍女たちが一斉に動きを止めた。
今日は、ベルガー家の後援を受ける新たな巫女が、内々に国王に謁見するという体になっている。
とはいえ、今朝、「後援する巫女の準備を」と申しつけられてやってきたサナたちは、『私』と、巫女にそぐわない一級品のドレスや高価な装飾品を前にして、ざわざわとした。
「もしかして、ベルガー当主様の隠し子かしら?それとも、若君の愛人では?」などと、意味ありげにちらちらと見てきたが、マティウスは、否定も肯定もせず涼しい顔をしていた。
ちょっと!!ずるいんじゃないの!?
と、視線で抗議したが、マティウスはさらに涼しい顔で目を細めたのみであった。
「それでは、まいりましょうか。」
マティウスにエスコートされ神殿の廊下を歩く。
「誤解を受けますわよ。助力いただけるのでは?」
つい小声で嫌味を言うと、マティウスは視線を前に向けたまま、少し口角を上げた。
「ご存知でしょう、噂話は互いにうまく使えばいいのです。ベルガー家の使用人は、適度に口が堅いですからね。さあ、どうぞ。私は別にまいります。」
馬車へと誘導した後は、さっと扉を閉めた。
逃げたわね。
むっとしたが、先に乗り込んでいたラウランスが嬉しそうにしているので、まあいいか、と思う。
馬車が出ると、ロータスをはじめとした神殿関係者が数名、見送ってくれた。
なんだか、売りに出される子牛の気分だ。
「ねぇ、ラウランス」
「は、何でしょうか?」
神殿の人影が小さくなってから声をかけると、私を見てにこにこと微笑んでいたラウランスが、勢いよく返事をする。
ラウランスは、神官長としての白の正装に不釣り合いなほどに頬を染めた。
「・・・。」
「?」
「・・私、ちゃんと、また戻れるわよね。」
いつものようにラウランスにひとこと言ってやろうか、と口を開けたら、コーヒー色の瞳を目にして、思いのほか、弱々しい声が出た。
「そうですねぇ。・・まぁ、こう見えて、私にも権力というものはあるのですよ。望んでいただけるなら、お守りしますとも。ご生家も強硬手段をとられる様子もございませんし、手助けしてくださるでしょう。それに、今の王家は100年前とは違い、穏健派ですから。」
「・・ラウランスなのに、生意気だわ。」
穏やかなラウランスの声を聞いて、ふいっと視線を外す。
馬車の窓からは、なつかしい王宮の重厚な門とそびえたつ3つの青い屋根の尖塔、王家の紋章が織り込まれた深紅のタペストリーが見えた。
そして、謁見の間。
「本日はお招きいただきありがとうございます。
マリアージュ・ベルガーと申します。」
深く淑女の礼をすると、すぐに、「楽にしてかまわぬ」と声がかかった。
壇上中央の重厚な椅子には、柔和な風貌の40歳前後に見える王が、身を乗り出すようにやや浅めに腰掛け、興味深そうな視線を向けている。
その隣の椅子には、同じ年ごろの優し気な笑顔の王妃が座り、
段下には、いずれも中年で、政務服を着たマティウスに似た顔立ちの男性と、
灰色の髪と顎髭を持つ軍服の恰幅の良い男性が立っていた。
また、王の背後には、4人より少し若い黒髪の護衛騎士が立っている。
私の少し後ろには、マティウスとラウランスが控えていた。
ラウランスからは、謁見の間には、事情を知っている者しか残らない、と聞いていた。
「マリアージュ嬢、このたびは長い務め、ご苦労であった。
そなたの御力で、この国の平和は100年保たれておる。」
王の言葉は、見た目と同じで、ずいぶん柔らかい。
「お言葉、光栄でございます。」
再度、礼をし、顔を上げたものの、私の頭の中は少し混乱していた。
確かに、髪はプラチナブロンドだし、瞳も王家の緑だけど、
その雰囲気や魔力に、全く馴染みを感じないのは不思議な気分だった。
100年も経ったら、こんなものなのかしら?
だけど、マティウスには確かにお兄様に近い魔力を
それに国王の背後の武官からは、カール卿の魔力を感じるんだけどな。
国王からは、アルヴィスやアルヴィスのお父様に近い魔力を全く感じないわ。
「私がそなたにこのようなことを申すのも、僭越ではあるが、
望むものは何でも用意したいと思っている。何か望みはないか?」
国王は、王妃と壇下の2人に目配せをし、うむと頷き、告げた。
望み。
アルヴィスの願いは『依代の魔女なくとも平和な世』であった。
それならば、私の望みは。
「私は、アルヴィス王の作ったこの世界を全て知りたく存じます。
王家からいただきたいものは何もございません。」
私は、姿勢を正し、まっすぐに前を向いた。
今回も読んでいただき、ありがとうございます。
投稿を始めて3日。アクセス数を励みに頑張っています。
たくさんの方に読んでいただいてると思うと、嬉しいですね。
【あとがき小話】
女性も二度見しちゃうほどの、マリアージュの美貌。
自信に溢れるスマートイケメンのマティウスと並ぶと、見ごたえありでしょう。
そんなマリアージュも、ラウランスの前だと、つい素に戻ってしまいます。