5.謁見の準備
その日の晩、食後のお茶を楽しんでいると、
「お寛ぎのところ失礼します。」と
ラウランスが訪れた。
「まあ、ラウランス。今日は特別書庫を見せてくださり、ありがとうございました。とても役に立ったわ。」
「それは、光栄です。」
「ご一緒にお茶をいかが?」
「ありがとうございます、是非。」
ラウランスが、向かいの席をすっと引くと、
壁際に立っていた若い巫女が、お茶の準備を始める。
「今日のスイーツも美味しいわ。アルヴィスが育成したみたいだけど、どちらのお店かしら?」
ルビー色の丸い一口サイズのお菓子をスプーンで掬うと、照明を受けて、ルビー色の奥の方がキラキラと輝く。
宝石のように、きれい・・。
口に含むと、中からとろりと、ベリーの味が舌の上に溶け出す。
果汁の後味を楽しんでいると、ラウランスがお茶を一口飲み、教えてくれた。
「これは、王都で3店舗かまえる『ラ・フレイヤ』のものですね。アルヴィス王の招致した職人のひとりが創始者となったスイーツ専門店と言われています。」
「なるほど。」
「豊饒の女神フレイヤのごとく魅惑的な女性職人で、アルヴィス王もその虜であったとか、実は王の愛人であったとか、なんとか・・・ご、ごほん。」
私と目のあったラウランスは、咳き込むようにして、気まずそうに横を向いた。
分かってるなら口にしなきゃいいのに。
私は呆れて、はぁとため息をついた。
それに、100年も前のことを、私が今更気にするとでもいうのかしら?
「・・本当に、そういうところよ?ラウランス。
あなたは迂闊が過ぎるのよ。
それで、よく、神官長なんて、やってこれたわね。
ところで、今日は何の用?大事なお話でも?」
少し演技がかったように言えば、ラウランスは慌てて首を振った。
「わ、私も不思議で仕方がないのです。マリアージュ様を前にすると、なぜか口が滑らかになると申しましょうか。
・・・えっと、そうでした。実は、王宮から連絡がございまして、3日後に謁見を行うとのことでございます。また、晩餐会へもご出席を、とのことでございます。」
「国王に謁見・・・。えっと、王宮の方々は、私のことをどこまでご存知なのかしら?たしか、魔力供与は、今は神殿の方だけ、でしたわよね?」
今の国王って、どんな方なのかしら?
そういえば、私の前のミリアンヌ様もそうだったけど、
歴代の魔女は、眠りから覚めたあと、王家に縁付くことが多かったわね。
長く魔力供与をしていたアルヴィスのお父様は、ちょっとアレなくらいにミリアンヌ様にご執着だったし、望まれてご側室になられていたとしたら・・・。
ま、まさか、私も?
いやいや、
だって今の王家は魔力供与はしてないみたいだし、そんなことないはず。
てゆうか、今の国王なんてご存知ないし、
そんなの、断固拒否よ!!
「ええ。魔力供与は私とアルベルト様だけです。ですが、貴女様のことは、国王、ベルガー侯爵、ドミトリス侯爵など、限られた方々はご存知でいらっしゃいます。ちなみに、お断りはできませんよ?」
鼻息の荒い様子の私を見て、先ほどとはうってかわって、すっかり落ち着いた様子を見せるラウランスは、ここに来て諭すように釘を刺してきた。
むっとするが、まぁいい、ラウランスなのだからと思い、反論はやめて、笑顔で返した。
「まあ、ベルガー侯爵。」
「マリアージュ様のご生家ですね。謁見と晩餐会のためのご準備は、ベルガー家で整えられると聞いております。明日、ドレスの確認に見えられますので、ご対応をお願いしたいのですが。」
「分かりましたわ。どなたがいらっしゃるの?」
「ご子息のマティウス様と聞いております。彼以外の方は事情をご存知ないので、発言にはご注意いただきたく。」
「分かっているわよ。私を誰だと思っているの?」
にっこり笑って傲慢な令嬢のようなセリフを言うと、
ラウランスは目を見開いて頬を赤くした。
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翌日、私の向かいのソファーには、冷たい雰囲気の若い男が座っていた。
ゆるくウェーブがかった灰金色の前髪を少し秀でたきれいな額に流している。切れ長に整ったラピスラズリのような深い青の瞳、きゅっと一字に結んだ薄い唇。
黒と藍で品良く仕立てられた衣装を身に着けた、いかにも貴族の若君という風貌の男は、膝の上で軽く両手を握っていた。
町の富裕層向けの仕立屋を同行させてやってきたマティウスは、慣れた様子で指示を出し、採寸のあと、謁見用として白色の裾の長いシンプルなドレスを、晩餐会用に、青を基調とし、胸元とスカートに繊細なレースをふんだんにあしらった華やかなドレスを、またそれぞれに合う装飾品を選ぶと、調整作業のために職人を先に帰らせた。
私は、部屋付きの巫女にお茶を入れてもらい下がらせると、
一口飲んでから、彼に向き合う。
「本日は、わたくしのためにありがとうございます。
改めまして、マリアージュ・ベルガーと申します。」
「マティウス・ベルガーと申します。
父上に貴女の存在を聞いたときから、ずっとお会いしたいと思っていました。本日はこのような場に同席できて、光栄でございます。」
マティウスはきれいな角度で頭を下げたあと、抜け目のない視線で私を見た。
中途半端な私という存在は、家門として慎重な対応が必要なのだろう。
昔のように魔力供与者の盲目的な信心もなく、一族の功労者として尊重すべきか、一族のはみ出し者として距離を置くべきか。
言葉や態度こそ丁寧なものの、今後のために私を見極めようとしていることを、視線で表しつつも反応を探っている彼は、やはり「知のベルガー」の後継者らしい。
私はそこに確かに血のつながりを感じ、にこりと笑う。
「ふふ。心配なさらなくてもいいわ。
ベルガーに籍を置きたいとは思っていません。」
マティウスは、片眉を一瞬ピクリと動かすと、視線を伏せお茶に口を付ける。
うふふ、私が先手で主導権を持ったことを察したようね。
私は、一族に害を及ぼす意思もないけど、
一族の利益のために動く意思もないのよね。
今更、とりこまれて、政略結婚なんて、
一族の駒として利用されるような生き方はしたくはないの。
「・・ふむ。それでは、できる限りの助力をいたしましょう。」
勘がいい方は、好ましいわね。
「どうぞ、よろしくお願いします。」
立ち上がり手を差し伸べると、マティウスもすっと立ち上がり、にっと微笑んで、甲にキスをした。
今回も読んでいただき、ありがとうございます。
次話もお楽しみに。
【あとがき小話】
ラウランスとマリアージュの関係は、書いててとても楽しい、癒し枠です。
スイーツ店『ラ・フレイヤ』は、アルヴィス王の肝入りの施策の賜物ですね。
今作で回収できればいいな。
アルヴィスのお父様の『ちょっとアレ』な執着は、そのうち書いてみたいところ。




