3.大きな樹の下で
「・・・はぁっ。最後に言うこと?それ」
大きなため息を一つつくと、
涙が溢れていた双眼から、すうっと波が引いて、
引ききれなかった一雫が、つうっと頬を伝った。
図書室の椅子の硬い背もたれに体をあずけ、天井を仰ぐ。
「100年分、疲れちゃった。」
目を閉じると、懐かしい人たちの顔が浮かんでは
消えていった。
「気になることも色々あったわね。
このまま楽しく暮らすのもいいけど・・・
どうしようかしら?」
考えあぐねて、特別区域の暗い部屋から出ると、
日は随分と高くなっている。
そのまま廊下へと出ると、広い中庭に面する窓から
子供たちの話し声が聞こえてきた。
大きな樹の下のベンチに10歳くらいの男の子と、
もう少し小さな子が腰かけていて、
男の子と同い年くらいの赤い服を着た女の子が
腰に手を当てて、身振り手振りで話しかけている。
「ねえ、ルカ! 聞いてる!?
ぜったいぜったい、一大事なんだって!
だって、あのロータス様がにこにこしてるのよ?
それ見て、巫女姉さま達は、ぴりぴりしてるし。
おかしいと思わない?」
「まぁね。アナの言うことは分かるけど、僕たちに危険があるわけじゃなさそうだし、どうでもいいよ。」
ルカと呼ばれた金髪の男の子は、手元の本から目を上げずに答える。
アナと呼ばれた女の子が、呆れたように顎をツンと上げると、濃茶色の髪がふわふわと揺れた。
「まぁ!出たわね?
いつもの、『どうでもいい』が。
何かあってからじゃダメなんだって。
それに気になるじゃないの!
ヤンは、気にならない?
あら?また絵を描いてるの?
珍しいのね。女神様の絵なんて。」
アナはルカの反応に文句を言ってから、次のターゲットを求めて、隣の小さな子の手元を覗き込む。
すると、その子はぱっとアナを見上げて、カタコトで言った。
「女神さま・・ちがう。・・聖女さま。」
「聖女さま?」
「うん。夢で、見たの。」
「ふうん。綺麗ね。」
アナが、絵を眺めながらヤンという子の横に回ると、
顔を上げていたヤンと、彼らを眺めていた私の目が合った。
「・・・!!あっ・・、聖女さま!」
ヤンと呼ばれていた子は、はじかれたように、ぴょんと立ち上がる。
(えっ、えっ? なに?)
周りを見回したけど、周囲には誰もいない。
(わ、私しかいないわよね!?)
きょろきょろする私を見て、
ヤンは、たたたっと軽快な足取りで近づいてきて、私のスカートの布をきゅっと掴んだ。
「聖女さま! ・・ボク、あの、ヤンと言います。
・・あのっ、夢で、みてたの。」
琥珀色の丸い瞳を、きらきらっとさせて、
私を見つめるヤンは、年は7、8歳頃、
黒い艶のあるショートカットの髪に、細い顎と首、
華奢な体つきをしていた。
琥珀の瞳に引き寄せられるように、しゃがんで目の高さが合うと、お互いの魔力がぶわりと身体から溢れ、その境目が溶け合っていくような感じがする。
(もしかして、この子・・・。)
「聖女さま?」
(何だかおかしいわ。この感覚、私だけなのかしら?
でも、この子も何か・・)
「ヤン、いけません! 手を放しなさい。」
混ざり合った魔力の色がもう少しでヤンに届きそうなところで、鋭い声がかかり、2人の魔力が霧散する。
振り返ると、背の高い青年神官が、ゆったりと歩んできて、私の横に立った。
そして、柔らかく微笑んだ。
「アルベルトさま!」
ヤンは、神官を見てぱぁっと顔を輝かせる。
「「アルベルトさま!」」
ルカとアナも笑顔で走り寄ってきた。
神官は、大きな背をかがめて、ヤンの頭を大きな手でぽんぽんと撫でてから、
私の方を向いて、にこりと微笑んだ。
ふわっと溢れる魔力のような気配に、ぐらぐらっと吸い寄せられる。
(ま、まぁ・・!これは、100年前にもお見かけしなかったくらいの麗しさね。)
この笑顔ひとつで、心を掴まれる女性がどれほどいるだろう。
日を受けてきらきら輝くプラチナブロンドの髪。
後ろ髪はすっきりと結わえ、やや厚めの前髪はさらりと耳にかかっている。
すっとした端正な顔立ちに、優しげな眉と明るい緑色の瞳が印象的だ。
その瞳に日差しが入って興味深そうにキラリと輝いた。
私は100年前によくしていたように
ふうぅっと息を整えてから、ゆっくり立ち上がって、にこりと返す。
向かい合うと、やっぱり大きいわ、と思う。
そして神官服でなければ、騎士といってもいいほどの圧を
また、貴族といってもいいほどの気品を感じる。
(いったい、何者かしら?)
私の探るような気配を感じたからだろうか
神官は、おや?というように瞬いてから
もう一度微笑んで、両手を胸にあてきれいに頭を下げた。
「副神官長を務めております アルベルト・ユスト と申します。
マリアージュ様には、お初にお目にかかります。」
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
【あとがき小話】
新しい登場人物たちを、どうぞよろしくお願いします!
神殿といえば、孤児。
でも、アゼルティーナ国中央神殿の孤児は、少し特殊です。
孤児院があるというわけではなく、
何かしら理由があって親元を離れたけど
能力の高い子どもを代わりに育てている。
そんなイメージです。




