【記念話】ヤンと星月夜の真実(クリスマス記念)
たいへん長文ですが、記念話なので、一話でまとめました。
「まぁ、まぁ、ヤンちゃん♥ よく来てくれたわねぇ。」
満面の笑顔の王妃様が、すすっと近づいて、アレンディス殿下の横に立つボクの両手をぎゅっと握った。
「まあぁ、聞いていたとおり、とってもかわいぃわぁ。綺麗な琥珀色の瞳ねぇ。お月様のようよ?」
覗き込むように言う王妃様に、アレンディス殿下は大きく、はぁとため息をついた。
「母上! くれぐれも、くれぐれも、いつもの無茶ぶりはやめてくださいね?」
「分かってるわよ、お前はもう行きなさい。執務が終わらないうちは、帰って来てはだめよ?」
小さなボクを、いつの間にか両腕の中に抱きしめながらそう言う王妃様を、じと目で見ながら、侍女たちに押し出されるように、殿下は扉の向こうに姿を消した。
「うふふ、やっと、女の子だけになったわ。 あら?ごめんなさいね。びっくりさせちゃったかしら?」
はっとしたように腕を広げた王妃様の前で、固まっていたボクは、おそるおそる力を抜いた。
―― ここは、王宮王妃の間。
『かわいい!』が口癖の王妃様のお部屋は、薄桃色のソファに、色とりどりの動物や人の形のぬいぐるみが雑多に置かれ、ここに来るまでの荘厳な王宮の中で、とても異質な空間だった。
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ことの発端は、冬季試験を終えた先週末のこと。
先生に呼ばれて王立学園の応接間に行くと、そこには、冷鬼のように険しい顔をしたアルベルト様が待っていた。
保護者の学園呼び出し!?
ええっ!!? ボク、何か悪いことしたっけ?
成績は悪くないはずだし、事件だって起こってないはずで・・。
あ、でも、クラスでの男子のいざこざや、アレンディス殿下とアナのあれこれは、あれこれあったけど。
扉の前で情けなく眉を下げているボクに気づくと、アルベルト様は、裾の長い神官服をざっざっと捌くようにして歩み寄り、大きな背をかがめてボクに目線を合わせた。
そして、柔らかい笑顔で、ボクの頭をぽんぽんと撫でる。
「元気そうでよかった、ヤン。今日は、伝言があって、来たのです。」
ああぁ~、良かった。
いつものアルベルト様だ。
ほっとして、アルベルト様のすっぽりとした大きな手に頭を預けると、アルベルト様は、おや?と綺麗な顔を綻ばせて、小さな子どもに対するように、もう一度撫でてくれた。
「ヤン、もしかして、王太子殿下から何か無茶なことを言われてませんか?」
「アレンディス殿下から・・ですか?」
何か、あったっけ?
押しの強さは、いつものことだけれど・・・。
「あっ! そういえば、最近何度か、王宮に遊びに来ないかと誘われました。でも、ボクなんかが、そんなところ、とても気が重くって、お断りしました。」
本当のところは、押しに負けて、つい「はい」と言いそうになると、だいたいアナがやって来て、お断りをするのだ。
「ああ、それですね。業を煮やした王家が、私とマリアージュに、召喚状を送ってきたのです。」
そう言って、また怖い顔をしたアルベルト様が差し出した封筒を受取り読んでみると、「ヨハンナ嬢に、王妃の絵を所望する」という内容だった。
「ボクが、王妃様の絵を描く、のですか?」
「ほんっとうに、あの家族は、まどろっこしい手段を使う。しかし、こうやって正式に呼び出された以上、私たちとしても断れないのです。すみません、ヤン。」
アルベルト様とマリアージュ様が本気になれば、普通に断れると思うので、たぶんこれは、『保護者公認の呼び出し』というポーズなんだろう、と思う。
「ボクは、まだ学生ですが、いいのでしょうか?」
「ただの王妃様のご趣味ですからね。ただし、例の能力は使わないように気を付けてください。」
例の能力―――頭の中に浮かんだ映像を絵にすると、時折現実化する『魔女の力』だ。
「分かりました、アルベルト様。」
ボクは、両手を胸に当て、大きくお辞儀をした。
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そして、ボクは、ソファに座る王妃様に、今の季節らしい窓辺のうっすらとした日の光を描き込みながら、肖像画の最後の仕上げをしていた。
「ねぇ、ヤンちゃん。マリアージュさんはお元気? マナカちゃんも、大きくなってきたでしょう?」
「はい。あちらこちらと動き回るマナカを追いかけて、マリアージュ様はとても楽しそうです。」
昨日、冬季休暇でお屋敷に帰った時に、はじめに見た光景だ。
翠の瞳をきらきらさせるマナカの後を、にこにこと追うマリアージュ様と、揺れるミルクティー色の髪に引かれてついていくアルベルト様。
「ふふっ、とても幸せそうね?」
私の表情を読んで、王妃様は優しくそう言った後、遠くを見つめるように、窓の外に目をやった。
「もう薄暗くなってきたわ。この季節は、本当に日が短いのね。・・・わたし、ね。毎年この日になると、思い出す記憶があるのよ。ヤンちゃん、よかったら、聞いてくれるかしら?」
独り言のように言った王妃様は、特にボクの返事を待つ様子もなく、続ける。
「国王様に出会う前はね、わたしは、長い間、ずっとひとりだったの。毎日、仕事して疲れて帰ってきて、そんな毎日だったのだけど、クリスマスイブのその夜、イルミネーションで煌めく街を歩いていたら、無性に寂しくなっちゃって。柄にもなく、恋愛小説と缶ビールを1本買って、ビルの屋上に上ったわ。」
正直、ボクには王妃様の言っていることの半分はよく分からなかった。
でも、遠くを見つめる王妃様の黒い瞳を見ていると、不思議に、頭の中にその情景が浮かんできた。
「一面に広がる星屑のようなたくさんの灯と、ちっぽけな わたし。 わたし、ね、ぽろぽろと涙がこぼれて止まらなかったの。それに比べて、大切な人といる今のこの世界は、ほんとうに幸せなのだけど、全てを集めた宝箱みたいなあの景色は、やっぱり忘れられない、って思うのよ。」
空高くから見る、信じられないくらいに果てなく広がる、大きな大きな街の一面の光と、網目状の眩しい赤や白の光の線。
頭に浮かぶこの世のものとは思えないその景色を、ボクは王妃様の絵の背景に描いていく。
これは絶対に、王妃様に伝えなければいけない、
そんな強い使命感に駆られて、一心不乱に。
「ふ・・・う。」
一気に描き上げて脱力したボクに、王妃様が優しく微笑んだ。
「ありがとう、おつかれさま。すごい集中力なのね? よかったら、見せてくれる?」
「は・・・い。・・・気に入っていただけると、良いのですが。」
ボクは、ソファに座っていた王妃様を、絵の前までエスコートする。
たっぷりと裾の広がった華やかなドレスを重そうに引きながら、絵の前までやってきた王妃様は、『それ』を目にすると、夜空のような黒い瞳を見開き、そこから次第に、ぽろぽろと涙を溢れさせた。
「ヤンちゃん・・・、これ・・・、どうして?」
声を震わせる王妃様から、イーゼルに掛けた絵に、ボクは視線を移した。
絵の中の王妃様は、とても優しく微笑んでいる。
「王妃様のお話をお聞きして、頭の中に浮かびました。・・・こんなに、涙がでるくらいの美しい光景、ボクは、初めて見ました。」
「そう・・・、そうね。・・・ほんとうに、夢のように綺麗・・・」
王妃様は、そう言うと、震える手を、その絵に伸ばした。
・・・・・・・・・・
その後、執務を終えて戻ってきたアレンディス殿下は、王妃様の異変に気付き、慌てて国王様を呼んだ。
そして、すぐにやってきた国王様は、王妃様の様子を見てとると、「ラン」と呼びかけて、泣いている彼女をそうっと横抱きに抱え、奥の部屋に向かった。
王妃様の手はボクの絵を放そうとせず、大きな絵毎運ぶ国王様は、柔和な容貌とは全く違う印象で・・・、とても優しい眼差しを王妃様に向けていた。
そして、あとに残されたアレンディス殿下に、「もう出よう。」と背を押されて、ボクたちは王妃の間を退出した。
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王宮の廊下を歩いた先の庭園は、もう暗い。
上着の首元をぎゅっと握り、息を吐くと鼻先が白くなった。
前を歩く殿下の肩越しからも、白い息が見える。
「今日は、ありがとうね。」
アレンディス殿下は、庭園の遊歩道に出ると、ボクの歩みに合わせるように横に並んだ。
「・・・お礼なんて・・・。ボクの絵で、王妃様をあんなに悲しませてしまったんですから・・・。」
ただ気持ちのままに描いてしまったのだ。
「こんな絵を描いて」と、罰を与えられても文句は言えない。
「そんなことは、ない。母上は、絶対に、君の絵を大切にするよ。」
もしかすると慰めかもしれない。
だけど、今のボクには、殿下の言葉がとてもありがたかった。
「・・・僕の母上がこの国で執着するものは多くなくて・・・、だから、絶対、だよ。」
「ふふっ。ありがとうございます。殿下。」
『絶対』と繰り返し言ってくれるのが、心にくすぐったくて、つい笑うと、殿下もつられて微笑んだ。
「・・・母上はさ、ちょっと変わってるだろう? この国に来たばかりのころはね、色々あったらしいんだけど・・・、初めて出逢ったときから、父上は母上一筋なんだよね。それで結局、父上は、母上を守るために国王になったらしいし、母上は、父上がいるからこの国で生きていける、って言うのさ。
・・・ほんと、憧れるよなぁ。」
アレンディス殿下は、そう言って、中庭から見える満天の星々を見上げた。
『憧れる』と一言で言う彼の言葉には、ほかにも色んな思いが隠れていそうに思えたが、ボクが問うのもおかしな感じがして、ただ頷いて同意した。
それに、『憧れる』のは同感だ。王妃様を抱きかかえた国王様と身を寄せる王妃様の姿は、まるで絵のように綺麗だったから。
それから二人、しばらく無言で星を眺めて歩いていたが、殿下はやがて目を閉じて小さく頷くと、若葉色の瞳を真っ直ぐにボクに向けた。
「・・・ねえ、ヤン。」
いつもと違う口調のアレンディス殿下とボク、
星空の下、見つめ合う二人。
・・・・・・・・・・・!?
そこで、なんとなくいつもの気配がして、殿下とボクは、同時に、きょろきょろと辺りを見回した。
いつもだったら、そろそろ、アナがやってくるはずだ。
「「・・・・・・・・・。」」
「「??」」
・・・二人身構えて、お互いしばらく無言で、間をとってしまった。
「・・・んんっ、こほん。」
結局、誰の乱入もなく、殿下は、取り繕うように喉を整えてから、覚悟を決めたようにまっすぐにボクを見た。
「・・・それでね、ヤン。何を言いたいかというと、僕は、キミとだったら、父上と母上のような関係になれるんじゃないかと、出逢った時から、そう感じているんだ。」
「・・・・う、えっ???」
唐突に、告白のようなことを言われて、ボクは変な声が出てしまった。
目の前の殿下の白い頬が、朱に染まった気がした。
「えっ?あの・・・?」
「いいから!! ゆっくりでいいから、待ってて。
・・・・・ちゃんと、考えてほしいと、思っている。」
今までの彼の口癖である「いいから、いいから」とは違う、初めて聞く「いいから」だった。
緊張した彼の面持ちを初めて見たような気がして、ボクは言葉を飲み込んだ。
「・・・・・・はい。」
「ありがとう。それじゃあ、お迎えもいるようだから、僕はここで。またね、ヤン。」
アレンディス殿下は、慌ててくるりと背を向けると、片手をさっと挙げて、王宮本宮へと戻って行く。
その背を見送って、ボクは、ぼーっとしながら、中庭の冷えたベンチに、腰を下ろした。
時間が経つにつれて、胸の鼓動が高まっていくのを感じて、ボクは顔を手で覆った。
意識しちゃだめだ。
期待しちゃだめだ。
ボクは、孤児だし、魔女で・・・。
「・・・こんなんじゃあ、考えられないよ。」
小さく呟いた時、ふと人の気配がして、目を開けると、目の前にはアナが立っていた。
「・・・やっぱり、いたんだね、アナ。」
「うん。」
アナは頷いて、ボクに体を寄せるように、すっと隣に座った。
「中央神殿から、星月夜の祈りを捧げに来ていたの。アルベルト様に頼まれて、ここまでヤンを迎えに来たんだけど・・・。」
アナは、ごめんね。と言って、ボクの顔を覗き込んだ。
ボクは、いいの。と微笑んで、アナの腕にしがみつく。
アナの身体は、とても温かくて柔らかだった。
「あのね、今日は、夜が一番長い、『星月の夜』でしょう? ヤンは、『星月夜の真実』は、覚えてる?」
「・・・うん。昔から神殿に伝わる教えのことよね。」
一年で一番夜が長い星月夜の夜には、大切な人に嘘偽りのない真実の心を伝えなさい。
――幼い時に、神殿で、幾度となく聞いた。
「だから、ね? 今日の会長は、裏も表もないんじゃないか、ってそう思ったんだ。――そうしたら、あんな会長、初めて見たわ。
思っていたよりずっと・・・・・、おっと、いけない。」
ついついアナに視線を送ると、アナは、両手でぱっと自分の口を押えた。
・・・『〇タレで〇ブ』と聞こえた気がする。
「アナ?」
「ふふっ、これ以上言うのは野暮よね? さ、じゃあ、行きましょうか。アルベルト様たちが待ってるわ。」
にこりと笑ったアナは、ボクの腕を引いて、ベンチから立ち上がらせてくれた。
そうして、そのままボクの腕に自分の腕を絡めたまま、優しいお姉さんの顔で、言う。
「今日は星月夜だもの。ヤンも、しっかり嘘偽りなく、自分の気持ちで考えるのよ、いいわね?」
嘘偽りのない真っすぐなボクの気持ち・・・。
目を閉じると、脳裏に浮かぶアレンディス殿下の笑顔に、ボクの心はけなげに、とくとくと脈打っていた。
長文、読んでいただき、誠にありがとうございました。
もうすぐクリスマスということで、ちょっと切ない感じのお話にしてみました。いかがでしたか?
さて、本作については、ネット小説大賞の終わりに合わせて、【記念話】としての掲載も、これで終わりです。
(これから先、またヤンの話を書きたくなったときは、別話立てのお話を検討したいと思っています。)
※アレンディス殿下は『〇タレで〇ブ』=『ヘタレでウブ』です。
加えて、ややマザコン気味ですが、でも、面倒見がよく、とても優しい人なのです。




