18.巡り、そして還る
アゼル湖の祠に着いた時は、日も高くなっていた。
懸命に走っていた馬も息があがっていたが、それ以上にどこか落ち着かない様子を見せている。
「こちらです。」
護衛に馬を任せ、マティウスの案内で、クレイル将軍とアルベルトと私は、祠の中に入った。
長い通路をしばらく歩くと、神殿と同じ魔術陣の描かれた大きな扉があった。
その扉に、マティウスが手を翳すと、厚く大きな扉がゆっくりと開く。
そこには、直径1メートルくらいの大きな球体の魔術具があった。
魔術具の中には、金色の光があって、
一定のリズムで光が強くなったり弱くなったりしている。
この金色の光。何だか温かそうだわ。
吸い寄せられるように魔術具に手を触れる。
でも、それはガラスのように冷たく、
球体の中は、ただ同じリズムで光り続けていた。
私はその球体にそうっと頬を寄せた。
でも、どうしてだろう。とても愛おしい。
「これは、アルヴィス王が、研究の末に残された魔術具です。」
私が魔術具から離れたところで、マティウスが説明した。
「この光の波動によって、膨大な魔力を永久的に生成し、聖湖の精霊石に送るように、非常に複雑な陣が刻まれています。マリアージュ様であれば、もしかして、何か感じますか?」
「いいえ。この光は、アルヴィスの波動によく似ているけれど、ここからは、特に何も感じないわ。」
そうなのだ、
この魔術具はシステムとしてきれいに完結している分、
周りの世界と断絶しているかのようかのように、
中の波動も感じないし、私の魔力も通らない。
それは、マティウスやアルベルトも分かっていたらしく、頷いた。
「それでしたら、やはり、精霊石の方でしょうか。」
マティウスはそう言って、視線を右に動かす。
「あちらの扉の奥です。
ただ、私とクレイル将軍には、中に入ることが叶いません。
アルベルト様はいかがでしょう?」
「私ではおそらく無理でしょう、試してみますが。」
アルベルトは先の扉へと進み、扉の魔法陣に手を翳した。
その後、アルヴィスの指輪を嵌めて翳すも、やはり反応はなかった。
「マリアージュ様、こちらに。」
アルベルトに呼ばれ、緊張しながら、扉に触れる。
すると、扉の形状がすうっと消えて、奥へと続く通路が現れた。
通路の先はひんやりとしており、奥からは水音が聞こえる。
「やはり、精霊石に受け入れられた方にしか、入れないようですね。」
アルベルトは、小さくそう言って、
右手からアルヴィスの指輪を外し、私に差し出した。
「どうぞ、マリアージュ様。」
「いいえ。アルベルト様もご一緒に。」
私は、アルベルトの右手を掴むと、通路の先へと進む。
二人が通り過ぎると、背後で扉が元通りの姿を現した。
水音がだんだんと大きくなるにつれ、通路もだんだんと白んできた。
通路と薄明るい壁の堺には細い水路があり、金色に光る水が流れている。
行きついた先はドーム状の空間だった。
空間は聖湖の中にあるのか、空間の外は暗い緑色の液体で、その堺は目に見えない結界のようなもので区切られた、不思議な場所だった。
中央には大きく透明な石が浮かんでいる。
それは、100年間いつも、とても身近に感じていた気配だった。
けれど、その精霊石が、今は冷たく凍っているように感じる。
・・精霊石・・。とても寂しそう、私が守らないと・・・。
吸い寄せられるように手が伸びる。
その手をさっとアルベルトが掴んだ。
「駄目です。貴女と精霊石は相性が良すぎて、触れるとどうなるか、分かりません。」
私は小さく頷き、アルベルトの差し出したアルヴィスの指輪を握りしめる。
アルヴィス、私のこと分かるかしら?
貴方の力が必要なの。どうかお願い。
精霊石を、この子を、守りたいの。
力を分けて。
目を閉じて祈ると、指輪からぶわあっと、ものすごい勢いで、膨大な魔力があふれ出す。
魔力は私の身体の中を一気に巡り、精霊石を淡く包み込む。
精霊石は、その魔力をなじませるように次第に淡い金色へと色を変えていった。
そうして、魔術具から流れ込んでくる金色の水が、
精霊石によって光の粒に変わり、
暗い水中へと放たれていく。
とめどなく流れ込む、懐かしい魔力と波動。
温かい・・・。
脳裏に、約束を交わしたあの夜のアルヴィスの姿が浮かび上がる。
それから、その後のアルヴィスが見たであろう景色が走馬灯のように映り込む。
私の眠る姿、お兄様とカール卿が話しかけている、アルヴィスのお父様とミリアンヌ様の結婚式、聖水の中の私、治水工事で働く人々の笑顔、街を駆ける子どもたちの姿、ケープをかぶる新婦の姿、巫女姿のリゼ、研究員らしき人々と魔術具、お兄様とカール卿と幼い少年の姿、小さな家と年老いたリゼの涙、神殿の魔術具の扉の前で微笑む神官、そして聖水の中で眠る私。
涙が溢れて止まらなかった。
――――やがて、指輪の魔力は底をついた。
目を開けると、アルベルトが倒れこんだ私を抱きしめていた。
そっと指先に力を入れると、アルベルトはびくっとして身体を離し私の顔を覗き込む。
アルベルトの緑の瞳も涙に濡れていた。
「・・・ありがとう。アルベルト様。貴方がいて、良かった。」
小さくお礼を言うと、アルベルトは首を横に振った。
「・・・良かった。貴女が、無事でほんとうに・・・。
アルヴィス王と一緒に、逝ってしまうのかと・・。
そうなったら、私は・・。」
アルベルトは、涙に濡れた私の頬にそっと口を寄せた後、
そのまま頬を両手で包んで、唇にもキスをした。
アゼル湖の湖水は透き通り、辺りは明るい光に溢れていた。
私は、アルベルトに起き上がるのを助けてもらい、精霊石の傍に立つ。
精霊石は淡く金色に光り輝いている。
私は精霊石をそっと撫でる。
ありがとう、アルヴィス。ここにいるのね。
「また、きっと、ここに逢いに来ます。」
それでいいんだと、微笑むアルヴィスの眩しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
「そのときは、私も一緒に。貴方に感謝いたします、アルヴィス王。」
横に立つアルベルトは、精霊石に向かい両手を胸に当て大きく礼をする。
アルベルトに支えてもらいながら祠を出ると、景色の一変したアゼル湖を見て、護衛の騎士たちとマティウスが小躍り状態で喜んでいた。
そして、クレイル将軍は「うおおおお」と号泣している。
アゼル湖を一望できる少し小高い場所まで連れて行ってもらい、
大きく葉ゆる樹の下に立ち、湖を見ると、
雲の切れ目から日の光が射し込み、湖面はきらきらと輝いていた。
アルベルトがそっと私を抱きしめてくれる。
湖からは心地よい風が吹き、私たちの横を通り抜けていった。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
本編は、これで完結です。
とはいうものの、実はやり残しがひとつあって、未完の完成です。
いずれ、二人のエピソードが明確になった時点で、追記しますので、ご了承ください。
最後に、エピローグをお楽しみください。
【あとがき小話】
偉大なアルヴィスを知るマリアージュが、なぜアルベルトに?(だって、能力も権力も魔力も性格も、桁違いにアルヴィスが優れてるでしょ?容姿はとんとんかもしれないけど)
正直、書き始めたときは、マリアージュはアルヴィスを思いながら年老いていく想像までしていたのに。。
逢七自身も、どうしてなのかとずっと悩んでたのですが、きっとこれです↓
アルヴィスとマリアージュは結局似たもの同士で、自分の気持ちより他を優先してしまいます。アルベルトはいい具合にリゼの性質が入ってて、ちゃっかり、するりと、自分の気持ちを押し通しちゃうところがあります。だから、マリアージュが絆されちゃったのでしょう。