16.深紅の箱(2) ~ユスト家~
「アルヴィス王の魔力を全て詰め込んだ指輪です。」
アルベルトはそう言って、神殿から持ってきた深紅の箱を、コトンとテーブルに置いた。
それから、首にかけたチェーンを引っ張り、胸元から金色に光る鍵を取り出した。
王家の紋章を象った鍵には、その中央に小さなアレキサンドライトの宝石が輝いている。
アルベルトは、箱を支えるようにしながら、鍵穴に鍵を差し、そうっと蓋を開けた。
そこには、同じく、大きなアレキサンドライトの嵌まった金色の指輪があった。
「私の家系で、代々、受け継いできたものです。」
アルベルトは、鍵もテーブルに並べて置くと、両手を組んで姿勢を正した。
その瞬間、アルベルトから感じる魔力。
やはり、気のせいではなかった、この魔力は・・・。
アルベルトは、私を見降ろして、ふっと切なそうに微笑んだ。
「まだ魔力が溢れていた時代に、アルヴィス王が貴女のために遺したものです。
マリアージュ様、貴女なら、ここから魔力を引き出すことができるはずです。
それを、アルヴィス王の魔術具に使えば、きっと・・。」
私を見つめるアルベルトの瞳が揺れる。
緑色と赤色に揺れる光は王家の象徴、
まるでアレキサンドライトの宝石そのものだった。
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その夜は、王宮に客室が用意された。
明日の朝、私たちはアゼル湖に向かうことになった。
必要なものは、すべてベルガー家で用意してくれることになっている。
眠れない・・。
今日のアルベルトの様子が気になっていた。
夜風に当たろうとバルコニーに出たところで、部屋のドアが鳴った。
「はい。」
アルベルトだろうと予感があった。
「私です。もしよろしければ、庭園に出ませんか?」
やはり、彼だった。
ドアを開けると、神官服を脱いで、シャツとトラウザーズという軽装のアルベルトが、どこか怯えたような作り笑顔で立っていた。
「ええ。行きましょう。」
私は、夜着の上に薄手のストールを巻いて、アルベルトの横を並んで歩いた。
昼に雨に打たれた庭園の花々の葉には、まだ雨粒が残っている。
私たちは、ぬかるみを避けるように、遊歩道を歩いた。
「・・・アルベルト様は、アルヴィスのご子孫なのですね。」
しばらくたっても言葉を発しないアルベルトに、私から声をかけた。
「ええ、そうです。」
「ユストというのは?」
100年前には、聞いたことのない家名だ。
「修道院から還俗したある女性に、綬爵された家名です。」
アルベルトは、歩きながら、私の質問にただ、淡々と答える。
「・・・もしかして、リゼさん?」
思い当たる名前を挙げると、「ええ、そうです。」とアルベルトが答える。
「そっかぁ。」
私がつぶやくと、アルベルトは少し足を止めて、私の表情を眺め見た。
私は、それを無視するように、歩き続ける。
「あの指輪は、どういったものなの?」
「先ほど言ったとおりです。
晩年に、アルヴィス王がふいにリゼを訪れて、手渡したそうです。」
「そう。」
「『私の魔力のすべてだ。マリアージュが目覚めた後、彼女に還してほしい。必ず繋げ。』そう言って、立ち去ったと口伝えで聞いています。
・・・そして、その翌日、崩御されたと。」
アルベルトの言葉に棘を感じ、私は歩みを止めて、彼を見た。
「・・・アルヴィス王はっ!」
アルベルトの瞳は、苦し気に揺れた。
「貴女を依代の魔女から解放して自由に。
そう命じながら、こうやって彼の存在を何度も貴女に突きつける!
・・どこが、自由なんだ?
100年前のあさましい執着で、貴女を縛り付けているだけではないかっ!」
アルベルトの瞳から、一筋の涙が落ちる。
ずっと耐えていたものを吐き出すように。
その涙を見て、100年前のある夜会で、アルヴィスと私の前で叫んだリゼの姿が思い浮かんだ。
『こんなの、おかしいわよ! 国のため、民のためって、互いに縛りあって雁字搦めになっているだけじゃないの! ヒロインぶっているのは、いったいどっちよ? アルヴィス様だって、自由になる権利があるのよ。 私がそれを解き放とうとして何が悪いの? ひどいのは、マリアージュ様の方だわ!』
ごめん、リゼ。
ごめん、アルヴィス。
私は、瞳が熱くなり、気が付くと、涙が頬に伝っていた。
「ごめんなさい、アルベルト様。」
私は、この世界を、そして、アルヴィスの守りたいものを守りたくて依代の魔女になった。
でも結局、責任をアルヴィスに押し付けてしまっただけなのかもしれない。
そうやって私がアルヴィスに望んでしまったために、リゼの自由もアルベルトも縛ってしまったのかもしれない。
「いいえ、そうではありません、マリアージュ様。」
アルベルトは、震える私の肩にそっと触れ、私を見つめた。
「私も、私の一族も、貴女達に縛られているなど思っていない。
私はただ、貴女に、過去にとらわれず、貴女のままで、この世界で自由に生きてほしいのです。」
そう言って、私を引き寄せ、強く抱きしめた。
今回も読んでいただき、ありがとうございます。
マリアージュは、なかなか頑固です。
みんなが望むように、本当に解放されてほしいと、逢七も思います。
マリアージュ×アルヴィス×リゼの恋物語を読みたい方、ぜひ評価☆ください。
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