15.深紅の箱(1)
王宮に行くため、私は急いで身なりを整えてもらい、
ラ・フレイヤからもらってきていた新作スイーツを手土産に準備した。
アルベルトは、持って行くものがあるから、と一度部屋に戻った。
その後、ロータスに後を託し、私たちは、馬車に乗った。
馬車の中では、私やアルベルトはもちろんのこと、ラウランスも話をしようとしない。
皆、今日の王宮からの呼び出しはけして良いものではない、と思っているのね。
私は、膝上で重ねた両手をぎゅっと握り、なんとなしに、アルベルトを見る。
アルベルトは、持ってきた10センチ角ほどの箱を両手で抱え込むように持ち、目を閉じていた。
箱は、深紅のベルベットと金の金具で装飾された立派なもので、鍵穴がついていた。
私が見ている気配を察したのか、アルベルトは目を開いて私に視線を向けたが、
目が合うと眉間に皺を寄せ、気まずそうに窓の外を向いた。
私もつられて窓の外を見ると、王宮の門塀に、夕日がちょうど沈み始めるところだった。
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私たちは王宮に入ると、宰相執務室へと案内された。
メンバーは、宰相、マティウス、将軍と、ラウランス、アルベルト、そして私だった。
今日調査から帰ってきたばかりらしいマティウスたちも、宰相も、ひどく疲れた様子をしている。
「こちら、ラ・フレイヤの新作菓子です。
もしよろしければ、お召し上がりください。」
向かい合わせの宰相に差し出すと、横から大きな腕が伸びてきた。
「なんと!噂のマリアージュ嬢のお菓子ではないか!?
いやあ、長旅から帰って、疲れているところにこれが味わえるとは!」
底から響く大声でクレイル将軍が言うと、マティウスが嫌そうに顔をしかめ、菓子箱を奪った。
「将軍。がっつくのは品性に欠けると、いつも言っているではないですか。ということで、これはまず私が確認させていただきます。
・・・おお!今度の新作は、ずいぶん涼し気でございますね。何ですか?この透明なものは?」
マティウスは、さっと箱を開けて覗き込んだ。切れ長の目でじっと凝視している。
「最近、小麦の価格が高いので、芋粉を使って何か作れないかと考えたものなのです。」
「さすがです、マリアージュ様。良い目の付け所です。しかも、この見た目も素晴らしい。もちろん、効能も付加されているようですね。」
マティウスは、ほくほくした笑顔を浮かべている。
きっと、頭の中では、利益計算をしているに違いない。
「効能?」
首をかしげると、マティウスの深青色の瞳がキラ~ンと光る。
「ええ。マリアージュ様の考案されるお菓子は、加護が宿るのでしょうか、この菓子も、疲労回復などの効果が見られます。」
「ああ。話題になっていたぞ。マティウスの配る菓子を食べると、身体の調子が良くなると。何故、軍部には持ってこないんだ?」
将軍はそう言って、箱の中からお菓子を一つ手づかみし、大きな口にポイっと放り込むと、
「うん、美味い。」
と言って、指先をぺろりと舐めた。
宰相は、眉を顰めて、こめかみを揉んだ。
「おい、おまえたち。疲れているのは分かるが、その緊張感のない態度はよせ。」
と、視線でマティウスを促した。
「父上にこそ必要だというマリアージュ様のお心遣いだと思いますけどね。まあ、いいです。では・・・。」
と、マティウスがアゼル湖での調査結果を報告する。
それは、アルヴィスの魔術具と精霊石と聖湖のことだった。
「・・・そういうわけで、ラウランス殿、アルベルト殿。魔力供与を担ってきた貴方方は、何か知っていることはないだろうか?」
宰相が期待を込めたまなざしで、問いかける。
ラウランスは、少し考えてから、否定した。
「魔女が増幅する魔力と、魔術具による魔力に、違いがあると言われましても、神殿にある資料では、私は、そのような記述は見たことがございません。
魔女システムのなかった時といいますと、建国前に遡りますし、魔術具の使用ということ自体が初めてのことですから。
しかしながら、そもそも、あのアルヴィス王ですよ?マリアージュ様の魔力と異質なものを本当に造るのでしょうか。
私にはそのように思えません。
失礼ながら、王宮の情報漏れや操作漏れということはあり得ないのですか?」
ラウランスは表に立って、神殿や私を守ってくれるようだった。
「いいや。何度も確認したので、それは問題ない。我々は消して神殿に何か負担を求めるつもりはないので、安心して意見を言ってほしい。」
マティウスが言う。
王宮側も、ラウランスに煽られることなく冷静に対応するようだ。
私は、ほっとして、周りを見回した。
魔女システムをやめた私のせいだとは、言わないんだわ。
ここにいるのは、みんな私を大切に思ってくれている人たちだ。
「・・・アルベルト殿。」
宰相が重い口を開き、居住まいを正して、アルベルトを見つめる。
「貴殿は・・、何か知っているのではないか?」
「・・・・。」
アルベルトは、そんな宰相を無言で見つめ返す。
二人の間の緊張感に、他の者も、姿勢を正して、アルベルトに視線を向けた。
すると、アルベルトは、一度目を閉じてから、意を決したように瞳を開けた。
その瞳は、照明を受けて赤く光るようだった。
「アルヴィス王の魔力を全て詰め込んだ指輪です。」
そう言って、持ってきた深紅の箱を、コトンとテーブルに置いた。
今回も読んでいただき、ありがとうございます。
次話をお楽しみに。今日の投稿はたぶん無理だけど。