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14.魔女たちの夢

雨は、小一時間ほど降り注いだあと、小降りになった。

「マリアージュさん。お迎えよ!」

それからしばらくして、お店の方から、売り子の女の子の声が聞こえた。

「分かったわ、今、行く。」


店主と一緒に階段を降りると、店先でヤンが待っていた。

「マリアージュ様!」

少し雨に濡れたのか、艶のある黒髪から滴が頬に伝っている。

濡れたまつ毛の下でうるんだ大きな琥珀の瞳をきらきらさせるのを見ると、店主は途端に相好を崩し、

「ヤンちゃん、雨の中おつかれさま。おやつ、持って行ってね。」

と、ポケットからお菓子を一袋取り出した。


「いつも美味しいものを、ありがとうございます。」

ヤンも、つい先日10歳になった。

カタコトだった言葉も流ちょうになり、背も手足もだいぶ伸びた。


「ヤン。ありがとう。さあ、行きましょうか。」

手をつないで表に出ると、大雨でテントを畳んでいた露店の店主たちが、暗い顔をして、地面に落ちた商品を集めていた。


私たちは、まだ水が引ききれていない石畳の上を歩いていく。

「マリアージュ様、ラウランス様とアルベルト様がお呼びでした。」

私を見上げて、一生懸命に報告するヤンは、本当に可愛い。

「分かったわ。すぐに行かなきゃね?」


----------------------------------------------------


この春、ヤンが10歳になった時、私とヤンは、祈りの間で魔力を繋げた。

100年前に私も臨んだ「お告げの儀」では、ミリアンヌ様の魔力が一方的に私に降り注いてきたが、私とヤンは、お互いに手を繋いで魔力を融合させた。


ラウランスとアルベルトによると、魔力が途切れたままにしておくと、私もヤンも魔力が乱れて、いずれ身体的なリスクが生じることもあるらしい。

けれど、魔力を繋げることでお互いの魔力が関与して安定を図ることができるということだった。


そういうわけで、ヤンには、魔女システム自体の話は内密にしているものの、

私とヤンには同じ特殊な力があること、

魔力を繋げることで魔力が安定すること、

この力のことは人に言ってはいけないこと

の3つを教えた。


ヤンは、私と繋がることをとても喜んでいたが、私は、正直、躊躇(ためら)いがあった。

魔力が安定するとはいえ、魔女の力を正式に持つということは、

それは、ヤンが依代の魔女としての資格を持ってしまうということだから。


今世の国王は、アルヴィスの思いを受け継ぎ、魔女システムに否定的だ。

だけど・・・。


アルヴィスのシステムが、この先も上手く行かなかったら?

天候不順が続いて、国民が今以上に飢えたら?

国民の不満が高まって、内戦でも起こったら?

そして、『王命』によって、依代の魔女になれと言われたら?


それならば、私がもう一度、とも思った。

でも、思った瞬間に、ぞくっとした。


たった1年ほどだけど、大事な人たちができた。

彼らを守るために、彼らとはもう会えなくなる、

そして私はまた彼らのいない世界で独り目覚める。

私は、100年の別れと目覚めを一度経験してしまっている。

もう一度そんなことを覚悟できるだろうか。


顔色の悪くなった私を見て、アルベルトが両手を包み込んで言った。

「今こんなことを言っても気休めにしかならないかもしれません。

 ですが、私が、必ずお守りいたしますから。」

正直、そのとおりただの気休めだろうと思うものの、意思を込めた緑の瞳に見つめられて、アルベルトの手の体温が温かくて、少しほっとした。


そうして実際、魔力を繋げた後は、ヤンが傍にいることでとても幸せな気持ちになれた。

「将来は、街に小さな家を借りて、ヤンと一緒に暮らしていきたいわね。それが私の夢よ。」

そう言うと、ヤンは頬を上気させて、とても嬉しそうに

「ボク、すごく楽しみです!」

と言ってくれて、お互いにやりたいことを語り合って、二人で笑い合った。


そして、100年前を思い返し、先代のミリアンヌ様にとっても、私という存在が少しでも救いとなっていたかもしれないと思うと、私たちは独りではないと感じられるのだった。


-------------------------------------------------


神殿に着くころには、雨も止んでいた。

さっと着替えて、神官長室まで行くと、ラウランス、アルベルト、ロータスが待っていた。


「マリアージュ様、おかえりなさいませ。どうぞ、こちらに。」

ロータスが、ソファへとエスコートしてくれる。

準備してくれたお茶が温かくて、雨で濡れた体と心に染みわたる。


「先ほど、王宮の宰相閣下より、連絡がございました。」

皆が席についたところで、ラウランスが淡々と報告する。


「魔術具のことで相談があるとのことです。私と、アルベルト殿と、マリアージュ様に同席依頼がありました。アルベルト殿、いかがでしょう?」

アルベルトは少し考えこむような顔をしてから、私を見た。

「私は参ります。マリアージュ様は、もしお辛いようなら、残っていただいても。」


「いいえ。私も参ります。」

そう、私にはこの世界を見届ける責任がある。


迷いのない私の表情を見て、ラウランスは優しく微笑みを浮かべ、

一方、アルベルトは、納得したようなそれでいて切ない顔をした。


今日も読んでいただきありがとうございます。

シリアスゾーンが続いていますが、もう少しです。

完結まであと一歩。


九州の大雨、ご当地の方は大変なことと思います。

アゼルティーナ国の自然災害と一緒に、

マリアージュたちが解決してくれればいいのに

と思い浮かべながら、書いています。

そんなことを言ったら、アルベルトに怒られそうですね。

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