12.異変(宰相視点)
「昨年度の干ばつで、西部地域の穀倉が底をついたと報告がありました。」
「東部地域では、季節外れの大雨が続いており、アゼル河の氾濫による土砂崩れで交通網が寸断し、物資の輸送が困難となっています。」
「王都の東南地区で感染症が発生。医師派遣の要請がきております。」
「聖湖の水の濁りが拡大しています。このため、大型動物の生息域が変化し、周辺の村から被害報告が届いています。」
今日は王宮で議会だ。
各大臣からの報告と要請は、頭を抱えるものばかり。
約1年前に始まった日照りから、状況は悪化の一途をたどっている。
ここ1年、打てる手を尽くしているが、なかなか効果が出ていない。
私は、その一番の要因を知っている。
50年前にもあったことだ。
50年前、魔女システムにより全土に行き渡っていた魔力が半減したときに、同様の現象が起こった。
だが、そのときは、システムの変換による影響が始まってから約1年で治まっている。
しかしそもそも、今回は、システムが変わるだけで、理論上は、魔力の減少はないはずなのだ。
アルヴィス王の開発した魔術具で、魔女システムと同等程度の魔力が生成されるはずなのだから。
けれども念を入れて、今回も50年前と同程度の余波は想定し、国庫を回しながら数年は耐えうる準備をしていた。
それに、100年の治水対策が功を奏し、今のところ人的被害はほぼない。
しかし、だ。
物資断絶、穀倉枯渇、人的不足など、想定以上に事態は深刻化している。
そろそろ根本的に何か手を打たねば、限界がきてしまう。
この1年、あの手この手で、国内の貴族や国民の声をなだめすかしてきたのだが。
これ以上は、国に不満が向くことになろうし、弱体化したこの国を他国が放っておくとも思えない。
一向に回復傾向が見られない中、一体どうすればよいのか?
アルヴィス王の描いたシナリオに、想定外の状況が生じている可能性が高い。
調査に向かわせたマティウスと将軍が、そろそろ戻るはずだ。
その結果を元に、早急に対応を考えねばなるまい。
マリアージュ嬢を解放した今、魔女システムの復活など、決してあってはならないのだ。
だが・・・・。
「それでは、今日の議会は、これで解散です。」
考えにふけるうちに、くだらん会議も終了だ。
寄せ集めたところで、正直、新しい情報や、有効な案が出るとも思えぬが、有象無象にも不満を言う場は必要だろう。
「そういえば、宰相閣下。」
議案書をまとめて、立ち上がったところで、内務大臣が行く手を阻む。
「何だ?」
睨みを入れるも、一向に引く気はなさそうだ。
「閣下のご後援の巫女、素晴らしい加護のお力を持っておられるとか?このご時世です。国のためにお力をいただけますよう、口利き願えませぬかな?」
「ああ!私も聞きました。中央神殿でご加護を受けた者は、商売繁盛に病気知らずだとか。」
「それに、女神の如き美貌だそうで。後援される閣下には、末頼もしいことですな。誠にうらやましい。」
ベルガーに媚びを売って利用してやろうというのが見え見えで、本当に煩わしい。
私は周りを一睨みして圧をかける。
「加護頼みの前に、対策の一つも用意しろ。加護に頼って隠居するか?私は構わぬぞ。」
「ひいぃ、滅相もない!」
どいつもこいつも、他力本願の無能ぞろいめ。
一睨みで戦意も喪失し、私の行く手が開く。
まあ、たしかに、マリアージュ嬢のあの見た目だ。
ベルガーとの繋がりを推測されるのは、最初から承知のうえ。
それを利用し、われらの力のうちで、守れているならよかったのだが。
逆に注目を集めてしまったか?
解決すべき問題の一つに追加し、足早に執務室へと戻る。
大理石の柱が並ぶ王宮の大廊下を早足で歩いていると、秘書官が声をかけてきた。
「宰相閣下、補佐官がお戻りです。」
「分かった。人払いを。それと、1時間後に国王の元へ行く。」
「かしこまりました。」
マティウスが戻ったようだ。
私は、秘書官に指示を出し、執務室に入る。
執務室には、マティウスとクレイル将軍が待っていた。
マティウスは、早速報告を始めた。
「調査の結果ですが、魔術具自体は正常に機動していました。また、生成される魔力量も基準値に達しています。
問題は、その先です。
ご存知のように、もともと魔女システムで増幅された魔力は、聖湖にある精霊石を通して国に行き渡っていました。このため、新しい魔術具は、聖湖の祠、精霊石の傍に設置してあります。
その精霊石が、魔術具から生成される魔力では、魔女が作り出す魔力の時とは違う動きを聖湖に及ぼしています。温度、成分、湖水の流れ、それが以前とまるで違うのです。このため、聖湖の恩恵を受けるわが国全体に悪影響が及んでいると推測されます。」
そこまで言って、マティウスは、ひどく苦し気な表情をした。
「聖湖の濁りの報告が上がっているだろう?ついでに周辺を調査してみたんだが、結界がずいぶん薄くなっているようだ。このままでは、野盗や魔獣の類いも国内に入ってくるかもしれぬ。軍の派遣も早晩、必要だろう。」
クレイル将軍も、太い腕を組みながら、視察した周辺地域の報告をしてくれる。
私は、眉間をおさえた。
こんなにも自分の無力さを感じたことは、なかった。
「・・・マティウス。神殿に連絡を。魔力の質となると、我々の手に負えぬ。
ラウランス殿、アルベルト殿、・・それからマリアージュ嬢に、同席願おう。」
今回も読んでいただきありがとうございます。
終盤に突入しました。
今日のあとがきは、宰相(マティウスの父)についてです。
彼は、6話で、『中年の疲れは見えるが、それだけで随分と若くも見える。』とあるように、年はとっていても、ものすごいイケメンさんです。若い時は、ただひたすらにモテました。(アルヴィスどころではないモテ度)本人もそれを自覚しており、容姿も武器にしつつ、自分の思うとおりに交渉事をコントロールしていきます。頭も抜群にいいです。欠点は、出来すぎて、時に『魔王化』すること。
そもそも、ベルガー家では、実質の国のナンバーワンとして、嫡子教育が確立されており、代々『できる男』ができあがります。ベルガー家は、国や王家への忠誠は非常に高く、常に国のためにあろうとしますが、その忠誠の向かう先は、王家自体というよりも、「アルヴィス王とマリアージュが構築する世界が成就すること」にあります。
あと、クレイル将軍は、ドミトリス家門では、ありません。国の重鎮として魔女システムの秘密は知る立場ですが。クレイル家は軍のトップ、ドミトリス家は王宮騎士のトップを担うことが、アゼルティーナの歴史上では多いようです。