11.ヤンの秘密(3)~後継者
「大丈夫よ、ヤン。ねえ、こっち見て。」
ヤンは、ぽろぽろ泣きながら、私を見た。
私はにっこりと笑う。
「ほら。」
右の手の平を上に向け、身体に残っている魔力を少し集めると、ぽわんと明るい光が出た。
「こっちはね。」
次に、左の手の平に魔力を少し集めると、きらきらとした光の粒がはじける。
「私も不思議な力を持っているのよ。
私の力ではヤンの傷を治してあげられなかったけど、
ヤンは綺麗だって言ってくれたわよね。
私はとっても嬉しかったわ。
力を持ってるということは、怖いだけではなくって、
きっと何か、ヤンにできることがあるってことよ。
私も最初は怖かったけど、
そう言ってくれる人がいて、
自分に何ができるのかたくさん考えたのよ。
だから、ヤンも、私と一緒に考えましょう。」
ね?と笑いかけると、ヤンは涙を止めて、まぶしそうな顔をした。
その横で、ルカは、瞳をきらきらさせている。
「う、うわあ! 今の何ですか? 手品みたいです。どうやるんですか?」
て、手品?
「ば、ばかじゃないの?ルカ!
手品なんかじゃないわよ。
不思議な力だって、おっしゃったじゃないの。
本の読みすぎじゃないの?」
アナはヤンと私をちらりと見て、焦ったように言う。
アナもどうやら、本気にしてはいないらしい。
あ~~そうだった~~。
私の力は、100年前もお兄様から『ぱっと見詐欺』と不名誉な表現をされていたんだった。
なかなか、アルヴィスのようにうまくはいかないものねえ。
しょんぼりと肩を落とす私を見て、二人の巫女は何だか残念なものを見るような顔をしたあと、
「さあさあ、落ち着いたようですから、治療しましょう。」
と言って、手際よくヤンの傷を手当てしてから、手をかざし、何やらお祈りを始めた。
「お二人は、一体、何をなさっているんですか?」
気になって、アルベルトの横に立って、そうっと聞くと
「癒やしの術ですよ。100年前とは、少し違うでしょう?今は、溢れかえるような魔力がないので、人々の術もこのようなものですよ。」
アルベルトは、ウインクするように私にそう答え、巫女と子どもたちの様子を優しげで、それでいて憂えたまなざしで見てから、ふと天を仰いだ。
季節外れのじりじりとした太陽の日差しが、中庭の大きな樹に降り注いでいた。
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その日の夕食後、私の部屋には、いつものラウランスではなく、アルベルトが訪れていた。
「アルベルト様がいらっしゃるなんて、初めてのことですね。」
うふふ、と笑うと、アルベルトも微笑んだ。
「ヤンのことで、少しお話がしたかったので。」
お茶を入れてもらい、巫女に下がってもらうと
ラウランスのような世間話もなく、すぐに本題に入るようだ。
儀礼的に一口だけ飲んで、私の方をまっすぐに見据えた。
「マリアージュ様は、ヤンの力が何なのか、もうお気づきでしょう?」
ええ、そうね。最初に会ったときから、感じていたわ。
私もお茶を一口飲んで、アルベルトの緑の瞳を見つめた。
「あの子は、後継者、なのでしょう?」
アルベルトは、ふぅと息を吐いて、それから、ヤンのことを語り始めた。
「ええ。システムが継続していたならば、ですが。
ヤンは、7歳の洗礼式で、魔力が多いことが分かり、それからしばらくして、神殿に預かってほしいとご家族が連れてきました。
洗礼式後、魔力のコントロールがうまくいかず、家庭内で色々とあったようです。ここに来たときは、人と接すること自体を恐れていたのですが、徐々に力も落ち着いていたのです。
ですが、マリアージュ様の覚醒に合わせて、少し乱れがあるみたいですね。」
「そうね。あの子と触れ合うと、魔力が溶け合う感じがするの。」
私もそうだったわ。と思いながら、つぶやく。
「でももう、あのシステムは、使わないのよね?
ヤンは、これからどうなるの?」
ヤンの力は、もう必要ない。
もう、たった一人で眠りにつく必要はない。
・・だけど、使う必要のなくなった力は、どうなるのだろう。
「ヤンは神殿で守ります。ですが、ヤンの力については、私は、貴女に、守り、導いていただきたいと、思っています。そして、共に生きてほしいと。」
優しげでありながら、ずっと、どこか警戒するような目をしていたアルベルトが、殊更に真摯なまなざしで嘆願するように言う。
依代の魔女なくとも、平和な世
私は、もう誰にも、私のような思いをしてほしくない。
それに、アルヴィスが叶えてくれたこの世界を、私も守りたいと思っている。
「望むところだわ。」
「ありがとう。」
アルベルトは、ほっとしたように表情を崩した。
そんなアルベルトは、幾分幼く見えた。
「あ、そうだ。マリアージュ様。」
扉の前まで見送ると、アルベルトがふと振り返る。
「先ほどのあれ、私にも見せてくださいませんか?」
あれ、とは?
小首をかしげた私に、アルベルトはにこっと笑って、右の手の平を上に向けた。
ああ、あれ・・。
私が右手の平を上に向けて力を込めると、ぽわんと光った。
すると、アルベルトがすいっと私の左手に彼の手を添える。
とたん、私の身体の中に、どうっと魔力が流れる。
「ひゃあぁ!」
思わず、変な声が出てびっくりすると同時に、右の手の平の小さな光がぱあーーっと大きくなって、部屋中に広がって消えた。
「ふふっ。やっぱり、よく通りますよね。」
と、悪戯が成功したような顔で笑うアルベルト。
「ラウランス殿には、内緒ですよ?」
綺麗な緑の瞳を面白そうに輝かせて、彼はウインクし、部屋を出て行った。
な、何よぅ?今の。
一体、何なの??
私は、熱が過ぎ去った身体を抱きしめ、真っ赤になって、立ち尽くすのだった。
【あとがき小話】
マリアージュの力は魔力増幅で、目には見えないので、自力で魔法を出そうとしても、ぱっと見、ガス欠みたいな現象しか起こりません。
なので、100年前は、家族や友人から『ぱっと見詐欺』と揶揄われていました。
一方のアルベルトは、魔力供与を担っていただけあって、この世での魔力の強さと扱いは国髄一です。
アルベルトは、ここに来て、ちょっと独占欲?を発揮。
貴女の発したその魔力は自分が注いだもの、馴染みがいいだろう?身体で覚えてるだろう?
言葉にするとこんな感じでしょうか。(アルベルト、エロい。)
あと、本の虫であるルカが随分喜んでいるのは、彼の通常運転ではありえません。
(ルカは興味のないものには基本、無反応)
実は、たまたま最近の彼の愛読書が、「王国七不思議」「実録、超常現象の秘密」の2冊だったからにほかならないのです。
それを知っているアナが焦ってフォローしてくれました。
ここから、折り返しに入ります。
完結まで、がんばります。
明日は飲みに行くので、投稿はお休みです。
マリアージュとアルヴィスの恋物語を読みたい方、ぜひ評価ください。
今回も読んでいただき、ありがとうございました!