9.ヤンの秘密(1)~力
それからしばらく、私は、神殿で巫女として暮らし、時々、王宮やベルガー家と手紙のやり取りをしながら、過ごしていた。
王妃とはお茶を飲んで流行についてのお話をしたり、マティウスからは、何故かベルガー家の事業について相談を受けたりと、概ね平和な日々である。
神殿では、日中は子どもたちと遊んでいることが多く、夕食時にはほぼ毎日ラウランスが訪れては、たわいのないやり取りをしつつ、今世の情報を色々と教えてくれる。
巫女としてのお仕事は、
女神像に祈りを捧げること、
人々の求めに応じて加護を与えること、
洗礼の儀などの儀式に立ち会うこと、
主にこの3つである。
巫女の中でも、特に加護を与える力の強い者は、神殿では聖女と呼ばれているらしく、長く依代の魔女を務めていた私も、これにあたるらしい。
けれども、ラウランスを口説き落として、普通の巫女と同じように扱ってもらっている。
そんなある日の午後。
中庭のいつものベンチでアナと本を読んでいると、二人の巫女に付き添われながらヤンが帰ってきた。
ヤンの髪はボサボサで、服の襟元がよたれ、両膝には血が滲んでいた。
大きな琥珀色の瞳からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ、唇を噛んできゅっと一字に結んでいる。
いつも抱えているスケッチブックは、ゆがみ、泥で汚れていた。
巫女は、手を触れて支えようとするものの、ヤンが振り払うので、どうしていいか分からず、後ろから心配そうについてくる。
「一体何があったの? ヤン!!」
アナがあわててヤンに駆け寄ったが、ヤンは声を出さずに泣くばかりで答えない。
「どうして、何も言わないの?」
「・・・・・・」
「もういい! 私が聞いてくるから!!」
そう言い切って、アナは飛び出して行った。
私はしゃがんで、髪や頬の泥汚れをそっと払い、怪我の様子を見る。
「治療の準備をお願い。」
と言うと、巫女たちは、慌てて神殿の中へと向かった。
「ヤン」
声をかけるとびくりと肩をふるわす。
「ごめんね。ちょっとだけ。」
膝に手を翳し、(治れ~)と念じてみるものの、ぽわんと光るだけで、傷の具合に変化はない。
「やっぱり、だめだったか~。」
がっくり肩を落とす。
100年、身体に魔力を通してたんだから、癒しの術も使えるようになっているかと思ったけど、どうやらそういうものでも、ないらしい。
「マリアージュさま、魔法が使えるの?」
ヤンは、私が発した光に驚いて、涙がとまったようだった。
「いいえ。残念だけど、使えないわ。」
「でも、きれいだった。」
ヤンは、泣き腫らした真っ赤な頬を上げた。
「ありがとう。」
私はにっこり笑って、ヤンの頬と頭をそうっと撫でる。
真っ赤な頬は少し熱を持っており、もともと艶のあった髪は土埃が混じってざらざらしていた。
そうしているうちに、巫女たちが戻ってきた。アルベルトも一緒のようだ。
そして、ちょうど同じタイミングで、アナも帰ってきて、こちらはルカと一緒のようである。
アナは興奮して、大声でまくしたてた。
「ヤンがね、神殿の門のところで、絵を描いてたら、
あいつら、いつもの男子3人が、また、手を出してきたらしくって、
いつもだったら、ヤン、何も言わずに逃げてくるのに、
今日は何か言い返したみたくって、
それであいつらが、ヤンのスケッチブックを取り上げて、
取り返そうとしたヤンを突き飛ばして、
それでっ!
あいつら、私たちが孤児だからって、いつもばかにするのよ!
それに、こんな小さいヤンに、手加減もなしで、
みんなで手を出して、ほんとうにひどい!!」
ルカは、興奮するアナの手をつないで、厳しい表情で私たちを見ている。
ヤンはしばらくそんなルカとアナを見つめていたが、やがてうろたえたように、またぽろぽろと涙を流しはじめた。
「ボクの絵が、気持ち悪い、って言ったんだ。
孤児のくせに、こんなもの、って。
それで、ぜったい許せないって思って、腕を掴んだら、
気持ち悪い、触んな、化け物って・・・。
ボ、ボク・・、わざとじゃないんだ、
わざと、触ったわけじゃ。」
私は、はっとする。
この言葉・・・。
泣いているのは、言われたことではなくて、自分が怖いから・・・?
ヤンの恐怖で揺れる瞳を見て、私のなかでよみがえる光景があった。
今回も読んでいただき、ありがとうございます!
(1)~(3)まで、まとめて読むのがオススメ♪
次話に続きます。