8話「すべてが変わってゆく」
その日から、私は、オイディールの家にて暮らすことになった。
彼も彼の周囲の人たちも親切かつ優しくて。私の家庭の事情を知ると温かく受け入れてくれた。過剰に踏み込むでもなく、だからといって知らんぷりをするでもなく、そっと静かに付き合ってくれた。
今日は両親がやって来て「娘を返してください!」などと言ってきたけれど、それはオイディールに断ってもらった。そして、私もまた、帰りたくないと主張した。これまで思っていたこと、辛かったことや嫌だったこと、すべてを両親に向けて吐き出して。それによって諦めてもらった。
「大変でしたね、色々。お疲れ様でした」
「ご迷惑お掛けして……失礼しました」
私のせいで色々あったから、オイディールには何だか申し訳なくて。でも彼は嫌な顔はしないでいてくれた。嫌、という要素が一切ない、彼の表情に救われている部分が大きい。
「いえ、いいんですよ。帰らないことが貴女の意思であるなら、僕はそれで良いと思うのです」
「ありがとうございます、そう言っていただけると救われます」
「少しでも力になれたなら良かった」
「オイディールさん……! 本当に、本当に、ありがとうございます。おかげで本心も言えましたし……嬉しかったです……!」
これまで言いたくても言えなかったことを言えて嬉しかった。
両親はいまいち理解できていないようだったけれど、でも、それでも言わないままでいるよりかはずっとましだ。
吐き出したい言葉を呑み込むというのは長期になるとさりげなく苦しいもの。
だからこそ、吐き出す良い機会を得られて良かった。
ちなみに今は夜である。
「オイディールさん、また本を見てきても大丈夫ですか?」
「え。ああ、いいよ」
「あの……駄目な時はそう言ってくださいね? 無理は言いませんから」
「いやいやいいんです、自由に見に行ってきてもらって大丈夫ですよ」
「一緒に行きませんか?」
「え、僕と?」
「はい」
「そうですね、そうしましょうか」
私は今、これまでで一番楽しい日々の中にいる。
――オイディールの家で暮らすようになって数週間、風の噂でミーレナーについて聞いた。
ミーレナーと婚約者の話だ。
彼女は私が出ていったことをきっかけに自分も外の世界に強い興味を抱くようになったらしい。で、やたらと街に出掛けていくようになったそうで。そのうちに親しい男性ができたのだそう。で、その人と定期的に二人で会うようになったらしい。
しかし、婚約者にそれを見られていて。
ミーレナーの勝手な行動が問題視されたのだそう。
そうして話し合いとなるが、ミーレナーは自分の行動を「問題なんてない!」と言い張り謝りもしなかったそうで。それによって婚約者を怒らせてしまい、やがて婚約破棄されてしまったそうだ。
いざ婚約破棄を告げられて慌て出すミーレナー。
しかしその時には既に手遅れ。
そのまま関係を解消され、ミーレナーは近所で笑いものになってしまったそうだ。
で、それによって心を病んだらしい。
今は一日中自室にこもっていることしかできないような状態となっているらしい。
しかも、食事すらまともにとれないのだとか。
……可哀想、とは思わない。
心ないかもしれないが。
すべては彼女の行動が招いた結果だ。
だから同情は必要ない、私はそう思う。
良いではないか、ずっと良い思いをして生きてきたのだから。
たとえ婚約破棄されたとしても――幼い頃からずっと家の中で空気のように影のように扱われる人生よりはましだろう。