5話「立派な広い家」
「こんなに広い家にオイディールさんが住んでいらっしゃったなんて……知りませんでした、驚きです」
「驚き、ですか?」
「あっ。いえ……すみません、失礼なことを」
少し見つめ合い、笑う。
「いえ、気にしていませんよ。大丈夫です」
彼は軽く笑い声をこぼした。
今私たちはお茶を楽しんでいる。
良い香りに包まれながら。
「ところでオイディールさん、このお茶って……何のお茶ですか? フルーツみたいな匂いがして美味しいですけど」
ふと思って尋ねる。
素朴な疑問だ。
言葉以上の意味はない。
「フルーツティーですよ、多分」
「多分て」
「はは、変ですよね。でもこれ、僕のお気に入りなんです」
オイディールは苦笑しつつも軽やかに言葉を紡いでくれる。だからこそこちらも喋りやすい。彼がしっかりリードしてくれているからこそ、気づけば自然と会話が成立しているのだ。
「お気に入りなのに何のお茶かは知らないのですね」
「そうなんです、知りません」
「ええー……」
「今度お会いする時までに調べておきます」
「あ、ありがとうございます」
胸の奥までほぐしてくれるような良い香り、それは何も言わずとも人の心を癒してくれる。ただ漂っているだけの香りで、でも、それはそっと身を包み込んでくれて。心に良い影響を与えてくれているかのようだ。
「それで、本の話の続きなのですけど」
やがて彼は本題を切り出してきた。
……まぁ本題と言ってもそれほど重要な話ではないのだが。
あくまで趣味の話である。
「前に言っていた『アブブロフスクノーストレッジの冒険』の下巻冒頭部について、考察を聞かせてもらえませんか? レジーナさんのことですから何かしらあるでしょう、解釈が」
「そうですね。一番最初の部分の花は通行人の心を現していて、また、物語が始まってゆく道をさりげなく彩っているように感じられます」
「ふむふむ」
「オイディールさんは? この花については」
「これから起こることの不穏さを真逆の色で表現しているものかと思っていましたね。敢えて明るさを表現することで、近づく暗雲を暗示しているというか何というか……」
心地よい空間だ、ここは。
ここでは誰も私たちの会話を邪魔できない。
……そうよ、ミーレナーだってさすがにここには割り込めない。
「それで、このアブブロフスクノーストレッジとアブブロフスクノーモルトレッジの会話ですけど」
「可愛いですよね、アブブロフスクノーモルトレッジ」
「ええ、ええ! そうなんです! 彼女がもう可愛すぎて、とにかく最高で! レジーナさんもそう思いますか!」
「はい。オイディールさんはアブブロフスクノーモルトレッジみたいな感じの女性が好きですか?」
「ええ好きです! 素朴な可愛らしさ、たまりません! いやもう神ですよほとんど」
くだらないことかもしれない、他人からすれば。でも私たちにとってはくだらないことではないのだ。一見どうでもいいようなこと、でも、ある意味とても重要なことでもある。
それに、何より楽しい。
こうして自由に語れること。
言いたいことを言っても引かれないこと。
それが何よりもの幸せで。
お互いに熱をぶち当てられるのが最高。