記憶の行方と奪還
「さて,行くぞ。忘れ物は?」ない「ないよー」「手荷物は?」大丈夫だ。「たぶん」「やる気は?」はんなりと「そこはかとなく」
この前もやるけどこのノリなんなの?
「わかんない。学くん心配性だからねー。」
って言うか,水愛が付いてきていいのか「ああ。禁止とは言われていない。」
「そう言うのを,屁理屈って言うんじゃないの?」「じゃあ家に帰るか?」
ここから家に帰るには,1時間は要する。当然,水愛は不満気に口を閉じた。
急に,学が振り返った。
「学,来た?」何が。「細田さん」ああ。「ああ。」
意味は違えど,言葉が被ってしまった。
なんと言うんだっけか。「ハッピーアイスクリームか?」「少し古くない?」まあ,茶番は置いておいて,なんで分かるんだ?
学は辺りを見回している。
「学は1人につき一回であることを条件に,他人の能力の効果を否定しているの。まあ,体質だね。」
そこまでできたらいよいよだなぁ。「何が?」いや,なんでもない。
そんな話をしている内に,学があの生物学の本を開いている。学の目線の先には男が1人いる。
その男はTシャツジーンズにロングコートという微妙なファッションをしており,若者のはずだが長年生きてきたような貫禄を感じさせた。黒縁の眼鏡をかけており,そこが唯一人間味を感じさせる。しかし,目は何かを求め飢える若者のそれに似ていた。
が,ふと瞬きをした隙に,俺の後ろにいた。普通に瞬間移動は話が違うんですけど?
「もう人間じゃない速さだよぉ」そう言う水愛の声は震えている。学は初めて質の悪いトートロジーを聞いた時のような,簡単に言えば釈然としない表情をした。
俺は腕時計を外して右手に持ち,水愛はウェディング衣装ではめるような手袋を右手に着けた。
しかし,それも学に止められた。「まずい,撤退だ。」学がそう言った頃には,細田が急に近づいてきた。
水愛が「こっちに!」と叫ぶ。学は水愛の考えを理解したようで,水愛が走った建物に走る。俺もそれに続いた。
「龍,俺たちの座標と契約して,俺の家に飛べ。」
今までにない考え方だった。今までは“物”と契約して動かす程度しか使えないと思っていたが,“概念”と契約することは考えたことがなかった。
水愛が右手で壁に触れる。一瞬で,建物が溶けた。壁は透き通り,上から水が降ってくる。学の催促する声が聞こえて焦った。
『家入 龍,醫田 学,河野 水愛の3人の座標を醫田 学の家付近に移動させる契約』目を閉じ,心の中で唱える。
目を開けると,「隠者の友」の近くに,3人とも飛んでいた。