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チェンジ!!〜Kaleidoscope of the life〜

作者: Pink Bird
掲載日:2023/01/14

変わりゆく世界を、変わりゆく自分を愛せるように。

これは、何かを失くしたり、失敗してしまったりして落ち込んでいる、あなたに贈る小説です。

どうぞお楽しみください。


●目次●

一.帰り道の事故

二.異変

三.転機

四.幸せ

エピローグ




一. 帰り道の事故

幸せの絶頂のときに、その事故は起きた。  

私は普通科の大学に通う大学生で、彼氏と日帰りの旅行に来ていた。  

暗い夜の山道を、彼の運転する車で進む。  

土がでこぼこしていて、道幅も狭く、車内はがたがたとかなり揺れているけれど、不思議とゆりかごのように心地いい。  

隣には恋人がいる。  

楽しく過ごした今日一日が、明日もきっと、輝かしいものになると思わせる。

「今日は楽しかったな」

「うん。花畑きれいだったし、牧場のレストランのメンチカツ、最高だった。また来たいね」  

そんな、他愛のない話をしていたときだった。  

一頭の鹿が、道を横切るように飛び出してきたのだ。

「危ない!」

彼がハンドルを左に目一杯切ると、車は鹿を避けたものの、そのまま勢いよくガードレールに突っ込んだ。

目覚めたとき、私はベッドの上にいた。

「目が覚めたの!?  梨沙、分かる?お母さんよ!」


そう言って、母はベッドの私の膝の上で泣き崩れた。

父も立ったまま涙ぐみ、堪え切れない涙がその頬を伝っていた。

それから、両親は、私が事故に遭ったという経緯を話した。

鹿が飛び出してきたこと。  

彼が咄嗟の判断でブレーキを踏んで減速させたため、大事に至らなかったこと。

車は見る影もない姿になったけれど、「ふたりとも無事だったから」と彼が笑っていたことも。

もうひとつ両親が話してくれたことがあった。

私は、事故による臓器の激しい損傷が見られ、臓器提供者、いわゆるドナーという人から提供された心臓を移植されたのだという話だった。

個人情報保護の観点から、誰が提供者なのかといった情報は一切聞かされなかったが、何処の誰とも知らないかたが、自分の一部を私のためにくれた、ということの重さは実感した。

私は、事故から生還して暫くの期間を病院で過ごしたのだが、一か月に及ぶリハビリと検査(と薄味の病院食)を乗り越え、退院することとなった。

自宅に戻ってきて、その日はすぐに床に就いたのだが、夜中に事故の夢で目が覚めた。

恐らく、フラッシュバックというものだ。

ところが、フラッシュバックと同時に、不思議な記憶が脳内に雪崩れこんできたのである。

「おとうさん、なにしてるの?」

 小さな女の子が、隣にやってきて自分の手元を覗き込む。

誰?

これは、私じゃない。

誰の記憶・・・?

「箱いっぱーい!」

「これはな、今遠くで地震が起きていて、被災した人たちに送る防寒着やら食料やらを詰めているんだよ」

「私もやるー!」


「・・・」

現実に引き戻され、目が覚めた私は、上半身を起こし、事故の後のビジョンは一体何なのかと暫く考え込んだ。

身に覚えのない、会ったことのない少女との会話。

会ったことはないけれど、あどけなく笑う様が不思議と愛らしく思われる少女。

そして、少女にパパと呼ばれていた人。

ふたりは何処の誰だったのだろう。

この夢には何か意味があるような気がしたけれど、ふわふわとしている雲のようで、どれほど考えてもその意味は掴めなかった。

窓に目をやると、月がもう天辺まで昇っていた。



二.異変

最近、おかしなことが沢山起きる。

まず、彼と一緒に大学のラウンジで昼食を摂っていたときのこと。  

その日の私は、フォークをカチャカチャとやるばかりで、どうしても食が進まなかった。

「あれ?梨沙、食べないの?  

それ、好物なのに。

いつもならペロっと食べちゃうじゃん」

「うん・・・」  

いつもなら美味しいと感じるはずのカボチャのチーズタルトが、全然美味しく感じられない。

それどころかチーズの匂いがきついとさえ感じてしまう。

あんなに好きだったはずなのに。

「どうしたの?」

「何故だか分からないけど、美味しく感じなくて」

結局、カボチャのチーズタルトは、彼のお腹の中へと消えた。

そして、異変のふたつ目。

それまでお酒なんかまったく口にしなかった私が、大酒飲みになった。

二十歳の誕生日を迎えた日に、父から「梨沙も大人になったから」と一口だけビールをもらったことがあったが、苦くてとても飲めたものではなかった。

それが、お酒を好んで飲むようになった。

マンションの冷蔵庫に、スーパーで買った缶ビールをストックしておき、大学の講義が終わって帰宅すると、冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールを取り出して飲むのが今の日課となっている。

お酒は、少量ならば長寿の助けとなるし、リラックス効果もあるよいものだと聞いたことがあったが、お酒を飲みはじめたばかりの私は加減が分からず、つい飲みすぎてしまう。

先日の講義では、二日酔いをしてしまい、講堂の真ん中の席で突っ伏して眠ってしまった。

 講義が終わった頃、彼に起こされて目が覚めた。

 彼は頭をわしっとしながら「酒飲み過ぎだ」と言って横切っていった。

 最後に異変のみっつ目。

 大声を出しやすくなった。

就職課のマネージャーには、「最近、ハキハキと喋るようになったわね」と褒められたが、 一方で、普段小さなことでも怒鳴ってしまうし、道端で偶然彼を見かけたときには、大声で彼の名前を呼んで「恥ずかしいから止めてくれ」と窘められてしまった。

 私は、最近起きたそれらの異変に悩まされていた。

一体どうしたというのだろう。

いつもだったらこんなこと絶対しないだろうに。

酒も好んで飲まないし、大声出したりもしない。

最近の私はなんだか変だ。



今日の私は、大学内の噴水広場にいる。

今日受講する講義はすべて終わったが、このあと行く予定をしている病院の予約時間までまだ少し余裕があったから、大学内で時間を潰していた。

通りがけに、ゼミメイトたちが「最近変わったね」「そうかな?そうかも」と噂している。

確かに変わったのだが、あまりよい変化とは言いがたく、私の気分は少し落ち込んだ。

そのあと、遠くからよく知る顔がやってくるのが見えた。

彼だ。

「今日、ゼミ休講だろ。帰りカラオケでも寄ってく?」

「今日、術後の経過観察があるの。

病院に行かないと」

「そう。じゃあ、また次の日曜日に」

「OK」

 そして、彼と会う約束をしていた日曜日。

最近はおかしなことばかりだけれど、今日はいい日になるような気がしていた。

それには半分、願望が含まれていたと思う。

私は、彼の到着を今か今かと待っていた。

「おー、来たか!」

彼が来たので私は声を掛けたが、彼はぎょっとしたような表情を浮かべる。

彼は少し険しい表情になり、「その格好、少しは気にしたら。がに股座り、膝には酒」と注意する。

私ははっとしてすぐに姿勢を正す。

「まあいいや。行こう」  

私と彼は話をしながら歩きはじめる。

「そういえば、今日はティーシャツ、ジーンズって随分ラフな服装じゃない。

 前は花柄とか着てたよな」

 ーそうだったっけ?

 実を言うと、入院のブランクがあり、講義に追いつくことに必死だった私は、クローゼットもあまり見なくなっていた。

 今日だって、物干し竿に干してある服をばっと取って着てきたのだ。

 さすがにそれは言わないでおこうと思って口を噤んだ。

 そのまま駐車場へ向かい、彼の車へと乗り込む。

 運転しながら、彼が私に話し掛ける。

「どうする、梨沙?映画でも見に行く?」

「この辺り映画館あるの?」

「・・・!埼玉馬鹿にされてる感じがするなー、それ」

 しまった、失言した!  

彼は笑っていたが、口元が引きつっていた。

 言い訳になるが、私は、決して埼玉を蔑むつもりはない。

本当に土地勘がない。

彼と付き合うまで、この辺りにはほとんど来たことがなかったし、付き合いはじめて日も浅かった。

言ってから少し後悔したけど、彼はすぐ話題を変えてしまったので、ごめんと言うタイミングを逃してしまった。

その日のデートは、会話も弾まず、なんだか一日浮かない気持ちで過ごしたのだった。



事が起きたのは、ある雨の日のことだった。

講義のあと、ふたりで課題をやったほうが捗るだろうという話になり、私の家に彼が訪ねて来ていた。

課題をやり終えて、話をしはじめ、次会う日について話題に上がった。

「土曜日、塾講師のバイト入った」

「え、その日遊びに行くって言ったじゃん!

楽しみにしていたんだよ」 

「休む人の代わりが他にいなかったんだから、仕方ないだろ」

「バイト入っちゃうのは仕方ないよ?  

でもさ、ちっとも悪びれる様子もないじゃん。

そもそも私のほうが先約なんだよ?

私のことは大事じゃないの?

だから悪く思わない?」

矢継ぎ早に言葉が出た。

「お前、あの事故があってから別人みたいだな。

・・・今までは猫被ってたんだな」

「ちょっと待っ、うわ!」

 その場を立ち去ろうとする彼を引き止めようとして、私は床の上に置きっぱなしにされていた空き缶に躓いた。

 私の部屋の床は、最近目も当てられないほど汚くなっていた。

「さよなら」

彼は振り向かずにそう言い放つと、出て行った。

 パタン・・・という音を最後に、その部屋は静寂に包まれた。

 私は床に手をついたまま、目を見開いて呆然としていた。

次の土曜日、私は予後観察のため、事故後の手術を行った病院に来ていた。

この際だからと、人柄が別人みたいになったこと、知らない人の記憶がフラッシュバックすることなど洗いざらい話した。

もう、藁にもすがる思いだった。

事故に遭ってから人となりが変わりはじめた原因を突き止めて、元に戻るには、病院の先生を頼るしかない。

先生は、カルテを見ながら私に問う。

「移植した臓器は心臓でしたね。

 心臓には記憶する細胞が含まれていて、海外でも臓器移植されたかたが臓器提供者の性格に近づいたり、食の好みが

変わったりする例は報告されています。

これは、記憶転移と呼ばれる現象でね。

臓器提供者の生命をもらい受けたことに対する精神的影響とか、反論する意見もあるから、あなたのそれが記憶転移によるものであると断定することは難しいですが」

「先生、治すことは」

「病気じゃないから、ははは。まあ変化とも上手に付き合っていきましょう」

「そんな。困ってるんです。私の人生はどうなる・・」

 言葉を遮るように先生は言った。

「神経科を紹介することは可能ですが」

そのときの自分の表情は分からないが、絶望的な表情をしていたと思う。


ーーーあの自動車事故が起きてから私の人生はもう最悪!!!

私は、人の居ない、大学の屋上でそう叫んだ。

 彼は「あの事故があってから別人のようだ」と離れていくし、成績は振るわないし、悪いことばかり。  

叫んで鬱憤を晴らしきると、私は屋上の出口に向かった。


そのときだった。

「おい。お前」

背後から突然声を掛けられた。

顔を見ると、見知らぬ学生の三人組だった。

なんだかがらの悪いひとたちだ。

「お前最近目立ってるな。花寺とか言ったか」

「花寺梨沙だよ。あんたたち誰」

 私は、名乗りもしない不躾な三人組に、不躾な返事をする。(弁解すると、機嫌が悪かったのもある)

「鬱憤溜まってんなら、これ、吸うか」

 そう言って真ん中の長身男一人が煙草を差し出した。

「学内は禁煙でしょう」

「あっそ」

 三人はこれ見よがしに煙草を吸いはじめた。

「何やってるの」

私は煙草を取り上げ、柵まで行って、屋上から放り投げた。

 煙草は、下の池に落ちた。

三人は唖然としていたが、暫くすると笑い出してしまった。

それから、学内で私は「ヤンキーの悪事を糾弾した女子大生」として、ちょっとしたときの人になった。

 ヤンキーの間で名が知られ、がらの悪そうな人に喧嘩を吹っ掛けられたりもした。

 そのときは、張り倒して成敗した。

 まったく。こういうことで有名になることは別に望んでいなかったんだけどな。

 入学当初は、優秀学生賞を目指していたのに。  

優秀学生賞なんて、二日酔いで寝たり、学内で男を張り倒したりする学生に贈られる賞ではないよね。    


因みに、例の三人組は学内での喫煙を止め、どういうわけだか、私と少し打ち解けた。

「梨沙さん。

おはよっす!」

「荷物重そうっすね。持ちましょうか」

「いや、いいから」

三人組の取り巻きが、私の噂に一層の拍車を掛けている。










三.転機

ある天気のいい日。

講義に向かう途中、腰に手を当てながら踞っているお婆さんを見つけた。

私はすぐさま駆け寄る。

「お婆さん、大丈夫ですか」

「急に腰が痛くなってね。

久し振りに外出したものだから」

「おんぶすると痛いかな?  

荷物持とうか」

  お婆さんから荷物を受け取る。

「掴まって」

  そうして、私は講義を無視してお婆さんと歩きはじめた。

  講義はあとで誰かにプリントをコピーさせてもらえばいい。

  講義を受けることも大事だけれど、それ以上に困ってる人を放ってはおけなかった。

  講義を二時限目から受けて、自宅のマンションに帰ると、私はお酒を飲んだ。

  講義を受けている最中はそれに集中していられるのだけど、講義が終わると、何もやることがない。

  どうしても、どうにもならない今のこと、将来のことが、頭にへばり付いて離れなかった。

考えがぐるぐる回ると、お酒を飲んで忘れようとした。

缶ビールを片手に、机に突っ伏しながら考える。

もしあのとき助からなかったら、生き長らえなかったら、 幸せなまま一生を終えていたのだろうか、と。    


次の日も、よく晴れていた。

講義が終わり帰路に着いていると、「梨沙」と、ふいに男性の声に呼び止められた。

振り返ると、そこに居たのは、眼鏡を掛けた青年。

幼なじみのルイだった。

高校の頃からお互いをよく知っている。

ルイは仏人と日本人のハーフだ。

その見た目が人と異なることで、好奇の目で見られることもあったが、話すうちにルイの優しい性格を知った私は、ルイを修学旅行の班に入れ、それが契機となって、ルイは皆と打ち解けたのだった。

 人間は、知らないものは何となく拒む性質がある。

でも、いいところを知れば誰とだって仲良くなれてしまうのかもしれない。

私の変わる前と変わったあと、どちらも知ったうえでルイは私に話し掛けているのだろうか。

 もしも私の変化を知らないだけで、今の私をルイが知ったとき、受け入れられず離れていってしまったら?

 よくない想像をして、こちらからは言葉を発せずにいた。

すると、ルイは気にする様子もなく私に話し掛けてきた。

「最近、お酒飲むようになったね。

梨沙を居酒屋でたまに見掛ける」

「うん。飲むようになった」

「苦手な人参も食べられるようになったんだね」

「そうだね」

「偉いじゃない」

「だけど、講義で寝ちゃったりしてさ。全然偉くないよ」

「授業中寝たことある人って全体の八六%にのぼるんだって。

四捨五入すると九割のひとが居眠りを経験したことになる。

 だからさ、誰にでもあるって。

気を落とさないで。

まあ、二日酔いにならないよう、加減を覚えていくんだね」

「ルイ・・・」

 ルイは、変わる前の私と、変わったあとの私と、どちらも知ったうえで励ましてくれている。

なんだか落胆した気持ちが少しだけ収まった気がした。

暫くふたりで歩いていると、ふと赤いテントに「kaleidoscope」と書かれた雑貨屋が目に入った。

 ここは付き合っていた頃、彼とよく行った店だった。

「ここ寄っていく?」

 ルイが立ち止まって、白壁に赤いテントの張られたその店を指差す。

「え」

  私は戸惑った。

「なんか、見てたから」

「・・・」

 元彼と何度も来たお気に入りの店が、今や苦い記憶の店になっていた。

 でも、何も知らずにこにこしているルイを見ていると、別になんてことないような気にもなってくる。

 私は、誘われるまま店の中に入った。

「わ。見て見て万華鏡。綺麗」

ルイが子供のようにはしゃぐので、私は思わずぷっと吹き出してしまった。

さっきまで、悲しい思い出の店だったのになあ。

不思議。全然景色が違った形で見えてくる。

それは、まるでこの万華鏡みたいだ。

ひとつで幾千とおりの模様を持っていて、中身は同じ筈なのに、見方次第で全然違う色になるのだ。

 深い海のような悲しみの青。

 それから、春の花園のようなさくら色は歓びの色。

 黄色は眩く光る希望の色・・・。

悲しみの色に包まれていたと思えば、ひっくり返すと色がぜんぜん違う華やかなさくら色に変化する。  

私の見ているこの店の景色も、ルイとふたりでいれば明るい色をして見えた。

「なんでルイはこんな私によくしてくれるの。

 がら悪いとか思わないの」

「いいところいっぱいあるもん」

「本当〜?」  

半信半疑で私が言う。

 ルイは、言葉を続ける。

「この間、困ってるお婆さんを助けていたでしょう。

 偶然それを目撃したんだ」

 私は少し驚いた。

 まさか見ていた人がいたなんて思いもしなかった。

「誰かのために力を尽くせる、立派な人だなって思った」

 そして、ふいにルイはふっと微笑して、こう言った。

「明朗快活で、元気よく笑ったり、一方で、納得いかないことに対しては、はっきり怒ったり。  

そういったすべての感情に嘘がないと思う」

 私は、そんな見方をしてくれる人がいることに驚いた。

 明朗快活で元気とは、余りに前向きな捉え方だ。

 そんなふうに思う人がいてくれたことが、有難かった。


家に帰ると、私は相変わらず酒に溺れる日々が続いていた。

というのも、周りから少しずつ、結婚や就職先内定の話を聞くようになっていたからだ。

ルイが私を励ましてくれたのはありがたかったけれど、肝心な現状は何ひとつ改善していなかった。  

元に戻る方法は分からないまま。

私、どうしたらいいんだろう。

お酒を切らし、飲む手を止めて突っ伏していた丁度そのときだ。

突然、ルイが部屋に入ってきた。

「何、突然訪ねてきて」

「突然って、今日遊びに行くって話していたじゃない」

そう言われればそうだったかもしれないと思って、スマートフォンでのやり取りを見返すと、確かに

今日訪ねてくることが書かれていた。

最近、もう何もかも覚えておこうとする気力さえもが湧かないのだ。

「何度もチャイム鳴らしたんだけど出ないから、心配で中入ってきちゃったんだ。

迷惑だった?」

「いや、ごめん。

 私気付かなくて」

机の周りはビールの空き缶だらけだ。

目は泣き腫らしている。

最悪だ、と思った。

「何かあった?」

ルイは隣に座り、私に尋ねた。

「彼氏に振られた。  

私が思いやりに欠けていたって今なら分かる。

でも、関係は取り戻せない」

言いながら、涙がまた溢れてくる。

ルイは黙って聞いている。

「それだけじゃない。

講義中は二日酔いして寝ちゃうし、こうやって、大声出しちゃうし。

ルイも気付いてるでしょう?

 私が以前と変わったこと。  

あの事故のせいで、もう、滅茶苦茶になっちゃって!」

ルイに当たり散らすのが辛くて、「早く帰って」と言った。

 ルイは立ち上がり、側を離れる。

「そんな泣き虫なとこも、好きだよ」  

一言、ぽつりと言い去った。

「ありがと・・・・・」

バタンと音がして、ルイはそのまま部屋を出ていってしまった。

 顔を上げたが、その頃にはルイの姿はなかった。

(・・・!へ??? 今、今なんてった?もう一回!)

 冷静になって、先ルイが呟いた言葉を頭の中で思い返す。


''そんな泣き虫なとこも、好きだよ''  


(好きだよ好きだよ好きだよ ・・・)  

私は一気に顔が熱くなるのを感じた。

 頬に両手を当ててみる。

とても熱く、自分の身体ではないようだ。

耳まで熱を持っている。

彼氏に告白されて付き合って以後、大切にされ、満たされてはいたけれど、こんなふうになったのは久々か、ひょっとしたら初めてかもしれない。

顔が熱を持つのと同時に、胸の奥底から、燈火のように温かく、きらきらした光を放つ、何とも言い

ようのない感情が湧き上がってくるのを感じた。

これは何だろうか。

心の中が温かい何かで満たされ、どうしようもなく涙が溢れる。

先まで酔いつぶれて泣いていたときの涙とは違う。

まったく違う涙だった。

「どうして・・・。」

(こんな状況でも、希望が湧いてくるなんて・・・)

 

その日の夜、ふかふかのベッドの中である夢を見た。

夢で臓器提供者のおじさんに励まされる夢だ。

「お前、大学で悪餓鬼にえらいぶちかましてたなあ。

やるじゃねえか」

「誉めてもらいたくてやったんじやない。

それに、やったのはあなた。

私は勉強好きで、周りからは大人しいって言われていた。

 小さかった頃は、人と話すのも恐くていつもお父さんの影に隠れて。

 大人に話しかけられると泣いていたっけ」

「成長って捉えちゃいけねえのかい?」

「成長?」

「確かに臓器は提供したがな、あくまで引き継いだのは記憶だ。

正義感が強くなったのも、困ってるやつを放っておけなかったのも、お前なんだよ。

大酒飲みは、一寸、申し訳ねえと思ってるけどよ。

気を付けりゃいいじゃねえか」

「失敗したのも、人を助けたのも、私、か・・・」  

そうだ。

これまで、失敗しては起き上がってきた。

問題を解決しては新たな壁にどん詰まって、でも壁を乗り越えたり、違う道を見つけて思いもよらない喜びに出会ったり。

 

ふと、ルイと元彼の顔が思い浮かぶ。

「慰めてくれてありがとうおじじ」

じっと目を閉じ、沢山の記憶を頭の中で反芻する。

(助からなければ)

(よかった、目覚めてくれて本当に・・・!!) 

(事故が起きてから私の人生はもう最悪!!!)

(もう大学来て大丈夫なの?よかったね!! 休んでた分のこの講義のノートは、コピー取っておいたからよかったら使って)

(なんでこんな私によくしてくれるの)

(好きだよ)


(せっかく生きながらえさせてもらったのに。

私泣きごとしか言ってなかった。

そんなことでは申し訳ない。

私は、今はこの人とふたりなんだ。

ひとりでふたり。

この人はどんな想いで、自らの命の一部を、私に呉れたんだろう。  

きっと意味のある行為なんだ。  

それも、とても大事な意味)  

それから、私ではないもうひとりの記憶を反芻する。

家族を思う、おじじの記憶。

難病の娘に臓器提供者がなかなかなく、涙している記憶。

その後、臓器提供者になると決意し、臓器提供意思表示カードを作った記憶。

「おじじ」

「あん?」

「おじじって酒豪だし、好き嫌い激しいし、五月蝿いし。

でも、お節介焼きで、着のみ着のまま生きて、明るくて。人思いで。

そんな貴方、嫌いじゃないよ」

「おう」

「だから貴方と一緒に生きる」

「うむ!」

「もうこれからは私だけの人生じゃない。おじじと私、二人分の人生を生きてやるよ!

見ててね!!」


次の月曜日、私は大学のゼミ研究室に行った。

 少しお洒落な、花柄のスカートを履いて。

「ルイ」

「ああ。これどうぞ」

そう言ってルイは大判焼きを手渡してきた。

焼き立てなのか、まだほかほかだ。

「教授が、ゼミ生皆にって呉れたんだ。

一緒に食べよう」

「あのさ。

 思いを伝えてくれたのに、ずっと答えなくてごめん。

私も好き。

大好き。

大切に思ってる。

ずっと一緒にいたいと思ってる。

だから、大学卒業しても、就職しても、よぼよぼに老いさらばえても、ずっと一緒に居てください」

ルイは軽く笑いながら 「こんな僕でよければ」 と、私の手を取る。

眼鏡の下で、目が優しく笑っている。

ああ。私の人生、ぜんぜん駄目なんかじゃなかった。  

見方を変えたらば、私の人生はずっと幸せ者だ。

 両親に大事にされ、事故に遭っても一命を取り留めることができた。

そして今、最高の人生の伴侶と巡り会えたのだから。

「あれ、花寺とルイ君は?」

「休んでる。週末、海外で結婚式だって!」

「結婚式!!学生結婚?」

「わー。目出度い!なんで誘ってくれなかったんだー」

「挙式をするのは海外だし、家族婚にしたいってさ」

「後日、披露宴の代わりにパーティーを計画しています、って言ってたよ」



四.幸せ

 さざ波の音が心地よい、ハワイのチャペル。

 祭壇越しには海が広がって見える。

 私は今、その式場で、白いウエディングドレスと、美しい花の飾られたベールに身を包みながら、ヴァージンロードを歩いている。

 傍らには、優しい眼差しで見守るタキシード姿のルイがいる。

 ヴァージンロードを、ふたり並んでゆっくりと歩く。

 今日という日の幸せを噛みしめながら。

 あのとき終焉を迎えていたかもしれない私の命。

 それを繋ぎ留めてくれた沢山の人たちのおかげで、こんなにも幸せな瞬間を迎えることが出来た。

 これからも、私の人生、 沢山の変化があるだろうけれど、大丈夫。

 思いどおりにいかなくても、失っても、傷ついても、挫けない。

 隣で笑ってくれる人がいるからーーー。


 ルイと、おじじ、両親の笑顔が、脳裏に次々と過った。



 エピローグ

「じゃあ、今月の面談を始めましょうか。

  花寺さんの志望は、ミドリ社と、あとこちらは、ああ、止めたんだったね」

「はい」  

私は、大学の就職課に来ていた。

 私の通う大学においては、毎月、学生とマネージャー一対一での面談が実施される。

進路について、就職支援マネージャーと一時間みっちり話し合うのだ。


まだ事故に遭う前、私は就職の進路で、少し迷っていた。

小説家になりたいと相談したとき、小説家になれるのは一握りであり、難しい道を歩むことになると言われた。

かの有名な二葉亭四迷のように、親の反対を振り切り、すべてを捨てて小説に挑むような度胸は、そのときの私にはなかった。

 だから、私はマネージャーの言葉を聞いて、もう一方の安泰の道を選ぶことにした。

 しかし、私はその進路を変えることに決めた。

そのことを、マネージャーに伝えに来たのだ。

「あの、豊田マネージャーさん。

 進路変更しても構いませんか」

「と言うことは」

「はい。私、小説家になろうと思います」

小説を書くというのは、私の小さい頃からの夢だ。

それに、自宅を作業場にして、少しでもルイと過ごす時間を沢山取りたいという気持ちもあった。

 朝、お弁当を用意して、家族に手渡すような、そんなお母さんになりたかった。

自分の手で好きな色のビーズを入れて、未来が鮮やかな色になるように、万華鏡を彩っていく。

 覗いてみたとき、理想と違う景色になっていたとしても、それはそれで楽しいのではないかと思った。

自分で選んで入れたビーズで作り出した、自分だけの景色なのだから。

   

 事故が起きる前の私は、勇気を出せなかった。

 けれど、今の私は少しだけ違う。

前を向いて、進みたい道をまっすぐ見据えている。


 学内から見える庭を、真っ白な鳩が空へ向かって飛び立つのが見えた。





最後までお読みいただきましてありがとうございました!

著者 Pink Bird




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