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桧山くんと鍵崎さんは義理の兄妹で、しかもラブホに住んでいる

作者: 墨江夢

「右良し、左良し、再び右良し。……大丈夫だ。知り合いの姿はない」


 朝の七時半。朝食を終え、着替えを済まし、残すは登校するだけとなった俺は、部屋の窓から周辺の様子を伺っていた。

 

 ここから見えるものがあるとすれば、腕を組んで歩くカップルの姿のみ。正直そんな奴らどうでもよく、ただリア充爆発しろという妬みの感情を抱くのみだ。

 俺が今警戒しているのは、クラスメイトや部活の先輩後輩といった、俺のことを知っている存在。俺はとある事情から、知己にここから出る姿を目撃されるわけにはいかなかった。


 コンコンコン。部屋のドアがノックされたかと思うと、一人の少女が中に入ってくる。

 俺と同じ高校の制服を着た少女だった。


「どう? 今なら学校に行けそう?」

「あぁ。見たところ、周りに生徒はいない。もちろん、先生も」

「そう。だったら今のうちに、ここから出ちゃいましょう」


 そうして俺・桧山琥太郎(ひやまこたろう)と義妹の鍵崎玲奈(かぎさきれいな)は、二人並んで――ラブホテルを出発した。





 年頃の男女がラブホで夜を明かしたとなれば、普通なら昨晩はお楽しみだったのだと判断するだろう。

 俺と玲奈は義理の兄妹。血は繋がっていないから、仮に男女の仲になったとしても法的にはなんら問題ない。


 だけど早々に宣言しておこう。俺と玲奈は、断じてそんな関係じゃない。ましてや欲望を抑え切れなくなり、一夜の過ちを犯したわけでもない。

 俺と玲奈がラブホから出てきたのには、複雑かつバカらしい理由があるのだ。


 元々俺と玲奈は、単なるクラスメイトという関係だった。

 登校中にばったり出会した時とか、日直が一緒になった時とかに多少話したりするくらいで、お昼を一緒に食べたり放課後遊びに行ったりする程仲良くはない。だから、うん。やっぱり友達というより、クラスメイトの方がしっくりくる。


 俺と玲奈の関係性が大きく変化したのは、一ヶ月前。俺は父さんから、衝撃のカミングアウトを受けた。


「なぁ、琥太郎。ちょっと大事な相談があるんだけど、良いか?」

「ちょっとなのか大事なのか、重要度がわからねーよ。何? 父さんの会社が倒産でもした?」

「倒産はしていない。業況は好調だ。そうじゃなくて……父さん、再婚しようと思うんだ」

「ふーん。別に良いんじゃないか」

「……反対しないのか?」

「する理由がないからな」


 母さんと離婚して、早十年。父さんは男で一つで、俺を育ててくれている。

 仕事と子育てに手一杯で、もう恋愛をするつもりなんてないんじゃないかと思っていたけれど……やることはしっかりやっているんじゃないか。


 今まで苦労してきた分、父さんには幸せになって欲しい。俺は再婚したいという父さんの申し出を、快諾した。


 数日後。新しい義母さんと一緒に我が家にやって来たのが……連れ子の玲奈だった。


 両親の再婚をきっかけに、俺と玲奈の関係は単なるクラスメイトから義理の兄妹へ変わる。

 因みに夫婦別姓。だから玲奈は今でも「鍵崎」で通っている。


 クラスメイトが義妹になるなんて、まるでラブコメみたいな展開で驚いたけれど、それ自体はまぁ、あり得ないことじゃない。

 一つ屋根の下で過ごすことに多少の恥ずかしさもあるが、家族だと割り切って生活していけば、いずれ慣れるだろう。


 問題は、住む場所だ。それまでアパート暮らしだった桧山家と鍵崎家は、再婚を機に大きな家に引っ越そうと計画した。


「皆が快適に過ごせるような、そんな家が良いよね! 家族共有スペースは勿論、お互いのプライベート空間もきちんと確保出来るようにしたいな! お風呂やトイレが各部屋に付いていると便利だと思うよ!」


 楽観的な(バカ)が言う。


「だったらいっそ、お城みたいな家にしない? 建物の外観も、なんかキラキラしているやつ! 雰囲気だけでもお金持ちになろうじゃない!」


 夢見がちな義母(バカ)が言う。


 その後も二人の暴走は続き、様々な無理難題を不動産屋に突きつけていく。結果条件を全て満たしていたのが――この潰れたラブホテルだったのだ。


 なかなか買い手がつかなかったこともあり、びっくりする程安くラブホテルを購入することが出来た。

 ベッドはダブルサイズだから広いし、各々の部屋にトイレもお風呂も付いていて快適ではあるんだけど……元ラブホという事実が、俺たちに好印象を与えていなかった。


 偏見だと思うかもしれない。あぁ、そうだよ。完全に偏見だよ。

 でも俺と玲奈は高校生。自分たちも周囲も、そういう偏見に敏感な年頃なのだ。


 考えてもみろ。俺と玲奈が揃ってラブホから出てくる姿を見たクラスメイトは、どう思う?

 学校の連中は、俺たちが義兄妹になったことを知らない。だから「え? あいつら付き合ってたのか」と勘違いするだろう。

 それならまだ良い。いや、よくはないけど、百歩譲ってまだ良い。

 最悪なのは「え? あいつらヤッたの?」と勘違いされることで、そしてその誤解は極めて生じやすい。

 お陰で毎朝家を出るってだけで、こうして神経を張り巡らせる始末なのだ。


「右良し、左良し、再び右良し」


 自宅を出る直前、俺は玄関の前でまたも周囲に知り合いがいないか確認する。


「上良し、下良し、パパラッチの姿なし」


 玲奈に至っては、過剰なほど知り合いの目を警戒している。


『いってきまーす!』と父さんと義母さんに伝えた俺たちは、自宅を出るなり……これでもかというくらい距離を置いて、登校し始めた。





 クラスメイトと義兄妹になり、一つ屋根の下で生活を始めると、父子家庭の頃では起こり得なかった様々なアクシデントが発生する。

 例えば廊下を歩いていると、洗濯前の義妹の下着が落ちていたり。エッチなアニメを観ていると、実はその音が隣の義妹の部屋に漏れていたり。


 玲奈と義兄妹になって一ヶ月。そんなアクシデントが何度かあったわけだから、姉や妹がいるというのはこんな感覚なのだろうと、早くも順応し始めていた。


 だけどさ、だけどさ! 流石にこのアクシデントは、何度遭遇しても慣れないだろう!

 両親の寝室に落ちているコンドームの袋(開封済)を見ながら、俺は内心叫んだ。


「洗濯したいからシーツを持ってきてくれ」って頼むのは良いけどさ、だったらコンドームの袋くらい捨てておいてくれよ。

 シーツを引っぺがしたら目の前で開封済みのコンドームの袋が舞うなんて光景、どんな顔して眺めれば良いんだよ。両親の夜の事情とか知りたくなかったわ。


「このことは、父さんと義母さんには……あと玲奈にも黙っておいた方が良いな」


 俺は何も見ていない。自分にそう言い聞かせながら、俺はコンドームの袋をポケットに突っ込んだ。

 

 毎朝恒例の自宅周辺のチェックを行った後で、俺と玲奈は『いってきます』と自宅を出る。

 今朝は寒く、日なたの当たるところを歩きたいということで、俺たちは道路の右側を並んで歩いていた。


「しかし、今日は冷えるわね。今年一番の寒さだって、天気予報で言っていたわよ」

「マジかよ。もしかして、雪でも降っちゃう?」

「まだ11月だし、流石に降らないわよ。雪が好きなの?」

「雪が降ること自体はテンション上がるし、どちらかと言うと好きだな。その後の雪かきとか凍った地面を転ばないよう歩いたりするのは、面倒だから嫌い」

「確かに、スケートリンクみたいになったアスファルトの上って、かなり滑るわよね。……うぅっ! 本当に寒い!」


 玲奈は両手で口を覆うと、ハーァと息を吐き手のひらを温める。


「こういう時、カップルだったら手を繋いで互いを温め合うんだろうけど……」

「私たちは義兄妹だから、そんなこと出来ないわよね」


 それでも寒いものは寒い。

 俺はかじかむ両手をポケットに突っ込んで、少しでも寒さを軽減しようと試みた。すると、


「……ん?」


 ポケットの中に、何かが入っている。取り出してみると、それは……コンドームの袋だった。

 ヤベェ、捨てるの忘れてた。


 今朝に限って玲奈は俺の隣を歩いている為、俺の手中のブツが当然彼女の目に入る。

 玲奈とて高校生。男性経験がないにしても、知識くらいはある。


「あなた、それを使ったの!? まさか……寝ている私に無理矢理()()んじゃないでしょうね!?」

「してねーよ! ついでに言うと俺が使ったわけでもねぇ!」

「じゃあそんなもの、どこで手に入れたって言うのよ!? 落ちてたから拾ったなんて言い訳、通用しないわよ!」

「言い訳じゃなく、本当に落ちてたんだよ!」

「どこに!?」

「……父さんたちの寝室に」

「…………あぁ、そういう」


 スッと、玲奈は視線を下げる。どうやら全てを察したようだ。


「昨日お母さんが「弟か妹欲しくなーい?」って聞いてきたから、何かあるなとは思っていたけど……そういうことだったのね」

「……お前は何て答えたんだ?」

「欲しいとは思わない。だからといって、お母さんとお義父さんの自由を奪う気もない。どう受け取られても良いように、「別に」って答えておいたわ」


 俺も父さんと義母さんの幸せを願っているわけだし、二人が子供が欲しいと思っているのなら、止めるつもりもない。なんだけど……


「それはさておき、両親が昨夜そういうことをしていたなんて情報、知りたくなかったわ」

「それについては同意見だ」

 

 桜の花びらのようにコンドームの袋がひらひらと宙を舞う様を眺めている時、俺がどれ程の衝撃を受けたかわかるか? 推しの清純派アイドルが実は子持ちでした並の衝撃だったぞ。


「ねぇ、それ貸して」

「別に良いけど……欲しいのか?」

「んなわけないでしょ。こうするのよ」


 玲奈は俺からコンドームの袋を奪い取ると、北風の吹いたタイミングでパッと手放した。


「これで証拠隠滅。私たちは、何も知らない。……ていうかあなたもそのつもりで、ポケットの中に隠し持っていたんでしょ?」

「そうなんだけど……初めて記念とかだったらどうするんだ?」

「あのバカ夫婦が初めてなわけないでしょ。確実に何回もヤってるわ」


 まぁ、そうだよな。子供なんだから、親のことは誰よりもわかっている。わかりたくない内容だったけど。


「そういえば弟か妹がいらないかって聞かれた時、こうも言われたわ。「お母さん、早く孫の顔が見たいなー」って」

「高校生の娘に言うセリフか、それ? ……で、実際のところどうなんだ?」

「どうって?」

「そういう予定っていうか、特定の相手がいるのかって話だ」


 玲奈は可愛いし、クラスの中心人物だし。噂によると、何度も告白されているらしい。

 俺が知らないだけで、もしかしたら彼氏がいるのかもしれない。

 義兄妹になって、まだ一ヶ月だ。知らないことも沢山ある。


「いないわね。作るつもりもないわ」

「それは勿体ないな。家が元ラブホで、ヤりたい放題なのに」

「未成年でも合法的にラブホでエッチ出来るって? 冗談言わないで。一つ屋根の下で男と過ごすなんて――今はどこかのバカ兄貴で十分よ」

「そうかよ。だったら……俺も彼女を作らないで、当面は義妹で我慢するわ」


 近い将来、もし俺と玲奈が周囲の目なんて気にせず、堂々と自宅(ラブホ)を出ることが出来るようになったならば――その時は、きっと俺たちの関係も義兄妹から別のものに変わっていることだろう。

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