【file6】恐怖! マシュマロ女の怪
日曜日はココミック
仕事を変わり、職場に近いところのアパートに引っ越した。
俺に仕事を教えてくれる先輩が、仕事以外のことも教えてくれた。
「お前、あのへんに住んでるんなら、あの地下道は絶対に通るなよ?」
「え? 何か、危険なんですか?」
俺の通勤路にそんなには古くない感じの地下道がある。むしろ新しいぐらいだし、中は夜でも明るいので、怖いスポットという感じはしなかった。そこを通るのが一番近いので、出来れば俺はそこを通りたかった。
「出るんだよ」
先輩は脅かすように、言った。
「夜になると、あそこは出るんだ」
「な、何がです?」
「マシュマロ女だよ。聞いたことねえ?」
「し、知らないです……」
すると先輩は怪談上手の芸能人のように、その話をして聞かせてくれた。
夜にその地下道に入ると、女性が1人で立っているのだという。彼女は金髪の、とても美しい白人女性で、見とれてしまうのだという。挨拶して来るが、無視しろと先輩は言った。そのマシュマロのようなほっぺたを触らされてしまったら、2度とこの世には戻って来られないのだそうだ。
「だから、朝はいいが、帰りが遅くなってもう暗くなってたら、あそこは通るな。わかったな?」
「わかりました。ありがとうございます」
迷信だ、と俺は心の中で笑った。
むしろ夜にあの地下道を通ってみたいと思うようになった。
早速その日、帰りが遅くなった。
俺はわくわくしながら例の地下道に入って行った。
入った途端に空気がモンワリとした。ヒンヤリではない。寒い外よりは暖かいからだ。というにはあまりにもモンワリとしていて、息苦しいほどの暖房感を俺は感じた。
中は新しい蛍光灯に照らされ、外の夜道を歩くよりも明るい。壁に不吉なシミとかひとつもない。いくらなんでもここに恐ろしいものが出るとかあり得んだろ、と高を括りながら、ちょっと期待していた。
角を曲がると電気がすべて、いきなり消えた。
『おこんばんわ』
暗闇の中に、女性の透き通った声が聞こえる。
俺は身を固くして、しかし逃げ出そうとはちっとも思わず、ただ興奮して、早く美しいらしいその顔を見せろと期待していた。
『外はお寒いですわよね? どうぞ、こちらへいらして、ご一緒に暖まりくださいまし』
「こんばんは。あたながマシュマロ女さん?」
俺は挨拶を返し、聞いてみた。
『マシュマロ女ではありませんわ』
くすくすと可笑しそうな声だった。
『でも、あなたをマシュマロのように変えてしまう、という意味でなら、そうかもしれませんわね』
どういう意味だろう? とわくわくドキドキしているうちに、目が暗闇に慣れて来た。暗順応だ。ちなみに車を運転される皆さん、最近のトンネル内は明るいので教科書通りに進入時と抜ける時にスピードを落としたりする必要はありませんよ。
目が慣れると、だんだんと相手の姿が見えて来た。話が違う。どう見ても1人ではなかった。
暗闇の中に、無数の『それ』が蠢いていた。
まるで剣山にエノキタケを突き立てたようなものが、無数にそのエノキタケの部分を、暗闇の中で、白い壁を背景に、前後左右にバッサバッサと揺らしている。ゾワゾワとする感覚が俺の背中から這い上がる。何かヤバいと俺は感じた。やっぱり先輩の言うことを聞いて、ここを通るべきではなかった。しかし、もう、遅い。
『我々ハ、宇宙人ダ』
『我々ハ、宇宙人ダ』
喉をチョップで揺らしたような声がその場に充満していた。
俺は恐怖が最高潮に達してしまい、足が自動的に動き、走り出そうとした。しかしそこは既に日本人好みの感じの金髪白人美女によって塞がれていた。
「どけー!」
俺は彼女のほっぺたに向かってパンチを繰り出した。ものすごく緩い、優しいパンチだ。殴り倒すためのではなく、彼女のほっぺたが本当にマシュマロみたいなのか、お試しするためのパンチだった。
ぽよよ〜ん
手加減する必要なんて一つもなかった。なんてマシュマロみたいなんだ。いやマシュマロどころではない。ぷにぷにどころではない。こんなに柔らかいものには産まれて初めて触れた。まるで天使のお尻のようだった。
俺はエノキタケの集団のようなものに囲まれ、挟まれ、飲まれると、そのあまりの柔らかさに、意識が遠のいて行った。
『ようこそ、ココミック母星へ』
目を覚ますと、天蓋つきの豪華なダブルベッドの上だった。
ベッドは屋外に置かれ、周囲を恐ろしいほどの美女たちに取り囲まれていた。
「ここは……天国なのか……?」
そう呟く俺を奪い合うように、美女たちが四方八方から襲いかかって来た。
黄色い空の色が俺にもう元の世界には帰れないことを教えていた。
今日は土曜日だった_| ̄|○