01,
「たった今、“エミリー・フィンク”の魂は神のもとへ導かれました」
ステンドグラスからこぼれる光を浴びる私に神父は静かに告げた。
嗚呼、わたくし死んでしまったのね。
そうよね、自分の体を上から見下ろせるのだもの。
わたくしの体は棺にしまわれ、綺麗な花で覆われている。
手元には生前愛読していた本がある。
あら、嬉しい。誰がそこに本を置いてくれたのかは分からないけれどありがとう。
わたくし、あの本さえあれば生きていけるわ。
もう死んでいるけれど。
わたくし、本当に死んでしまったのかしら、
まだ全然実感がわかないわ。
それもそうよね。
毒入りクッキーを食べたの三日前だもの。
三日前、婚約者達が持って来て下さった、いかにもなクッキーを食べたら本当に死んでしまったなんて今でも信じられないわ。
だってあんな能無し達が毒入りクッキーを作れるだなんて思いもしなかったんですもの。
どうせ食べても腹痛程度かと思って食べてあげたら、まさか本当に死んでしまうとは。
わたくしとした事が……。
嗚呼、思い出したら少し腹がたってきましたわ。
あの婚約者達のニヤニヤ顔。
思い切り扇子でひっぱたきたいですわ!
そういえば、わたくしの葬儀には婚約者達は来ているのかしら?
まだ参列者達を見て回っていなかったわね。
婚約者探しのついでに少し見て回ろうかしら。
わたくしの婚約者は直ぐに見つかった。
『よし!探そう!』と後ろを振り向いた瞬間に目に入った。
喪服を着て、ハンカチで目を押えた婚約者とその御友人たちが。
あーら。それは一体何泣きなのかしら。
もしかしてわたくしが死んでしまったこと悲しいの?
自分で殺したくせに?
演技ですか?それ。
目はハンカチで隠れていても、口角上がってしまっているの見え見えですし、肩も揺れてしまっていますわよ。
貴方は勉強だけでなく演技まで出来ないのですか?
はぁーーー。
ほんっとに、貴方はそれでも一応この国の王太子であらせられるのですよ?
理解してますの?王太子ですよ?次期国王ですのよ?
まぁ、そんなんだから、この優秀なわたくしが貴方の婚約者になったという訳ですが。
はぁーーー。
ほんっとに、困った人ですわね。
あんな毒入りクッキーなんて食べるんじゃありませんでしたわ。
わたくしが貴方の傍についていなければ今後どうなるのやら。
貴方の尻拭いを完璧に出来るのはわたくししかいないのですよ?
それに貴方が王座に座っている姿を生きているうちに見ておきたかったものです。
殿下、お慕いしておりました。
いつも馬鹿やって、友人達と巫山戯て、いつも皆に笑顔で接し、多くの人々から慕われていた貴方をお慕いしておりました。
口うるさいわたくしを嫌っていたのは知っていましたわ。
それでもわたくしの傍に居てくださって本当に嬉しかったです。
本当に本当にありがとうございました。
まさか、貴方様に殺されてしまうとは思ってもおりませんでしたが、それだけ口煩いわたくしに対する鬱憤が溜まっていたのでしょう。
仕方ありませんわ。わたくしの危機管理能力のなさが原因ですし、もう過ぎてしまったことですし、もう生き返れはしませんから。
殿下の頬に手を添え今までの感謝を伝え、
『殿下、どうか、どうか、幸せになって下さい。
わたくしよりも優しく素敵な方は沢山いますから。どうか次はわたくしよりも素敵な方が殿下の隣にいてくれますように』
と、願った
が、これはあんまりではなくて?
葬儀が終わり、殿下とその御友人達は豪華な馬車へ乗り込み帰路に着いた。
わたくしは自分の葬儀も終わり、成仏し天に逝くのだと思ったけれど、そんなことはなかった。全く消える気配がしない。
なので、こっそり殿下達の後を馬車に乗り込んだ。
殿下とその隣に現宰相の息子カルロス。
二人の前には現近衛騎士団長の息子マックスと、えーと、あれは確か天才と言われていたレオ?だったかしら。
揃いも揃ってみーんな扉が閉じた瞬間に大きな口開けて笑っちゃって、とんでもない事を口にして……。
「殿下! 遂にやりましたね! これで心置き無くオリビア嬢にアプローチ出来ますよ!」
一番に口を開いたのはカルロス。
「ああ! 邪魔者も居なくなった事だし、ようやく行動に移せるよ!」
「ええ、本当にようやくですね。こんな簡単にいけたのならばとっとと殺ってしまえば良かったですね」
「確かにそうだな!」
そう言って二人して、また大きな口を開けて笑いだした。
「「殿下、カルロス、あまり大きな声をあげると外に聞こえてしまいますよ」」
「おっと、つい」
「これは、失礼しました」
二人の馬鹿でかい笑い声を咎めたのはレオとマックス。
あら、結構この人達は常識人?
いや、そんな訳無いわよね。さっき貴方達も大笑いしていましたものね。
「はぁー。気が緩むのも分かりますが、ここまで来るの結構大変だったんですからね? 毒薬の改良やらなんやら、口では『簡単だった』と言ってますが、これでもしバレてしまったら全てが水の泡になるのですからね? くれぐれも注意してくださいね。」
「そうですよ、殿下たち、少し気が緩みすぎです。もっとしっかりして下さい。今後この事がバレて困るのは私たちなのですからね」
「分かっていますよ」
「それぐらい分かっているさ。」
分かっていないから注意されたのでは?
「なんせ、エミリーの喪が明けたらオリビアと結婚するからな! もしこの事がバレてしまってはオリビアに嫌われてしまうかもしれない。この事は四人だけの秘密だ」
「ええ、そうですね。まあ、最初からエミリー嬢暗殺は『愛する婚約者を何者かに暗殺されてしまい酷く落ち込んでい殿下を、心優しいオリビア嬢が殿下の心を時間をかけ癒していき、傍にいるうちにだんだんと惹かれあい、真実の愛を見つける』の序章に過ぎませんからね。これからが本編ですからね。」
「ああ、そうだ。その為に今までエミリーに優しくしていたんだからな。ここで水の泡になっては今までの苦労が報われないな!」
そう言って殿下達は今さっき注意されたことも忘れ笑い始めた。
あらあらあーら。
カルロスとかいう馬鹿が全部話してくれましたわ。
そうだったの。
わたくしを殺してまで、オリビア嬢と結婚したかったのですか。
そうだったんですの。
気づかなくてゴメンなさい。
そこまでして愛を貫きたかったんですのね。
もっと早く気付いてあげれば良かったですわ。
とても素晴らしい純愛ではないですか!!
人を殺し、自らの手を汚してまで貫こうとする愛はこの世を探しても滅多にあるものではありません!
それを殿下はいとも容易く貫いて!
嗚呼、なんて素晴らしい!
わたくし、これまで殿下には優しくして頂いたみたいですので、せめてもの恩返しとしてオリビア嬢と殿下の恋を応援させていただきますわ!
幽霊となった今でも出来ることぐらいあると思いますの!
ポルターガイストとか聞いたことあるでしょう?
それを今すぐに習得してみせます。
そして、それらを駆使して殿下達の愛を深めさせていただきますわ!
楽しみにしていてくださいね。
もしよろしければ評価などよろしくお願いします┏○┓