17「ムスペルヘイムへ」
明日は愈々ムスペルヘイムへ行く予定だ。
炎の世界ムスペルヘイムってくらいだから暑そうな気がする。
「ヒルト様は旅行者なのですね」
「まぁ、今は休暇中だからね」
そんな所にでもアルレースは付いて来てくれると言う。
ありがたい事だけど、少々問題がある。
アルレースは生粋の妖精フェアリーだろうけど、中身は違う。
最近まで人間だったから、飛ぶ経験が無い。
羽のある妖精フェアリーだけど、アルレースは飛び方が解らない。
そればかりか高い所が恐いと言い出す始末。
「うーんんんん。
どこかに妖精フェアリーのコーチがいれば良いんだけど」
そんなのは希望薄と考えた方が良い。
だって、妖精フェアリーなんておいそれと出会えないんだから。
取り敢えず、私の胸ポケットの中に入ってもらい移動する事にする。
そうしないとアルレースの歩幅では、私の歩幅に合わないからだ。
見ればアルレースは私に密着出来るからと嬉しそうにしている。
私達は移転門ステーションに向かう。
そして相変わらず土産物屋を物色する。
土産物屋は何も食べ物しか売っている訳じゃなく、小物も売っている。
そんな中、昔懐かしい三角形のペナントも売っていた。
「ヒルト様、あの旗は何でございましょう?」
「ああ、あれは旗じゃなくて、ただの飾りね。
贈られて困る嫌げ物ってやつだよ」
「贈られて困るんですか?」
「そう、壁に貼る位しか使い道が無いからね」
「そうなんですか」
アルレースは興味半分、呆れ半分といった表情だ。
「人形も売ってるのか」
子供用の安っぽいオモチャだ。
色々な種類がる。
中には鎧を着た騎士もある。
そういえばアルレースは女性騎士だったんだよね。
今の体に合う鎧があれば喜んでくれるかな。
そこで一旦思考を中断する。
考えてみれば、妖精鎧なんて伝説級の代物だ。
簡単に買える物じゃない。
アルレースの目は人形を見ているけど、鎧はパスね。
そしてまた道中で食べる予定の弁当を二人分購入する。
その足で移転門のホームに向かった。
今度は変なのに引っ掛からないようにしなくちゃ。
そして順番待ちの行列に並ぶ。
「なんだか神様の世界って、思ってたのと随分違うのですね」
ポケットの中からアルレースが小声で言う。
仕方無いんだよ、下級一般神の生活ってこんな物なんだから。
アルレースの目からは、元の世界より多少未来的には映るようだ。
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やがて順番が来て、私達はムスペルヘイムに移転する。
「うわ。 なんちゅう熱気だ」
アスガルズの気候は割と寒冷だ。
だから暖かい南国に憧れを持っていた。
いざ到着してみると、想像を遥かに超えていた。
大地のあちこちからも炎が立ち上りや溶岩が流れている。
熱過ぎる訳だ、この世界を護る門番や統治者が炎の巨人だと聞いている。
当然、住人と言えばムスペルと呼ばれる炎の巨人ばかり。
そして性格的には暑苦しい熱血漢ばかり。
トロピカルな南国なんてものじゃない。
熱気渦巻く炎の世界そのものと言うしかない。
もしくは溶鉱炉の中と言った方が似合っているかも。
早く涼しい建物の中に避難しなければ、すぐに行き倒れてしまうだろう。
呼吸をするのも辛い。
私達は急いで冷房の効いた旅行者用の施設に向かった。
思わず施設内の売店で冷えたジュースを買う。
「あまり涼しく無いですね」
バテ気味のアルレースはすでにグッタリしている。
外気温は70℃を超している。
冷房の効いた施設内の温度は35℃位。
ほぼ日本の熱帯夜の温度だ。
水風呂にでも入らなければ汗が止まらない。
「外の半分の温度でこの有様なのかぁ。
どんな所か知らなかったけど、来て後悔した」
ムスペルヘイムとは対極的な世界もある事は、旅行ガイドブックで知っている。
ギンヌンガガプと呼ばれる亀裂を挟んで、ムスペルヘイムの北方にあるニヴルヘイムだ。
冷たい氷の国と言うからに、氷点下何十度の世界なんだろうな。
もう、想像しただけでも行きたくない。
「ヒルト様、どうします?」
「スパで入浴してから、次の世界に行こう」
「スパ? 次の世界ですか」
「うん、もうこの世界はいいや。
次の世界候補地は
エルフの世界アルフヘイム。
黒いエルフの住む世界スヴァルトアルフヘイム。
卓越した鉱夫や腕の立つ鍛冶屋のドワーフや小人達の世界ニダヴェリール。
かあ、その後は他の神界に行った方が良いかも」
「本当にエルフやドワーフの世界があるのですか。
私は御伽話や神話でしか知りませんでした」
「あるよ。
ちなみにスパってのは風呂屋の事ね」
冷房の効いた部屋以外は、サウナ状態だ。
こんな世界にサウナ風呂なんて不要だろう。
まさか、この世界のスパって、熱湯風呂しかないって言わないよね?
スパに向かう最中、あるポスターが目に止まった。




