163「密林の戦い」
密林の中を三頭の獣が疾走する。
「ガウ、どこでまんねん」
「もうすぐで御座います」
「ガフ、手遅れにならなきゃ良いんですよん」
密林の中は虎のテリトリーと言って良い。
流石にジャッカルの魔獣達では分が悪い。
ましてや体格差が圧倒的に不利だ。
助っ人に駆け付けてくれたアシンヌとアルベルは、草原の王者と言って過言ではないだろう。
虎と同じ猫科であっても、密林は彼等にとってアウェーである。
「あ、見えて来ましたよ、この先です、大丈夫そうですか?」
「任せるまんねん」
「行っきますよん」
木々を抜けるとそこに三頭の虎と五匹のジャッカルが戦っている現場だった。
皆既に瀕死の重傷を負いながらも、死闘を繰り広げている最中だ。
明らかに劣勢と言って良い。
「みんな、助けを呼んで来たぞー」
ガウルルルル
グガアアアア
アシンヌとアルベルは、駆け付けた勢いで三頭の虎に挑み掛かる。
虎の傷は軽微といった所。
獣同士の戦いでは逸早く急所の喉笛を噛み千切るのが決め手となる。
しかし互いに急所への攻撃は許さないから、体を捻りマウントの取り合いが始まった。
アシンヌとアルベルに対し、相手は三頭、アウェーでの戦いに梃子摺りはする。
ガウガウガウ ガルルルルルルルル
ガフ ガアアアアアアアアアア
ガルルルルルルルル ギャウギャウギャウ
グルルルル ガオウ ゴアアアアアア
ライオン・虎入り乱れての取っ組み合いではあるが、獣人形態のアシンヌとアルベルは攻撃の多様さで上回る。
噛む、鋭い爪で薙ぐ裂く、体当たり以外二柱には掴む・殴る・締め上げる攻撃が出来た。
一頭の背に取り付いたアルベルは脚で虎の腹を締め上げ、頭を掴み曲がらぬ方向に捻じ曲げた。
地面へ横倒しに倒れても、決して振り解け無いアルベル。
アルベルにしても振り解かれたら振り出しに戻されてしまう、絶対に離す訳にはいかないのだ。
虎はなおも暴れまわり振りほどこうとするが、抵抗出来ずなおも強引に頭を引き上げられ首の骨を折る。
これは変則のキャメルクラッチと言っても良い。
アルベルは虎の首に手を回しヘッドロック状態に持ち込んだ。
更には体重を掛けつつ虎の動きの自由を奪い強引に押し留める。
盛んに引いたり突進で逃れようと抵抗する虎だが、アルベルの踏ん張りは予想外に強く押し切れない。
膠着状態になりかかる所で、もう一頭がアルベルを狙う。
攻撃させじと数匹のジャッカルは攻撃の邪魔に入った。
苛つく虎は威嚇しながらジャッカル達に噛み攻撃を繰り返すが、後退で避けられてしまう。
そんな状態が数秒続くと、アシンヌが加勢に駆け付けて来る。
アルベルはヘッドロック状態から喉を締め付け、そのまま虎の呼吸を奪っていた。
呼吸の出来ない虎がどんなに藻掻いても、アルベルの攻撃から逃れる事は難しかった。
喉を押しつぶしながらのヘッドロック。
本気のヘッドロックの恐ろしさ、それは抱え込まれる状態で頭蓋骨関節を押し潰される事にある。
こう見えても関節技と言っても良いだろう、頭蓋骨が圧迫され脳にも影響が来る。
実際、廃人に追い込まれたレスラーが過去にいたらしい。
興行的に見れば地味な戦いになってしまうのだが。
やがて虎は悶絶しアルベルは残る一頭に戦いを挑みかかる。
そこでは既にアシンヌとジャッカル達が戦いを繰り広げていた。
そこにアルベルも参戦するのだ。
闘いの趨勢は完全にアルベル達に傾いている。
アシンヌが虎を抑え込み、ジャッカル達は虎を逃すまいと周りで盛んに牽制を仕掛けていた。
駆け付けたアルベルは鋭い爪を伸ばし、虎の腹に突き刺し、そのまま振り抜いて腹を裂く。
ギャウンギャウンギャウンギャウン
のた打ち回る虎にアシンヌも爪斬撃で追撃に掛かる。
ここで手負いにして逃げられる訳にはいかない。
アルベルとアシンヌの滅多斬りが止まらない。
虎の裂かれた腹からは、血や内臓が飛び出し生き残れない状態だ。
その内臓をジャッカル達が食らい付く。
暫くの間、虎は断末魔の抵抗を続けたが、抵抗も虚しくやがて事切れる。
「やっとやり遂げましたよ」
「終わったまんねん」
「有難う御座います、お陰様で我々は生き延びれました」
三頭の虎が死んでいるのを確認したアルベルとアシンヌは獣人の戦闘形態を解く。
服が彼方此方擦り切れたり、破れたりしている上、体にもそれなりの傷が付いている。
生き残ったマイトリーの眷属達は、人形形態を取り平伏し助っ人に感謝を述べる。
皆に安堵感が広まり緊張も解けた頃、やっとマイトリー達が駆け付けた。
「大丈夫だったかい、お前達」
「イシュタル様、任務は無事終ったのよ」
「眷属達、今癒やしてやるからな、亡くなったのは二柱か。
他は無事で本当に良かった。
あんたら、ありがとう、本当にありがとうな、お陰で助かったよ」
マイトリーは手遅れだった二柱を悔やむが傷の心配が先だ。
皆酷い傷を負っていた、それでも重体となった者がいなかったのが幸いといった所。
私とデンくんは激しい戦いの跡を見て驚嘆するしか無い。
戦いの様子はまさに野獣同士の戦いだったのは間違い無いようだ。
「わあ、こっちの虎は凄い事になってるよ」
「そうだね、これだけ一番酷くやられているね」
三頭の内二頭は綺麗に仕留められているが、最後の一頭はズタボロ状態と言って良い。
戦闘形態をとった獅子聖獣アルベルとアシンヌの実力の高さを物語っている。
一息入れたイシュタルは綺麗に仕留められている虎の毛皮に目が行った様だ。
「ベンガル虎、敷皮に良さそう、傷の少ないのを貰って良いかい?」
「ああ、構わない。
毛皮剥ぎと鞣しはわっち等がやっておこう」
二頭の虎の後処理は、回復したマイトリーの眷属達に任せられる。
今回アルベルとアシンヌを加勢に使わせてくれたイシュタルにマイトリーの好感が爆上がりだった。
「あんた、イシュタル様、加勢のお礼をしたいんだ。
財貨としても、ここらの貨幣じゃ有難味も薄いだろうから、わっちの眷属、白九尾でどうだい?」
「マイトリーはあたしに眷属を差し出すってのかい?」
「九尾ってのは眷属の中でも最上位の者なんだ。
旅の最中、金銭に困る事は無くなる筈だ」
「まさかあんたの眷属が稼いでくれるってのかい?」
「そうだ、何ならイシュタル様の直属眷属にしても良い」
最上位の眷属は育成にかなりの手間と時間が掛かるらしい。
実力が高いほど尻尾の数が増えるから、白毛の九尾は上位の実力を持っている。
白毛の上位には金毛がいる。神社で神使となるのは殆ど白毛のようだ。
神獣の九尾はそれほどマイトリーにとって貴重で頼りになる眷属なのだ。
確かヒルトのレポートに『丸藻』なる財務担当が出来て以来、資金に困らなくなったという。
「イシュタル様、有り難く頂いておけば、今後何かと役に立ってくれるはずだ。
特に財務担当にしてくれれば、必ずお金に不自由はしなくなるよ」
「そうなのかい? なんだか悪いねぇ。
あたしはアルベルとアシンヌとも仲良くやってくれれば良いと思ってるよ」
力と戦いのアルベル、知恵と戦いのアシンヌ。
今回を機に財務担当の白九尾が仲間になる。
「そこら辺はわっちがきつく言い含めておくよ。
それと真言で呼んでくれれば、今度はわっちが助けに飛んで行くからさ」
荼吉尼真言は『オン ダキニ ギャチ ギャカ ニリ ウン ソワカ』だ。
荼吉尼真言は本来、眷属であるキツネに対して唱える物ではない。
しかし眷属に真言を唱えれば、夜叉である荼吉尼に届けられる。
その祈りをどうするかは荼吉尼であり、マイトリーの仕事となる。
夜叉の荼吉尼であっても、天部として祀られているから基本神の仕事をする。
邪悪な望みを願うなら、夜叉好みの生き血滴る臓物を献上するのが最適だろう。
但し、そんな事は周りの神々が見たら許さないだろうけど。
「わかったよ、その気持有り難く頂くよ」
イシュタルは荼吉尼マイトリーから、九尾の神獣を一柱譲り受ける。
財務担当となった新たな眷属は、名前を『楽紗』に決まった。
「ルトラーデお姉さん、マイトリーさんが仲間にならないって珍しいパターンだよね」
「そう言われればそうね」
「わっちには仕事があるからな、だからあんた等に着いて行けないんだよ」
マイトリーはある場所ではマイトレーヤとも呼ばれているそうだ。
どういう仕事と言えば『一切は唯だ識の表れに過ぎないという』唯識説を説くインド大乗仏教の瑜伽行派の教導師であり、近代神智学の教義で霊的指導者マハトマの一人とされる古代の知恵の大師でもある。
因みに仏教は唯物に対し、唯識の世界に軸足を置いている。
そしてマイトリーの萬相談事業所の屋号をマイトリー屋という。
「何か凄いですね」
「駄洒落かいっ、多分勘違いされてると思う」
「夜叉だって知能が低い訳じゃないんだよ」
https://www.youtube.com/watch?v=bTviZP97wwU&ab_channel=%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%81%B1%E3%82%93
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【参考動画
】https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98
Wikipedia:唯識