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118「零式観測機」

「ヒルト、貴女の影響で多くのワルキューレ(戦乙女)が休暇届を出しに殺到しています。

 全員に許可を出せませんが、確実に更に()手不足に陥ります。

 ですから、黄金騎士団からこちらに増援を出して下さい」


「はい」



ルデグスタ課長から更なる増援を要求されてしまった。

私はアルレース達にお願いして300名の人員を借り受けた。


大半はワルキューレ(戦乙女)と同行する輜重輸卒(しちょうゆそつ)の仕事になる。

つまり、それくらいワルキューレ(戦乙女)達は、私に続けとばかりに休暇を要求したのだとか。

今いるワルキューレ(戦乙女)達は、ローテーションで休暇に入る予定になっている。


エインヘリヤルレクリエーションルームでは絡む者はいなくなった。

彼等はひたすら下手に注文するなどで大人しくしている。

下品な真似をすると、黄金騎士団のウエイトレスから鉄拳制裁を浴びせられる事になる。

彼女達の実力は先の訓練で明らかになったから、尚更実力者に絡む訳には行かなくなった様だ。


私はフレイヤ様からの修行が終われば、『黄金騎士団』を統率する役割を与えられる事になっている。

ワルキューレ(戦乙女)の中に、新たな部署が設立されるという事だ。

それは『女性エインヘリヤル(私の戦士達)部門』。

もっとも『黄金騎士団』は、私以外には仕えないと明言し(はばか)らない。


それじゃぁ、新部門を設立するしかないよね。

私は『黄金騎士団』から押し上げられて、出世させられてしまった。


『黄金騎士団』は弱点である海上戦の訓練を半分に分け、入れ替わり互いに訓練に励んでいる。

黄金騎士団は陸軍しかいないから、海上に弱い。

水泳訓練も課して訓練に励んでいるようだけど。


ヴァイキングは海軍陸戦隊か海兵隊のようなものかな。

『黄金騎士団』でも、陸軍海戦隊を創らなければ。




ある日アルレースとアリエットは私を訪ねて来た。



「ヒルト様、先日私達は戦艦武蔵を改めて視察させて頂きました」

「本当に凄い戦艦です」


「気になったのですが、艦尾に備えられているのは何で御座いましょう?」

「二機ありました」



二人は零式観測機の事を言っているのだろう。

ざっくり言えば、ゼロ戦の複葉水上機仕様で、翼下にフロートが付けられている。

速度を犠牲とし、空戦能力と上昇力を重視した設計となっている。

しかも最高速度370km/h、5,000mまでの上昇力9分と高性能な艦載機だ。

偵察に使われる物で、離着陸は水上で行われ、帰艦時にクレーンで吊り上げられる。



「あれは空を飛ぶのですか?」


「でも、操縦士がいないから飛ばすのは無理かな」


「操縦の仕方が解かれば、飛んでみたいと思うのですが」



アルレースはフェアリーだった時があって、飛び方を特訓した事があったっけ。

でも自力で飛ぶのと、飛行機で飛ぶのは別な事だと思う。


私は資料を探してみた。



「ふむ、エンジン回転を上げて出力調整をするのか。

 方向舵(ラダー)で左右に旋回出来て、尾翼にある昇降舵(エレベーター)で機体を上下させる。

 主翼の両側にある補助翼(エルロン)で傾きを調整、もしくは両補助翼を下げて揚力を増すのか」



なんだか難しくて私には解らない。



「ヒルト様、私には何となく解かる気がします」

「アルレース将軍は凄いですね」


「なんだったら、武蔵くんに許可をもらって乗り込んでみたら?

 ただし、危ないから飛ぶのは自粛してね」


「ありがとうございます」

「御心配頂き、(せつ)に感謝致します」



二人は私から資料を受け取り、早速検証に向かった。









「これが空を飛ぶのか」

「凄く文明が進んでいるのですね」



中世世界のアレクロウド王国で、空を飛ぶのは鳥か翼竜くらいしかいない。

人が乗って空を飛ぶなんて考えられないのだ。

二人は零式観測機に乗り込んでみる。

資料と照らし合わせながら、操縦系統を検証して行く。



「ふむ、股の間にあるのが『操縦桿』で、前後に引けば昇降舵(エレベーター)が動くのか。

 左右に引けば、方向舵(ラダー)が動く、足元のペダルを踏むと主翼の両側にある補助翼(エルロン)が動く。

 このレバーを引くと動力(エンジン)の出力を調整出来るのか」

動力(エンジン)を始動させるには要員がいるのですね」



二人は外に出てクランクを回してみた。



「お、重いですね」



機体の中で何か重い物が、ゴウンゴウンと動いているのが聞こえた。

これはスターターホイールで、回転を上げて動力(エンジン)と繋ぎ、始動させる為の物だ。

さすがに、この時代、セルモーターで一発始動という訳には行かない。


二人はもう一度操縦室を検証する。



「ふむ、このスイッチで点火系を目覚めさせ、これで動力(エンジン)と繋ぐのか。

 これは燃料の流れを調整する物で、これが機銃を撃つのか」

「機銃なんてあるのですね」



この零式観測機には、九七式7.7mm機銃、機首2門。

九二式7.7mm機銃、後方旋回式1門と計三門の機銃が装備されている。

弾薬は整備員が補充しなければならないが、単発式の銃ではない。

更には60kg爆弾を二つ積む事が出来る。


これだけでも合戦場でどれほど敵軍を掃討出来るのか。

偵察だけでも、どれほど有利になるか。

何と言っても、攻撃が届かない所から敵軍の全貌が覗けるのだ。

考えただけでも溜息が出るアリエット副官。


次に二人はクレーンの操作方法を視察する。

こちらは左右旋回と吊り下げ、吊り上げの機能しかない。



「なるほど、これらを騎士団の者達にも教えておいた方が良いな」

「アルレース将軍は飛びたそうですね」

「何となくだが、やってみれば出来そうな気がしてきた」

「女神ヒルト様の許可が要りますね」









「えええぇぇ――――

 視察してたら飛んでみたくなったって?

 危ないよ? アルレース」


「フェアリーだった頃を思い出しまして、操作が解れば何とかなりそうだと確信いたしました」


「私はアルレース達が死んだら嫌だからね。

 もし墜落するなら、飛行機は犠牲にして良いから。

 落下傘(パラシュート)を背負って飛び出すんだよ?」


「お心遣い感謝いたします」



二人は騎士団を集め、戦艦武蔵に向かった。

飛行実験を試みるつもりだ。

道中、資料を見ながら落下傘(パラシュート)の学習をする。



落下傘(パラシュート)とは、空気抵抗で落下速度を落とす物のようですね」

「なるほど、飛行の前に落下訓練から始めた方が良さそうだ」



黄金騎士団は着地訓練を始めた。

最初は少々高い所から飛び降り、着地時に5点着地の練習をする。

五点着地とは、高い場所から飛び降りる際、着地の衝撃を体の各部分に分散させる技で、最後に地上で転がり衝撃を逃がす。

少々高い所から飛び降りても、これなら梯子(はしご)は要らなくなりそうだ。

皆が五点着地に慣れた頃、(やぐら)の上から落下傘降下を試みる。



「ふむ、これは良い、奇襲するに持って来いではないか」

「そうですね、敵の背後に回り両面攻撃が出来そうです」



敵の陣地が崖下にあれば十分奇襲に使えそうだ。

黄金騎士団に戦術の幅が広がった。

但し、それなりに落下傘(パラシュート)を相当数仕入れなければならないが。





そんな黄金騎士団の訓練を遠巻きにエインヘリヤル(神のための戦士達)は見学をしていた。



「連中は何をしてるんだ?」

「飛び降り訓練ねぇ、俺達もした方が良いのかな」

「連中のやる事だ、俺達もやって損は無かろう」

「そうだな、俺達にゃ足りないものが多いと実感させられたからな」

「ああ、軍隊として、奴らは上だからな」

「しかし、よく足を骨折しねえもんだ」

「よく見ろ、特殊な着地をしているだろ」

「ああ」

「あの着地方があれば、俺達も戦力が上がるんじゃねぇか?」

「そうかもな」

「おい、誰かあの着地法を教わってこいや」

「ああ、俺が行く」



黄金騎士団を見習ってエインヘリヤル(神のための戦士達)も真剣に訓練をするようになった。

今までの惰性な訓練とは違う入れ込み具合だ。

彼等も強くなるためには貪欲になる。

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