3.武道場で会いましょう
思いつきをダラダラと書く為、この作品は不定期更新です。
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こちらもよろしくお願いします。
「晶、無理に待ってる必要無いんだぞ? 多分、いや絶対遅くなるし…」
「良いの。私が好きにしてる事なんだから。かずちゃん、部活頑張ってね」
退屈な授業が終わり、後は部活動の時間。
世のラブコメの主人公は、大体が帰宅部所属なのだけれど、この学校の生徒は何らかの部活に必ず在籍せねばならないという面倒な校則がある。その為、特に何の大会も発表の機会も無い文化部はとても人気が高い。
唯一の例外は、生徒会に所属する事。
よく漫画に出て来る生徒会って、妙に頭の良い優秀な人達の集まりみたいに描写されるけれど、実際はどうなのかしら? 関係者なんか友人にいないし、私の知らない世界よ。多分、卒業するまで知らないままだと思う。
…話が逸れた。彼は剣道部で、私は文芸部。
文芸部は、文化祭に部員の作品を一冊の本に纏め発表する。ただそれだけの部活。
文芸にあたれば、その内容に制限は一切無い。過去に原稿用紙400枚もの超大作を提出した人もいたのだとか。基本読み専の私には無理な話ね。
日頃部(図書室の事だけれど)に顔を出さない幽霊部員であっても全然構わない。だけれど、作品の提出は絶対の義務。そんな緩いんだか厳しいんだかよく解らない部活。
で、その義務をぶっち扱いた大馬鹿者は、内申点が面白いくらい下がるとの噂があったりもする。
顧問が生徒指導の安藤だから、多分この噂は真実だと思われるのだけれど。
…うん。サボらず、ちゃんと提出しよっと。
小学生の頃は、私も彼と並んで一緒に竹刀を担いでいたけれど、中学に上がる頃にやめた。
当時の私、本当にドンクサかったからね…うん、全然向いてなかった。
剣道って、今思えばかなりお金がかかるスポーツだと思う。竹刀は消耗品だし、後は胴着に、防具が要る。細かい物まで入れたら、本当に大変…お父さん、お母さん。ごめんなさい、ありがとう。
彼が剣道を始めた切っ掛けは、彼のお父さんが大事にしていた某剣道漫画の影響。
親子共々同じ漫画の影響で始めたっていうんだから、男の子って本当に単純よね。
そんな彼の背中を追いかけて剣道を始めた私が言うのは何か違うのかも知れないけれど、そこをツッコむのは無粋ってものよ。
でも、そんな軽い切っ掛けで始めたのに、高校になってもそれが続いているのだから、彼は本気で向き合っているのだと思う。個人戦で毎年県大会にも出ているくらいだし。
私はそこまで真剣に打ち込めるものが無かったから、本当に彼が羨ましい。もし部活強制の面倒な校則が無ければ、私は確実に帰宅部になっていたと思うし。
あえて言えば、彼こそ私の全てなのだと言い切ってしまえるのかも知れないけれど。
…なんて、こんな小っ恥ずかしい事、誰にも言える筈ない訳だが。
だからだろうか?
彼を待つ事が、全然苦痛では無い。
きっと今頑張っているんだろうな。そう思うだけで、胸の奥が熱くなる。
私は恋する乙女だからね。
だからこの話はここでおしまい。
冷静に考えてみたら、頬が熱くなる恥ずかしい言葉を熟々と並べてしまっていたのだから。
なので、ここからは部活終了の時間まで勉強をやっておこう。時間は有限だしね。
「…俺は、無理に待ってる必要無いんだぞ、と言った筈だが?」
「そうね。でも、私は、好きにしてる事なんだから、って言ったわよ? だから、気にしないの」
武道場前で、彼をお出迎え。190を超える彼は、凄く目立つ。頭一つ分飛び出ているのだから、どこからでも解る。
私の姿を見つけた彼は一瞬破顔するが、慌てて顔を顰める。喜んでみせたら負けだと思っているのだろうか?
別に私は無理をしているつもりなんか無いのだから、素直に喜べと思うのだけれど。
「ほら、かずちゃん。帰りましょ」
「…おう」
返事を待ってから、彼に右手を差し出してみる。手を繋いで欲しい意思表示。今朝みたいに恋人繋ぎできれば最高なのだけれど、そこまで高望みはしない。
うん、ごめん嘘ついた。恋人繋ぎ熱烈希望っ! それが無理だと言うのなら、強引に腕を抱いてやる所存。
下校時刻過ぎたし、もう人が少ないから、ヘタレな私でもこれくらい大胆になれるわ。
「? どした、晶?」
差し出された私の右手を見て、首を傾げる彼の図。おおう。以心伝心とはいかなかったかー。
「手。朝みたいに」
ちょっとムカっとして、思わず言葉足らずになってしまう。流石に目と目で通じ合う…とは、いかない様で。それがちょっとだけ腹立たしい。
「ごめん。一応洗ったけど、今は臭いから勘弁してくれ…」
練習の終わった臭いは、剣道経験者にしか解らないだろうが、本当にくちゃい。
それこそ、一、二回洗った程度では、決して取れない。そんな臭い。
学校にシャワー室なんて上等なものが無い以上、練習の終えた運動部の汗臭さは、もはや宿命と言える。
剣道部はそこに汗の染みついた防具の臭いという、ドデカいマイナス要素が更に加わってくる訳で。慣れない者には、確かにこの臭いは辛いものがあるだろう。
それが嫌だから、彼は待たなくて良いといつも私に言うのだ。
だけれど、それが何だというのか。そもそも私は剣道経験者なのだから、その程度の事は承知の上なのだというのに。
だから、思いっきり彼に抱きついてやった。手がダメだというなら、もう仕方が無い。
私も女子の中では背の高い方だが、彼に比べたらその差は歴然。丁度私の頭が彼の胸辺りに来る程度しかない。背中に手を回し、思いっきり息を吸い込む。
汗の臭いが混じった彼の体臭が、私の鼻腔を通り抜ける。
肺一杯に満たされたそれが、私の全身を血液に乗って駆け巡るのだと思うと、身体が熱くなる。
「お、おい、晶っ?!」
くんくん。
あーもう、臭いわね。
でも、やめられない。
くんかくんかくんか。
あーもう、本当に汗臭いわね。
でも、何故だかやめられない。
ずっと嗅いでたらヤバい。理性がトんじゃいそう。
「…かずちゃん、貴方何かヤバいクスリでもやってない?」
この常習性、絶対に危険なブツだわ。第一級危険ドラッグ尾頭一輝。全私の中において、満場一致で大決定よ。
「…言うに事欠いて何だそれ? お前の方がよっぽどヤバいぞ」
「私は良いのよ…ってゆか、かずちゃん、汗の臭いなんか全然気にする必要無いよ?」
「…本当に、お前は…」
観念した様に、彼は私の手を握った。そしてすぐに恋人繋ぎに。
「そ。毎朝これをやれと貴方は言ったのだから、下校時は私の要望を聞いくれても良いでしょ?」
「…だな。その通りだ」
強力な石鹸を買うか。そう彼が小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。
デオドラントスプレーは、はっきり言って逆効果だ。打ち消せなかった汗の臭いと香料が混ざり異臭がする。あの臭いはダメだと個人的に思うわ。
だから、石鹸か。
うん。その選択は、私の嗜好を知る彼だからこそ辿り着けた正解。
だから、今から手を繋いで帰りましょう。
これからも、ずっとこうして。
ねっ、かずちゃん。
誤字脱字があったらごめんなさい。
評価戴けると嬉しいデス。