14.季節イベント(恋人としてのバレンタイン)
「かずちゃーん、いるー?」
部屋の扉をノックしてはみるけれど、中からの反応は無い。
何度かノックを繰り返す。けれど、状況は変わらず。
『……へんじがない。ただのしかばねのようだ。』
てゆか、流石にもうこのネタ飽きたわね……ネットで調べてみたら、完全に古典の領域だし。
「かずちゃん、開けるよー?」
少しだけ扉を開けて、中を覗いてみる。
夕刻と言うには、まだ少しだけ早い時間帯。それでもすでに日が傾いてきているせいか、照明の灯っていない部屋の中は、多少の薄暗さを感じるわね。
「……寝てる」
昼の時間が延びてきたとはいえ、暦の上ではまだ冬の最中。てゆか、旧暦の話なら今はまだ一月よ。
……なのに、彼ってばもう。
「せめて毛布くらいは……風邪ひいちゃうでしょうに」
やはり肌寒いのか、まるで自分自身を掻き抱く様に大きな身体を縮こませて寝ている彼の上に、押し入れから毛布とお布団を取りだして被せる。
しばらくすると身体が暖かくなってきたのか、仰向けになって安定した寝息が。
……こうやって見ると、わりかし寝相良いのよね、かずちゃん……
健やかな寝息を立てている彼の周囲を見てみると、砂を詰めた一升瓶やら、ダンベルやらが無造作に置いてある。
例のアレの騒ぎで部活動禁止令が県から出たせいで暇だって言ってたけれど……だからって、部屋でトレーニングしてて、疲れたからそのまま寝入ってしまうのは流石にどうなのかしら?
少しは注意しなきゃダメかなぁ。
それで風邪をひいたら何の意味も無いのだし。
知らぬ間に、私の手は彼の頭に伸びていた。てゆか、頭を撫で撫でしていたわ。
どれだけ彼に触れていたいんだ、わたしっ! ここまで完全に無意識って所が本当にヤバい。
まぁ、今更よね……
私は何時だって、彼に触れていたいと思っている訳だし? そもそも、別に我慢する必要も無い訳だし?
彼の柔らかい質の髪の毛をモフモフと堪能しながら、少しだけ考える。
このまま同衾という選択をしてしまうのも吝かでは無い。
けれど、それだけでは何となく勿体ない気もしなくはないかなぁとも思ったり。
どうせ、彼は寝入っているのだから、気付いて貰えない訳だし?
……そういえば、まだ一度も”アレ”試してないなぁ。
恋人達の定番イベント、<膝枕>を。
ちょっとだけ、かずちゃんごめんねぇ?
こうして頭を……持ち上げ……て、っと。
(わ。頭って、結構重たいんだ)
両腿に、彼の重みがしっかりとかかってきた。これは予想以上だわ。
……でも。
何か良いなぁ、これ。充実した重さっていうか。
なんていうか”満たされている”って感じが、凄く良い。
彼の頬を撫でる。起きない様に、触れるか触れないかのタッチで。
少しひんやりした感触が、何だかすごく、すごく愛おしい。
……このままキスしたいなぁ。
そう思った。思ってしまった。
よし、ならば今すぐ実行だっ!
今は誰の眼も無いし、誰も私を止める者もいない。
だったら、欲望に忠実になっても良い筈よね!
……うん。
無理だった。
……やっぱり人間、”身の程”ってものを知るべきよね……
こんな時に何だけれど、自分の身体の硬さを今更に思い知ったわ……
どれだけ頑張っても、どれだけ勢いをつけてみても。
この態勢だと、彼に私の唇が全然届かねぇでやんの。
タコみたいに唇を突き出したまま固まる、身体の硬い私の図。かなり間抜けな絵面よね、コレ。
荒い息を落ち着けるかの様に、何度か深呼吸を繰り返してみる。勝手に独りで盛り上がった興奮を冷ますにもきっと丁度良い筈よ……畜生。
そうこうしていると、太股に軽い振動が。
「かずちゃん……もしかして、起きてる?」
「てか、起きるだろ、普通」
……そりゃそうよね。
「俺に何をしようとしていたかは、ちゃんと説明してくれるんだよな、晶?」
「……ううっ。かずちゃんのいじわる……」
◇◆◇
「そういや布団、ありがとな」
「ううん。ごめんね、起こしちゃって……」
「いや、起こしてくれて全然構わないんだぞ?」
「でも……」
彼の煎れてくれた珈琲と、そのお茶請けには、私お手製のチョコレート。
今日私がここに来た理由。
それがこのチョコレートケーキ。
毎年恒例の、私から彼に贈るバレンタインのチョコ。
「気にするなって。だってよ、こんな美味いケーキが食えるんだから」
満足げに私のケーキを口いっぱいに頬張る。
それが凄く嬉しくて。
「ねぇ、かずちゃん」
「う゛ん゛?」
「……今年の出来はどうかな?」
だから、照れ隠しにどうでも良い事を聞いてしまう。
「満点」
ゆっくりと嚥下して、彼は満面の笑顔でこう答えてくれた。
「ホント?」
「お前に嘘吐いてどーする? 今年のは本当に美味いよ。来年は更にこれを超えてくれる事を期待する」
「うん。期待しててね、かずちゃん」
こうやって、毎年毎年、私の”好き”を更新し続ける。
昨年の私よりも、今年の私の方が、彼の事を”好きだ”って胸を張って言える。
その愛情を、チョコレートケーキにたっぷりと込めて。
だから、期待していてね、かずちゃん。
「……そういや、あの時俺に何をしようとしてたかまだ聞いてないんだが?」
「ううっ。できればそれを聞かないでくれるとありがたいのだけれど……」
砂を詰めた一升瓶は、片手素振りに丁度良い重さの鍛錬道具になります(作中の一樹君はこれに水を含ませています)
誤字脱字があったらごめんなさい。
評価ブクマ戴けたら嬉しいデス。




